第8話 小さくて風邪気味の
5組の生徒たちの奮闘により、影霊は全滅した。軽い怪我をした生徒は多数見受けられるが大きな怪我人は出なかったようだ。
「先生!」
エリカはレザを見つけると駆け寄っていった。
「お、エリカさんと……グレア君怪我してるじゃない!」
「いや、これくらいなんてことないっす」
「ダメよ、怪我を甘く見ちゃ……と、ごめんなさい」
レザの携帯端末が呼び出し音を鳴らしていた。
「はーい、レザよ」
『ティフォンです。避難誘導終わりました』
「ありがとう、助かったわ。こっちも粗方片付いたとこ」
『そうですか、よかった……』
端末越しからでも分かるほどティフォンの声は安堵に満ちていた。ミトラや5組の陽動があったとはいえ、体育館内にいた人らを全て無傷で避難させたのだ。ずっと気を張り詰めていたに違いない。
『それで、報告したいことがありまして……』
「何かあった?」
『はい、校門が……破られていました。何者かがここを破って侵入して、影霊を放ったものかと。』
信じられないという声でティフォンは話す。どうやらレザも同じだったようで、驚きの声を上げた。
「……いやいや、冗談でしょ? 対魔法の多重結界よ……?」
『冗談だと私も思いたいですが……見事に吹き飛んでひしゃげています』
一連の会話を聞いていたグレアは冷や汗が止まらなかった。何を隠そう吹っ飛ばした本人なのだから。そんなグレアの様子を見て、隣にいたエリカは少々不審に思いながらも声をかけた。
「グレア? アンタ汗すごいわよ?」
「お? お、おお……問題ねえぞ!」
「挙動不審すぎるわよ……」
犯人が分かっているアイネも同様に挙動不審になっていた。それに気づいたのノアが心配そうな表情で横からアイネの顔を覗き込んだ。
「アイネさん、大丈夫? どこか調子でも悪い?」
「ふぇ!? うん、大丈……ちょっと頭痛いかも~、なんて……」
頭を押さえる演技をしながらグレアの隣に行き、耳打ちをした。
「どどどっどどどうするの!?」
いきなり耳元で囁かれたグレアは素っ頓狂な声を上げた。
「おおおぁ!? あ、アイネ!」
「大変なことになったよ……!」
「ああ、こりゃもう正直に話すしかねぇな……」
「でもそんなことしたら……」
グレアは意を決し、一歩前に出た。
「魔力の痕跡は調べようと思えば調べられる。隠しててもいつかはバレるぜ」
後ろを振り返ることなく、レザの元へと歩みを進めていく。
「分かったわ。とりあえず一旦どこかで集まりましょ。それじゃ……ん、グレア君?」
通話を終え、こちらに向き直るレザにグレアは堂々と言い放った。
「先生、校門を吹っ飛ばしたのは俺です」
「……どういうこと? 君が影霊を放った犯人ってこと?」
レザは口調こそいつもと同様だったが、鋭い視線をグレアに向けた。それに臆することなくグレアは続ける。
「いや、それは俺じゃない。朝、校門が閉まってて入れなかったんでチョイっと殴って……」
「…………は?」
理解が追いつかないのか間抜けな声をあげるレザ。しかしすぐさま冷静になる。
「……オーケーオーケー。グレア君は私と一緒に来て」
「うっす」
「他のみんなは教室で待機してて!」
ふとグレアが後ろを見るとアイネが不安そうな顔をして、今にも付いてきそうだった。それを制止し、心配させまいと笑顔を見せた。ついでにエリカの顔を見ると、えらく不機嫌なようだった。
「なんでアイツは不機嫌になってんだよ……?」
嫌がるようなことしたわけでもないのに、と困惑していたらレザがグレアの肩をポンポンと慰めるように叩いた。
「年頃の女の子の嫉妬は怖いわよ。さ、行きましょ」
「? うぃっす」
何のことやら、理解できなかったグレアは「うーん……」と頭を抱えながらレザと共に体育館を後にした。
「なんで私の名前はいつまで経っても覚えないのよ……」
エリカの半ば呆れた声は聞こえたものの、何を言っているかまではアイネは聞き取ることができなかった。
◆ ◆ ◆
体育館を出て早々にレザが声をかけた。
「……グレア君、校門の横にインターホン付いてたの気づかなかった?」
「インターホン? 門の大きさに気を取られてて全然気づかなかったっす…………」
「だよね……気づいてたら吹き飛ばさないわよね……」
2人はため息と共に肩を落とした。グレアは「そういえば」と顔を上げ、話を切り出した。
「俺、やっぱ退学っすかね……?」
レザは顎に手を当て、考える素振りを見せながら答えた。
「んー、それは阻止するわ。私、あなたが影霊を操ってたとは思えないし」
「先生……」
「でも証拠はないのよねえ……生徒会長、頭固いから説得できるかどうか……」
「あれ……生徒のこういう処置? って先生がやるんじゃないんすか」
「本来なら学園長がやるんだけど、いないときは私ら教師じゃなくて生徒会長が決めることになってるの。」
レザが頭を抱え「学園長がいればなぁ……」とぼやいたそのとき、2人の背後から声が聞こえた。
「話は聞かせてもらったぞ! どうやら私の力が必要らしいな!」
グレアが振り返ると、仁王立ちをして自信ありげに笑う赤い縁の眼鏡が特徴的な少女(?)がいた。そのあまりの小ささに思わず「ちっさ……」と呟いてしまった。
「あなたってほんと正直ね……」
「ほう、いい度胸してるじゃないか……この私が誰か分かっているのか……?」
その少女(?)は体をプルプル震わせ、怒りを露わにする。
「先生、アレ迷子じゃないんすか」
「いや、あの人は……」
「誰が迷子だぁ!? よぉしそこ動くなよ? 今から私が八つ裂きにしてや……あらら……」
威勢よく啖呵を切り、グレアに向かって魔法を放とうとするが直前でふらついてしまう。それ見たを慌ててレザは慌てて支えに入る。
「具合悪いんでしょう、無茶しないでくださいよ学園長」
「……お、おお、悪いな」
見た目の通り軽いのだろう、レザはひょいと学院長を容易く担ぎあげ、何事もなかったかのように移動を再開した。
グレアは耳を疑った。目の前の小さい子供が学院長だとは信じがたい話だった。
「先生、今この子のことを……」
「子って言うな子って!! これでも30だ!!」
「ええ、そう……この人がここの学院長よ」
「いかにも! ここ、シルフィア魔法学院の学院長、リジェット=バーレンフィとは私のことだぁ!」
待ってましたと言わんばかりに声高らかに自らの名前を宣言するも担き上げられているせいでイマイチ格好がついてなかった。
「へっ? このナリで!?」
「ナリとか言うな! おいレザ、こいつ口悪いぞ!」
「あーはいはい。耳元で大きな声出さないでくださーい」
レザにぞんざいな扱いをされ、完全にしょげてしまったようだ。
「ていうか、帰ったんじゃなかったんですか?」
「ああ、帰ろうとしたさ。そしたら、校門が破壊されてて大変だと思った矢先に体育館に影霊が現れたわけよ」
「……で、そこからは?」
「ああ、隠れてた。戦闘じゃ役に立てないし」
「呆れた……」とレザが大きなため息をついた。不意にグレアは先ほどレザがぼやいた言葉を思い出した。
「そういえば、学院長がいれば……って先生さっき言ってましたよね。アレ、どういうことっすか?」
レザは「ああ、それはね……」と少しもったいぶるように間を取ってる隙にリジェットが横入りした。
「私の魔装はこの眼鏡なんだけどな、魔力の動きを正確に読み取れるんだ。もちろん誰が影霊を呼び寄せたか、とかもな。」
グレアがその続きを聞こうとした矢先、生徒会室と書かれたプレートが目に飛び込んだ。
「んじゃまあ、続きは会長も交えて話しましょうか」