私の名前は………
登場人物の名前は、あえて伏字にしています。
別に、面倒だったからじゃありませんよ?ホントですよ?
私は、
わたは『〇〇』です。
『××」じゃありません。
だから、『私(〇〇)』を──。
目を覚ます。いつもと変わらない見知った天井。もう、慣れてしまった部屋。いったい、あの日からどれだけの時間が過ぎたのだろう。そんなどうしよもない事を考えていると、ドアがノックされた。
「おはよう。××。いい天気だよ。いつまでも寝てたら勿体ない。ピクニックにでも行こう」
「おはようございます。お父様。いいですね。お弁当でも持って行きましょう」
お父様からの誘いです。そうだ!この前お父様からいただいた、あの帽子を被って行きましょう!
今日も1日が始まる。
「私(〇〇)」を愛してください。
突然、両親を亡くし、行くあても無く、途方にくれていた私を。食べる物も無く、飢えて死ぬしかなかった私を。お父様は拾ってくれた。
道に倒れていたにすぎない私に、綺麗な服を着せてくれて、勉強もさせてくれたお父様。でも、そんな恩人に初めてかけられた言葉は、
「ああ、『××』。よく帰ってきてくれた。もう、僕を独りにしないでくれ」
仰天した。私の名前は『〇〇』だったから。でも、訂正できなかった。だって、泣いていたから。涙を流しながら、私を抱きしめていたから。あまりに哀れで否定できなかった。
後から、周りの大人達に聞いた話だ。
お父様は、愛娘を亡くして傷心していた。そんな時、見つけたのが私だという話だ。その『××』という子と私がそっくりだったらしい。どちらにしろ、お父様が私の恩人だということは変わりない。でも、……
お父様とのピクニックです。最近は、忙しい様子だったのであまりお話が出来なくて少し淋しかった。でも、今日はそんなことはない。一日中お父様と一緒なんだから、こんな素敵なことはありません。
「あら?見てあんな所に灯台が登ってみましょう!」
「そうだね。眺めもいいだろうし、行ってみようか」
ああ、なんて幸せなんでしょう。
登るとそこからは海が一望出来ました。
「まあ、なんて素敵な眺め!」
その時です。急に強い風が吹いてきて、被っていた帽子が飛ばされてしまいました。幸い帽子は海ではなく、少し遠くの木に引っ掛かりました。
「僕が取ってこよう、ここで待ってて」
そう言ってお父様は灯台を降りて行かれました。木から落ちたりしないか、すこし心配です。
一人になった。
空を仰ぐ。それは、青くどこまでも透き通ってみえた。
私は。
私は…。
私は……。
偽っている。自分を、恩人の為に。もうイヤだ。何一つ、私の願いは叶わない。自分の思いはあの人に届かない。『私(〇〇)』を見て、「あの子(××)」ではなく私を。涙が流れる。頬をつたい、ぽつり、ぽつりと、重力に誘われて落ちていく。どうしたら、私を見てくれるだろうか。
水平線を見つめる。柵に登り更にその奥を見つめる。吹き付ける風が心地良く。まるで、大空を自由に羽ばたいている様で、
私が死んだら「私」の為に泣いてくれるのかな。
私は重力に誘われて大空を落ちていった。
意識が深い微睡みの中を漂っている。とても温かくて、気持ち良くて、嫌な事を全部忘れてずっとこのままで居たいと思えた。
感覚が次第に薄れ、自分とそれ以外との境界が曖昧になっていく。
ふと、まだ残っていた右手に雫が落ちた。
──行かないでくれ。
──私を独りにしないでくれ。
思いが流れてくる。それは、紛れも無く恩人の声だ。私は、目を開いた。
泣いていた。私の右手をしっかりと握り締めて。それを見て心が温かいもので満たされるのを感じる。愛されているんだ。必要とされているんだ、と。
「もう、何処にも行かないでくれ。私を独りにしないでくれ。『××』」
その温かさに、私は凍えた。
「はい、ずっと傍にいますよ」
口が勝手に話す。もう、意識なんてしていない。
「怪我は大丈夫かい?今日は、もうお休み」
そう言って、恩人は部屋を出て行った。
「お休みなさい」
……私はもう……疲れ、ました。
目を覚まします。いつもと変わらない見知った天井が目に映りました。窓を開けて湿った空気ごと心を洗い流します。吹き付ける風が心地良くて、やはり大空を自由に羽ばたいている様でした。
「おはよう。××」
いつの間にかお父様が部屋にいました。
「おはようございます。お父様」
今日も、私は元気です。
つたない文章ですが。楽しんでいただけたでしょうか?それなら、幸いです。