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【9】母様の憧れの騎士

 季節は過ぎて、チサトが来てからもうすぐ1年。

 天気がいいから散歩に誘おうと思ったのに、チサトの姿がなかった。

「あれ? 母様、兄様は?」

「1時間ほど前に、茶葉を買いに街に出かけて行きましたよ」

 どうやら入れ違ってしまったらしい。


 ――『クライス兄様』が出かけてしまったのに、取り乱さないなんて。母様、大分回復したなぁ。

 母様はリラックスした様子で、趣味の絵に没頭していた。そ

 私が兄様の代役をしている時は、出かけると言うと恐ろしいことになった。

 いかないでと連呼され、ヒステリックに叫んで縋られるのは、子供心にかなりの恐怖だった。

 それが、遠い昔のように思える。


 母様が描いてるのは『ヤイチ様』の絵。

 モデルがその場にいなくても毎回同じ顔を描けるのだから、母様は凄いなと思う。

 母様の部屋には、母様が描いたヤイチ様の肖像画や、『クライス兄様』の絵がたくさん飾られている。

 物心ついたときから、母様の部屋はそんな感じだった。

 だから、これが狂ってるのか平常なのか、私には判別がつかない。


「僕も出かけてきますね」

 母様と別れて、屋敷から出る。

「はぁ……兄様探さなきゃなぁ」

 今日は夕暮れまでに見つかるといいなと、そんなことを思う。

 チサトと暮らすようになってわかったのだけれど、チサトは超が付く方向音痴だった。


 最初は、この世界に来たばかりで道がわからないんだなと思っていた。

 しかし、何度も行っているヴィルトの屋敷ですら、未だに1人では真っ直ぐ辿りつけない。

 1人で出歩かないでねと言ったところで、本人に全く方向音痴の自覚がないため、あまり聞いてはもらえなかった。



●●●●●●●●●●●●


「……黒髪の男? あぁ、あいつのことか。それならお茶を買って、時計塔の方に行ったぞ」

 意外なことに兄様は、お茶屋さんに無事にたどり着いていたらしい。

「ありがとうございます」

 威圧感のある店主にお礼を言えば、待てと渋い声で呼び止められた。


「お前もトキビトだろう。どうして街を出歩いている?」

「街を出歩いちゃいけないんですか?」

 叱るような言い方に、思わず首を傾げる。

 話を聞けば、今近くの領地でトキビトが誘拐される事件が多発しているらしい。

 トキビトは出歩かないようにと、国から指示が出されているようだ。


「トキビトなら、家に知らせがきているはずだろう。ほら、これだ」

 店主が国から送られてきた手紙を見せてくれる。

 これを持っているということは、店主もまたトキビトらしい。

 髪は白髪交じりで彫りが深いから、一見トキビトには見えなかった。


「僕、黒髪に黒目なんですけど、トキビトではないんです。曾祖父がトキビトだったらしくて」

「そうか。それなら手紙が来てなくても無理はないな。トキビトにしては幼すぎるから、変だとは思ったんだ」

 店主は納得した様子だった。


「家まで俺が送っていこう」

「気持ちは嬉しいですけど、兄様を探さなきゃいけないので」

 店主は眉を吊り上げた。

 怒らせたのかな?と思ったけれど、心配しているだけだと横にいた店員の女の子が教えてくれる。


「兄様ってあいつはそんな歳でもないだろうに。まぁ、あいつが一緒なら大丈夫か。まだ遠くにはいってないはずだ」

 チサトと親しいかのような口ぶりに驚く。

 お茶屋にチサトが行くのは初めてだと思っていたけれど、そうではなかったようだ。


 店主にお礼を言って、時計塔のある広場へと走っていく。

 人の行きかう中に黒髪の後姿を見つけたけれど、残念なことに女の人だった。


 さらさらとした艶やかな黒髪が背中で揺れ、とても姿勢がいい。

 柔らかな生地をつかった膝上のスカートは、王都の若い女性の間で流行っている格好だ。

 田舎のバティスト領で見かけるのは珍しく、その腰には刀が下げられていた。


 ――チサトやミサキ以外にも、この街にトキビトがいるんだなぁ。

 王都からの観光客だろうか。

 しかも剣士で、刀使いなんて珍しい。


 その女の人に、興味が沸いた。

 刀は元々この世界にはなかったもので、異世界からもたらされた武器だ。

 扱う技術を持っている者が少ないため、あまり普及もしていない。

 ただトキビトの故郷である異世界『日本』ではメジャーな剣らしく、刀を愛用するトキビトは多いと聞いていた。

 

 自分と同じ女剣士で、刀使い。

 チサトを見なかったか聞きながら、少しお話とかできないかな。

 そんな思いから、声をかける。


「あのすいません」

「はい、なんでしょう」

 女性にしてはハスキーな声。

 振り返った顔を見て――私は固まった。


 その人の顔を、嫌というほど見たことがあった。

 ついさっきも、キャンパスの中で微笑む彼の姿を見たばかりだ。


「ヤ、ヤイ――むぐぅ!」

 思わず大きな声を上げそうになった私の口を、その人が押さえる。

「すいません。堂々とはしてますが、一応お忍びできているので、できれば叫ばないでいただきたいです」

 焦りながらも丁寧にお願いしてくる声は、柔らかい印象だったけど男の人のものだ。

 コクコクと頷く。


「ん? 黒髪に黒目……あなたはトキビトですか?」

 少ししゃがんで私を見つめてくる瞳に、困惑の色が浮かぶ。


 目の前の女性は、黒髪に黒目。

 化粧をしているものの誠実そうな顔立ちは変わらず、母様の部屋の肖像画で何度も見た顔をしていた。


 ――カザミヤイチ。

 この国で最高の騎士で、母様の憧れであるトキビト。

 母様が狂うことになった元凶ともいえる人が――何故か女装してそこにいた。


★2016/10/4 読みやすいよう、校正しました。

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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