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【8】すでに兄様はシスコンのようです

「……ねぇ、兄様。ミサキが見つかったのに、連れ帰らなくていいの?」

 チサトが義理の妹で想い人であるミサキを見つけて、早半年。

 未だにチサトは、私の屋敷にいた。


「それはそうなんだけど、色々事情があるんだ」

「もしかして父様との契約の件? だったら気にしないで。ミサキを連れて帰っちゃえば父様だって追ってこれないよ」

「うん……それもあるんだけど。もう少し様子を見たいんだ」

 チサトの答えは煮え切らない。

 この質問をするたびに、困った顔をして黙り込んでしまう。


「まぁ兄様がいいなら、それでいいんだけどね」

 あれからチサトは、私がヴィルトの家に遊びに行くたび着いてくるようになった。

 何故か、毎回――被り物をして。

 ミサキに会いたいからなんだろうけど、会ったところで2つか3つ言葉を交わして終了だ。

 正直な話、明らかに怪しすぎる。



 長い間死んだと思われていた私の兄『クラーク(偽名)』は、記憶喪失な上、極度の照れ屋。

 現在は療養中で、刺激を与えるため連れまわしてる。

 そんな設定をヴィルトに語れば、面白そうだから協力してやると乗り気だった。


 高いところから落とせば記憶を取り戻すこともあるらしい。

 そんな話を聞いたヴィルトに、チサトは階段から突き落とされそうになったり、色々つれまわされたり。

 どこからか事情を聞きつけたヴィルトの兄ミシェルは、屋敷に行くたび、チサトに怪しい儀式を施そうとしてくる。

 方法は大分ずれているけれど、2人なりに兄様の記憶を取り戻そうとしてくれていた。

 

 普段の私なら、面白そうだね!と飛びつくところだ。

 しかし、チサトの手前それもできず、かといって2人を止めることもできなかった。

 なのでヴィルトの屋敷に行くたびに、チサトは酷い目にあっている。

 それでも私と一緒にヴィルトの屋敷へ行くのは、ミサキに一目会いたいからなんだろう。


「それにしても、ヴィルトは本当小さい頃から性格が悪いな。今日なんて水が上から降ってきた」

 ぶつぶつとチサトが文句を言う。

 しかし、私に言わせればチサトもチサトだった。


「あれは兄様もいけないと思うよ。ヴィルトがミサキに抱きつく邪魔をしたでしょ。ああいうことするから、ヴィルトも兄様に仕返しするんだよ」

 チサトは、ヴィルトがミサキにベタベタするのが気に食わないらしく、何かと妨害しようとする。

 そのせいで最近は、ヴィルトがチサトを敵視しつつあった。


「あいつが悪い。子供だからって、ミサキの胸に顔をうずめようとしていたんだ」

「兄様考えすぎ。それにヴィルトを悪くいうけど、あれでいいところあるんだよ?」

 ヴィルトのフォローに回る私に、チサトは面白くなさそうな顔になる。


「あいつのいいところって?」

「そうだね例えば……」

 尋ねられて答えようとしたけど、急には思いつかなかった。


「ほらやっぱりないじゃないか」

「兄様……結構心狭いね」

 ツンと言うチサトは、意外と子供っぽい。

 普段とても落ち着いていて大人びて見える分、そのギャップがおかしくて、思わず笑ってしまった。


「何で笑うのベアトリーチェ」

「いや兄様、もしかして嫉妬してるのかなって」

 チサトは目を丸くして、それからすっと視線を斜め下へとずらした。


「……ベアトリーチェがヴィルトばかり庇うからだ。僕の味方をしてくれると思ったのに」

 いじけたような口調で言われて、驚く。

 私は、てっきりミサキと仲良しのヴィルトに嫉妬したものだと思っていた。

 けれどそうじゃなくて、チサトは私がヴィルトを庇ったのが面白くなかったらしい。

 それがなんだか嬉しくて、妙にふわふわとした気分になった。



●●●●●●●●●●●●


「昔振った子がさ魅力的になってて、好きって言いたいんだけどどうしたらいいと思う?」

「言ったらいいと思うよ」

 真剣な顔で私に相談を投げかけてきたのは、私の従兄弟。

 現在22歳になる本家の長男、コーネルだ。


 チサトがきて半年とちょっと。

 父様はチサトが今後『クライス』として活動できるよう、本家にも事情を通してしまった。


「ルカナン家から王の騎士がでれば、それは名誉でしょう? クライスが成し遂げられなかった事を、このチサトは必ずやってくれます」

 領土内に有名な騎士学校があるのに、騎士を全く輩出してないことを気にしていた本家の伯父様に、父はチサトをアピールした。


 本家の伯父様はルカナン家と領土のためになることなら、柔軟に何でも受け入れる人だった。

 さすがに王の騎士は無理じゃないかと伯父さんは思っているようだったが、ルカナン家から1人でも騎士が出れば十分だったらしい。

 最低でも騎士学校の卒業後、騎士としてしばらく働く事を条件に、チサトがクライスとして過ごすことを認めたのだ。


 これによってチサトは、すでにミサキを見つけて側にいるのにも関わらず、騎士になるまでこの家に縛りつけられる事になった。

 ――そんな事をする義理なんてないんだから、さっさとミサキを元の世界へ連れ戻しちゃえばよかったのに。

 チサトがぐずぐずしていたからだと、そんなことを思う。


 その件で、今日は伯父様が息子のコーネルを連れ、チサトと顔合わせにきていた。

 顔合わせが終わり、伯父様と父様が部屋を出て行った後、何故かコーネルが悩み相談を始めたというわけだ。


「わかってない、男心が分かってないぞベネ! どんな顔してそんなことが言えるんだよ。俺あの子が好きだったけど、身分が違いすぎるから苦労すると思って振ったんだそ? そしたら親父がいい針子見つけたから養子にしたとか言って連れてきて! 好きだった子……今でも大好きな子と一つ屋根の下で兄妹とかどうすればいいんだよ!」

「男心もなにも、私女だし。兄妹になれたなら、一緒に暮らせるからいいんじゃないの?」

 そもそもそんな恋の相談を、自分の半分しか生きてない子供にするコーネルが間違ってると思う。


 コーネルの恋の相手・ヘレンは、チサトがやってきたのとほぼ同時期にルカナン本家の養子になり、私の従兄妹になった。

 ヘレンは現在、ルカナン本家の屋敷に住んでいて、領土内の服屋に弟子入りし、針子として腕を磨いているらしい。

 毎日顔を合わせるのにそっけないのだと、コーネルはうじうじしている。

 一度自分が振ったなら、それもしかたないんじゃないかと思った。


 ヘレンとコーネルの出会いは、実はこのバティスト領らしい。

 今私達が住んでいるこの屋敷は、元々ルカナン家全体で管理している別荘だった。

 父親と一緒に別荘を訪れたコーネルは、2つ年下の街娘・ヘレンと仲良くなった。

 2人は想いを育むようになったのだけれど、コーネルはルカナン本家の長男で時期領主、一方のヘレンはただの街娘だった。

 王家の信頼も厚いルカナン家となると、重たい重責を彼女に背負わせてしまう。

 そう考えたコーネルは、彼女からの告白を受け入れなかったようだ。

 

 彼女を振った後、コーネルはバティスト領へ行くのをやめた。

 コーネルは優男風で、わりとモテるし、結構軽い。

 それなりに恋を楽しみつつ、ルカナン領で生活していたのだが……ある日突然、父親がヘレンを連れてきて、養子にすると宣言したようだ。


 コーネルの父、つまり私の伯父様はお洒落が大好きで服に目がない。

 幼なじみであるヴィルトの父が治めているこのバティスト領は、羊の毛や服の材料となる植物の産地として有名だ。

 それらをよく買い付けに来ていた叔父さんは、偶然ヘレンの作品を目にしたらしい。

 彼女の才能を伸ばしてあげたいと、ルカナン領に連れ帰ったようだった。


「そりゃ、毎日ヘレンと会えるのは嬉しいさ。でも兄妹だと、結婚もできないじゃないか。そんなふうにヘレンがルカナン家の一員になるんだったら、最初から俺の奥さんとして迎え入れたかったよ」

 コーネルはぶつぶつと呟いている。

 まるで雨が降り続いたあとの地面のように、じめじめしてるなぁと年上の従兄弟を見て思った。


「お前なら俺の気持ちわかるよな、クライス?」

「えぇ、まぁ。好きな人が義妹だと、世間体もありますしね。兄妹じゃなければこんなに苦しまずにすんだのにと思ったことは……何度もあります」

 同意を求めたコーネルに、チサトが頷く。

 チサトにはコーネルの悩みがよくわかるらしい。

 

「兄妹ならずっと一緒にいられるんだし、それじゃダメなの? 一緒にいられることには変わりないと思うけど」

 首を傾げて思ったことを口にすれば、2人して大きな溜息を吐いた。


「ベネはまだ子供だな。好きな相手が側にいるのに、想いを告げられないのが辛いってこともあるんだよ」

「恋をすれば、ベアトリーチェにもわかる日がくるかもね」

 コーネルもチサトも、子供にはわからない悩みだというような顔をしている。

 何だかむっとした。


「馬鹿にしないでよ2人とも! 私だって好きな人くらいいるよ!」

「へぇ、男装ばっかりしてるベネが? 驚いた。相手は女の子だったりして」

「一体それは誰なの、ベアトリーチェ!?」

 勢いで言えば、コーネルがからかい、チサトが焦ったような顔になる。


「女の子じゃないよ! ちゃんと相手は男の子だし」

「それで? どこの誰?」

 ツンとして言えば、チサトが真剣な目で問いただしてくる。

「内緒だよ」

「やっぱり見得張っただけか」

 本当は好きな相手なんていない。

 誤魔化そうとすれば、コーネルに見抜かれてカチンときた。


「ちゃんといるってば。ヴィルトだよ、ヴィルト!」

「……ヴィルト?」

 とっさに思いつく名前が、ヴィルトしかなかった。

 チサトの眉間に、深いシワが刻まれる。


「あぁ、ヘレンが勤めてた屋敷の坊ちゃんか。仲いいって言ってたな。でも確かそいつって、将来クライスの恋敵になるかもしれない奴じゃなかったか?」

「……」

 コーネルの言葉に、チサトが不機嫌な顔で黙りこむ。


「でもそれいいかもな。ベネがヴィルトと結婚しちゃえば、クライスは恋敵がいなくなって楽に義妹のミサキちゃんを奪えるじゃないか」

 それは思いつきもしなかったことだった。

 コーネルは適当に口にしたようだけれど、それはチサトの恋を応援できる、とてもいい方法のように思えた。


「それいい! 兄様はミサキと、私はヴィルトと。互いの恋を応援するなんてどうかな!」

「ダメだ」

 チサトに提案すれば、即答されてしまった。

「どうして?」

「ベアトリーチェをヴィルトなんかに渡せない」

 いい案だと思ったのにと、私が残念がれば、チサトがきっぱりと告げる。

 コーネルがそんなチサトを見て、おかしそうに笑った。


「新しいクライス兄様は、妹が可愛くてしかたないみたいだな。恋敵に渡すのが嫌とみえる」

「あんな奴にミサキだけじゃなくて、可愛いベアトリーチェまで渡すのが嫌なだけです」

 チサトはコーネルに言い返す。


「俺の言ったことと全く同じだろうが。まぁ、ベネが新しい兄様とうまくやっていけてるようでよかった。ベネは今まで辛い目にたくさんあってきたんだ。できればその分甘やかして、この調子で可愛がって欲しい」

 私の境遇を心配してくれていたのか、コーネルがそんなことを言う。

「言われなくてもそうするつもりです」

 チサトは力強くそう宣言して、優しく頭を撫でてくれた。

★2016/10/4 読みやすいよう、校正しました。

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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