【7】幼馴染が兄様の憎い相手だったようです
たくさん買ってくれたお礼として、おじさんがかぼちゃをくりぬいて作った収穫祭用の被り物をくれた。
なんとなく気に入って、それを両手でもち抱えながら歩く。
宅配はおじさんが請け負ってくれたので、特に他の手荷物はなかった。
「もしかして、僕硬貨渡しすぎた? あのおじさん驚いてたけど」
「そうだね。あれだとあの五倍の量の野菜が買えたと思う」
私が答えるとチサトは苦い顔になる。
まだ硬貨の価値がよく理解できていないらしい。
どれくらい出したらよかったんだろうと財布を見つめる横顔は、もう私の事を怒ってはいないようでほっとした。
「……何もチサトが頭を下げる必要なかったのに」
「妹が悪い事をしたら、兄が謝るのは当然だ」
ぼそりと呟いた言葉は、チサトの耳に届いたようだ。
私が人にぶつかりそうになったのでさりげなく庇い、かぼちゃの被り物を持ってくれた。
「チサトは本当の兄様じゃないし、クライス兄様だってあんなふうに一緒に謝ったりはしなかったよ。貴族が平民に頭を下げるなんて、プライドがないと思われるでしょ」
「貴族だろうと何だろうと関係ないよ。悪いことをしたら謝らなきゃダメだ。それにたとえ血は繋がっていなくても、ベアトリーチェは僕の妹だ……から」
私がありえないと言えば、チサトは言葉の途中で立ち止まった。
目を見開いて、呆然と立ち尽くしている。
「どうしたの?」
その視線の先を追うと、ヴィルトとそのメイドのミサキがいた。
荷物を持ってあげようとするヴィルトを、ミサキが微笑ましそうに眺めている。
「あっ、ヴィルトだ。さっき仲のいい友達がいるって話したでしょ。一緒におじさんに悪戯したの、あの子なんだよ。おーいヴィルト!」
ヴィルトとミサキが私の声に振り向く。
私に気づいたヴィルトが、こちらに走ってきた。
「なんだベネも収穫祭の買いだしか?」
「ううん。兄様と街をうろついてたんだ」
「兄様? ベネの兄って死んだんじゃなかったのか?」
ヴィルトが首を傾げる。
「魔物に襲われて死んだって思ってたけど、生きてて見つかったんだ! いい機会だからヴィルトにも紹介するね。こっちにいるのが僕の兄で、クラ……クラーク兄様だよ!」
チサトはまだ外で『クライス』とまだ名乗らないよう、父様から言い含められていた。
なので、偽名を口にする。
ヴィルトは長身のチサトを見上げて、眉を寄せ、変な顔をした。
それを不思議に思ってふりかえれば、チサトは何故かかぼちゃの被り物を被っていた。
「兄様、どうして被り物なんかしてるの?」
大きなかぼちゃの頭が、ぐるりと私の方をむいた。
何か訴えたいのかもしれないけど、被り物だから表情が全くわからない。
「お前の兄さん変わってるな。ミシェルといい勝負だ」
「えぇ? ミシェルと一緒にしないでよ。普段はこんなんじゃないんだよ?」
ヴィルトが酷いことを言う。
ミシェルはオカルトマニアの変人で、常に女装している病弱なヴィルトの兄だ。
時々ヴィルトの屋敷に出没……もとい屋敷で会うのだけれど、いつの間にか背後にいて、しかも死相が漂っている。
最初出会ったときは幽霊だと思い込んでいたので、友達になってと迫られたときには、本気で泣きそうになった。
「ベネくんこんにちわ」
「こんにちわミサキ。重そうだね」
会計を終わったミサキもこちらへやってきて、挨拶を交わす。
「そうなの。いっぱい買うものがあるから、ヴィルトに手伝ってもらってるのよ。そうださっきオマケもらったから、これをベネくんに……」
ミサキは紙袋に手を入れ、何かを取り出そうとした。
袋からオレンジが1つ零れ落ち、ころころと転がってチサトの足元で止まる。
「……」
「あっ、ありがとうございます」
チサトは無言でオレンジを拾って、ミサキの紙袋に戻した。
ミサキはお礼を言ったものの、戸惑っているみたいだ。
「兄様本当どうしたの。なんか変だよ?」
「……」
もう行こうとでもいうかのように、チサトは私の服の裾を少し引く。
どうして何も喋ろうとしないのかわからなくて、私は首を傾げる。
「ベネくんのお兄さんなの?」
「うん。初めての収穫祭だから、ちょっとはしゃいでるみたい!」
何で被り物しているのか、私だけではなくミサキもヴィルトも気になっているようだった。
だから、先回りして答える。
「収穫祭が初めてって、毎年どこでもあるだろ? ベネが住んでた街には無かったのか?」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。兄様は記憶喪失で、だから収穫祭が珍しいんだよ」
「お前の兄さん……記憶喪失なのか。それは大変だな」
「まぁね。でも、兄様は兄様だから。帰ってきてくれただけでいいんだ」
記憶喪失は、チサトが『クライス兄様』として過ごしやすくなるよう、父様が作った設定だ。
ヴィルトもミサキも、同情するような目でチサトを見ていた。
「兄様、改めて紹介するね。こっちが友達のヴィルトで、その隣がヴィルトの家のメイドでミサキだよ」
「はじめましてお兄さん。いつもベネくんにはうちのヴィルトが遊んでもらっています」
「よろしくな、ベネの兄さん」
私が紹介すればミサキがチサトに会釈して、ヴィルトがよっと軽く手を上げた。
チサトはぺこりとお辞儀をした。
礼儀正しい兄様なのに、被り物も取ろうとせず、自己紹介もしようとしない。
不思議に感じていたら、ミサキがチサトに果実を2つ渡した。
「これ、ベネくんと一緒に食べて下さい」
「ありがとう、ミサキ」
私がミサキにお礼を言えば、チサトもぺこりとお辞儀をした。
それから、チサトがくいくいと服の裾を引っ張り、遠くを指さす。
そろそろ行こうという合図のようだった。
「ごめん、そろそろ僕たち行くね!」
「あぁ、じゃあまたな!」
チサトに手を引かれながら、ヴィルトと手を振って別れた。
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かなり遠くまできてから、チサトが被り物を外す。
「一体どうしたの? 被り物なんてしてるから、ヴィルトたち驚いてたよ」
「ミサキと……知り合いだったの?」
問いただせば、チサトは眉を寄せて考え込むような顔をしていた。
「そうだよ? さっき紹介したじゃない。友達のヴィルトと、ヴィルトの家のトキビトでミサキ。チサトが探してる2人と偶然同じ名前だから、一度会わせておこうと前から思ってたんだ。まぁ、絶対に違うとは思うけど」
ははっと笑い飛ばしながら口にする。
「……そのまさかだ」
「えっ?」
チサトの言葉に、思わず声が漏れた。
名前が一緒なんて偶然にしては凄いと思うけれど、そのまさかはありえないと思っていた。
ヴィルトは子供だし、王の騎士でもない。
なにより、王の騎士には武芸だけでなく知性も求められるので、あの勉強嫌いのヴィルトがなれるわけがなかった。
大体、仲のいい幼馴染がチサトの憎い相手なんて、そんな偶然があったなら、運命的すぎて笑えるレベルだ。
「何かの間違いじゃないの?」
「僕がミサキを間違えるわけがない」
信じられない私に、きっぱりとチサトが断言する。
「……あれが、チサトの義妹で想い人のミサキ? 本当に?」
「あぁ、そうだ」
硬い口調でチサトは答えた。
名前も同じだし、共通点も多いなぁと思っていた。
けれど、本当にヴィルトとミサキが、チサトの探し人だったなんて驚きだ。
意外な展開に、思考が凍りついた。
★2016/10/3 読みやすいよう、校正しました。