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【6】兄様と私の悪戯

「ベアトリーチェ、大分刀の扱いがうまくなってきたな」

「ありがとうございます、おじいさま」

 師匠に褒められて思わず嬉しくなる。

 『クライス兄様』の真似事をさせられていた私には、母様によって刀の訓練の時間が日々のスケジュールに組み込まれていた。

 それが『クライス兄様』の日課だったからだ。


 最初は嫌々やっていたけれど、慣れてくると楽しい。

 体のバネを生かした舞いのごとき剣舞がうちの家の味らしく、私にもかなりの才があると、師匠である祖父は褒めてくれていた。


「チサトもすばらしい腕前だ。我が家の流派とは異なっているがとても洗練されている。こんなに血が滾ったのは久々だ。実践が足りないような気はするが、それもまたこれから鍛えていけばいい」

「ありがとうございます」

 先ほどまで師匠と切りあっていたチサト――私の今の兄様が、汗を拭ってから師匠に頭を下げる。


「これでクライスがいれば、ルカナン家から騎士を3人輩出できたものを。我が流派を世の中に広めるチャンスだったというのに!」

 師匠が悔しそうに叫ぶ。

 私の扱う剣は、片側しか刃がついていない刀という異国の剣だ。

 曽祖父はこの刀の使い手で、その子供のうち師匠だけがこの剣技を受け継いでいた。


「本物のクライスさんがいたなら、僕はルカナン家にいないと思いますし、流派を広めるお手伝いはできないと思います」

「そんな細かいことを気にするな。我が家のやっかいになっているなら、それは我が一族同然だからな!」

 真面目に返したチサトの背を、バンバンと師匠は叩く。

 豪快な師匠は力加減をしないので、かなりチサトは痛そうにしていたけれど、師匠にそう言われて悪い気はしないみたいだ。


「というかおじいさま。まるで私も騎士になるみたいな言い方ですね」

「何をいってるんだ。我が流派の後継者がそんな弱気でどうする。お前なら間違いなく将来騎士になれる!」

 がしっと師匠の手が、私の肩に置かれる。

 将来騎士になると決めてはないと言いたかったのに、師匠は私が騎士になる自信がないと捉えたようだった。

 私が騎士になるのは師匠の中で決定事項であり、後継者扱いされていた。

 

 ルカナン家は細身の体つきが多く、体格はがっちりしていない。

 例外的に体格がよい師匠以外は皆文官になってしまい、師匠はそれを悲観していた。


「女性騎士は需要があるんだが、なり手が少ない。女性しか入れない場所の警護もやはりあるからな。ベアトリーチェ、お前なら王の騎士も夢ではない! このワシが育てたんだ。自信を持て!」

 師匠は騎士の仕事を引退した後、騎士学校の教師もしていた。

 お陰で剣術だけでなく、座学もいろいろ叩き込まれて、ちゃくちゃくと騎士になるための土台が私の中に作られつつある。


「考えておきます」

「あぁ、王の騎士になる方法は一つではないからな」

 曖昧に濁すため口にした言葉は、師匠のいいように捉えられてしまったみたいだけれど、いつものことなので気にしない。

 師匠は熱血な性格で、全く貴族っぽくなくがさつだ。

 そして加えて、あまり人の話を聞いてない。

 けれど、ちゃんとベアトリーチェとして私を扱ってくれる。


 私が『クライス兄様』の身代わりにされていたとき、師匠は進んで私に剣を教えることで、母様から離れる時間を作り出してくれたのだ。

 剣の道に女は不要。

 そう考えている母様は、この時間だけは昔から邪魔してこなかった。

 


●●●●●●●●●●●●


「ベアトリーチェ、もう僕がいるから剣の稽古もしなくていいし、男の子のふりをしなくてもいいんだよ?」

 チサトが『クライス兄様』として過ごすようになってから、2週間。

 私は、未だに男の子の格好を続けていた。

 チサトには、それがとても気になるらしい。


「7歳から男の子として過ごしてきたから、こっちの方が楽なんだ。それに母様の記憶のなかで、私はルカナン家の次男ってことになってるみたいだし」

「……それは」

 私の言葉に、チサトが困った顔になる。


 チサトが『クライス兄様』として振舞うことに決まって、私は1週間母様と顔を合わせなかった。

 母様が混乱しないようにという配慮だ。

 

 この1週間の母様は、安定した様子で幸せそうだった。

 まるで、昔の母様が戻ってきたみたいだと、父様や使用人達も喜んでいた。


 これなら、私がベアトリーチェとして現れても大丈夫かもしれない。

 そんな期待を持って、私は女の子の服を着て母様の前に出てみた。

「あらベネ。その服は一体なんですか! すぐに着替えてきなさい」

 愛称を呼ばれたことで、私のことを思い出してくれたのかと皆が期待した。


「あなたは男の子でしょう? スカートなんて着てどうするの」

 しかし、続いた母様の言葉に――その場にいた父様もチサトも固まった。

 私は母様の中で、『べネ・ファン・ルカナン』という、ルカナン家の次男になっていたのだ。


 兄様の身代わりをしていた、私と過ごした日々。

 チサトが現れたことで、そこに生じた矛盾を、母様は私を『次男だった』とすることで処理してしまったのだ。

 もしも、また目の前から『クライス兄様』が消えた時のため、その代役として『次男』の存在を無意識に作り出したんじゃないかと、父様は分析していた。


 けれど、まぁそれならそれでいいかなと私は思っていた。

 『クライス兄様』を演じている時と違って、べネは素の私でいい。

 それも私だと思えるから、今までとは違って楽だった。

 むしろ、今更ベアトリーチェとして女の子らしく振舞えと言われた方が困る。


 本を読むのは好きだったけれど、刺繍やダンスは苦手だった。

 良家の子女はマナーや女性らしい仕草を学ばなくてはならない。

 けれど、そんなことより刀をにぎったり、馬を乗り回したりしているほうがよっぽど楽しかった。


「私の事より、チサトは勉強大丈夫そう? 3年後には騎士学校に復学するんでしょう?」

「うん。その予定なんだけどね……」

 尋ねれば、チサトは疲れたような顔になった。


 父様の計画では3年間である程度の知識をチサトに叩き込み、それからチサトを息子の『クライス』として世間に公表するつもりのようだった。

 その後、チサトは騎士学校に通って卒業し、それから騎士になるという筋書きがすでに出来上がっている。


「何故かこっちの世界の文字が読めるから、その辺りは助かるんだけど。理解するのはまた別なんだよね」

 チサトはかなり勉強に苦戦しているようで、溜息を漏らす。

「よし、兄様。息抜きをしにいこう。まだ街に行ってないでしょ? もうすぐ収穫祭だからにぎやかなんだよ! 案内してあげる!」

「……そうだね。ありがとうベアトリーチェ」

 立ち上がり手を差し出せば、チサトは私の手をとってくれた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「ねぇベアトリーチェ。なんだかじろじろ見られてる気がするんだけど」

「この世界に、黒髪黒目の人間は少ないからね。私たちの家であるルカナン領は、王都も近いし何かと便利で、昔から住んでるトキビトが多いから別だけど。他のところではこんな風に珍しがられるんだよ」

 街をおどおどしながら歩くチサトがおかしくて、思わず笑う。


「あと目立ってるのは、私と一緒にいるからっていうのもあるよ」

「それはどういう意味?」

 露店の多い通りを歩きながらそういえば、チサトが首を傾げる。


「あぁそれはね……」

「おい悪ガキ! この前はよくも悪戯してくれたな!」

 説明しようとしたら、厳つい声がそれを遮る。


 つるつると昼下がりの太陽を反射する頭部を持った、恰幅のいいおじさんが棒を持って進行方向にある店から出てこようとしていた。

「あっマズイ。行くよ兄様!」

「ちょ、ちょっとベアトリーチェ!」

 チサトの手を引いて道を引き返す。


「こらぁ! 待ちやがれっ!!」

「待つわけないでしょ!」

 おじさんは素早さが足りない。

 颯爽と街を走りぬけ、路地裏に逃げ込めばもう追ってこられないようだった。


「ふぅ、今日もうまく巻けたね!」

 すがすがしくそう言えば、息を切らしてチサトが膝に手をついていた。

「あれチサトもう息が切れたの? やっぱり師匠のしごきが効いてるんだね」

「一体あの人に何をしたの? すごい剣幕だったけど」

「あのおじさんはげてるの気にしててね。毎回うさんくさい露天商から、高級毛生え薬買ってたんだけど、全く効果がないようだったからさ。ちょっと喜ばせてあげようと思って、仲のいい友達と一緒に中を黄色の塗料にすり替えたんだ。頭に色がついて髪に見えるかなって思ったんだけど、うまくいかなかったみたいだね」

 ははっと笑いながら答えれば、チサトは眉間にシワを寄せた。


「ベアトリーチェ」

 硬い声色で名前を呼ばれて、驚く。

 チサトは怖い顔をしていた。

 視線を合わせて真っ直ぐ見つめられたかと思うと、額を指でパチンと弾かれる。


「痛っ! な、なに……なんで怒ってるの、チサト?」

「なんでじゃないだろ。人が困るようなことをしちゃ駄目だ」

 額を押さえ、パチパチと目を瞬かせる。

 チサトは明らかに怒っていた。


「でもちょっとした悪戯だし……」

「返事は?」

「は、はい」

 いつも優しいチサトが、ちょっと怖かった。

 素直に頷けば、手を引かれる。


「よろしい。じゃあ、謝りに行くよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「悪い事したら謝るのが当たり前だろ」

 慌てる私を、チサトはぐいぐい引っ張って歩き出した。


「いやそうじゃなくて、道逆だよ!」

「そうだったっけ?」

 チサトに道を教えながらおじさんの所へ向かう。

 かなり気乗りしなかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「うちのベネが迷惑をかけたみたいで、すみませんでした!」

 毎回違う方向へ迷いなく進むチサトを導きながら、どうにかおじさんの店に戻ると、チサトはいきなりおじさんに頭を下げた。

「えっ、兄様!?」

 あまりの事に目を白黒させていたら、私の頭にチサトが手を乗せ、力を下へ加えてくる。

 ぐぐっと上から押されて、私も頭をさげた。


「ほら、ベネも謝るんだ」

「ご、ごめんなさい」

 謝罪の言葉を口にしたところで、チサトは頭から手を離す。

 おじさんは謝りにくるとは思ってなかったらしく、逆に戸惑っていたけれど、反省してくれるならいいんだと許してくれた。


「しかし、あんたみたいなできたお兄さんがベネにいたんだな。着てる服の仕立てもいいし、品もある気がしていたが、もしかして貴族のお坊ちゃんか何かなのか? 黒髪に黒目なんて珍しいよな。どこの家だ?」

 おじさんの言葉にドキッとする。


「すいません。それは勘弁してもらえますか。あとここの品物全部下さい。おつりは迷惑料ということで」

 チサトはポケットから財布を取り出すと、硬貨を適当におじさんの手のひらに置いた。

 おじさんは硬貨とチサトの顔を見開いた瞳で何度か見た後、「まいどあり!」と笑顔になった。

★2016/10/3 読みやすいよう、校正しました。

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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