【5】異世界にきた理由
すいません。5話とまちがえて6話だしてました。
チサトは、剣術道場の跡取り息子として育てられたらしい。
本妻の子ではなく妾の子で、本妻の子が亡くなり、本妻も子が生めない体になってしまったため、幼いうちに母親から引き離され、家に迎えられたようだ。
そのため本妻である義理の母親はチサトに冷たく、父親も本妻の手前優しくしてはくれなかった。
チサトは自分の生い立ちを知らなかったので、両親の期待に応えようと懸命に努力し、寂しい子供時代を送っていた。
そんなある日、チサトに義理の妹ができた。
父親の兄夫婦が死んで、チサトの家にその娘が引き取られてきたのだ。
チサトにとっては従兄妹にあたるその子は、お兄ちゃんとチサトを慕ってくれた。
気づけばチサトはその子が好きになっていて、その子もチサトを好いてくれるようになった。
けど、チサトは臆病で、その子が自分を好いてくれているのは、刷り込みなんじゃないかと気持ちを疑ってしまったらしい。
彼女がチサトに抱いているのは、恋愛感情じゃなくて、兄妹に対する愛情の延長なのではないか。
寂しいときに優しくされたから、それが恋だと勘違いしてしまったんじゃないか。
彼女の『好き』が信じられず、チサトは自分が傷つく前に、彼女を突き放してしまった。
そして、その後すぐに、彼女は行方不明になってしまったのだという。
彼女がいなくなってようやく、チサトは彼女が好きで好きでしかたない事に気づいた。
彼女の告白を受け入れなかったことを、後悔したらしい。
3カ月間探し続けて、ようやく帰ってきた彼女は、まるで別人のように大人びていた。
遠くを見て溜息を吐くことが多く、帰ってきたのに悲しそうな顔をするばかり。
失踪していた間のことは、覚えてないの一点張りで何も話そうとしなかった。
それでも彼女を支えていこうと思っていた矢先、突然家に金髪で青い目をした外国人がやってきたらしい。
「僕の妹は行方不明の間、異世界に行っていたようなんです。そいつはそのときに妹を拾って、恋人になったとか、ふざけたことを言ってました」
「男の名前はわかるかい?」
「ヴィルトです。20代くらいの男で、王の騎士だと言ってました」
父様の質問に答えながら、チサトは腹立たしさを押さえられないようだった。
ヴィルトという名前に、私の頭には幼なじみの顔が頭に浮かんでくる。
「そいつはずうずうしくも妹の恋人を名乗り、異世界へ攫っていったんです。俺が責任持って幸せにしてやるから、安心して指をくわえてろ……なんて言って」
そのときのことを思い出したんだろう。
ぐっとにぎられたチサトの手は、爪が食い込んで白んでいた。
「妹のいない世界になんて、意味がない。あいつから絶対に奪い返してやる。そう思っていたら、僕の前に変な帽子を被った男が現れました」
君が望む世界へ連れていこうと、男はチサトに言ったらしい。
チサトの妹は、行方不明だった3ヶ月の間、異世界にいた。
怪しい男から時計を貰い、気づいたら異世界にいたのだと、チサトに説明していたようだ。
だからチサトもその男から時計を受け取り、妹と同じようにこの世界までやってきたらしい。
「なるほど。チサトくんは想い人である妹さんを、この世界で探し出したいわけか」
「……やっぱり見つけるのは無謀ですか?」
チサトが不安そうに、父様を見つめる。
「チサトくんの話では、妹さんを攫った相手は王の騎士を名乗っていたんだろう? 王の騎士は数が少ない。それが本当ならすぐにわかるよ」
そう言って、父様は王の騎士マニアとも言える母様の部屋からファイルを取ってきた。
しばらく資料をめくっていたけれど、パタンとファイルを閉じてしまう。
「王の騎士に現在ヴィルトなんて名前はないね。歴代の中にもない」
「そんな! あいつが口にしてたことは――嘘だったって事ですか」
チサトが声を荒げる。
嘘を平気でつくような相手に、妹をみすみすわたしてしまったのかと、絶望しているように見えた。
「そうとは限らないよ。これから王の騎士になる人間かもしれないからね」
「……どういう意味ですか?」
父様の言葉に、チサトは首を傾げる。
「ここは妹さんを攫った男が、王の騎士になる前の時間かもしれないってことだ。色んな時代からきたトキビトが、ランダムにこの世界には訪れるからね。妹さんよりも進んだ時間帯から来た君が、妹さんが攫われた時間より過去に飛ばされても全く不思議じゃない」
父様は、一人納得したようで頷いていたが、私やチサトには言っていることが難しかった。
「チサトくんからしてみれば、過去の異世界にきてしまった可能性があるって事だよ。これからこの世界でそのヴィルトが王の騎士になって、妹さんと出会う。そういう可能性があると、私は言ってるんだ。まぁ、そのヴィルトという奴が、王の騎士だと嘘をついていた可能性も捨てきれないけどね」
「……一種のタイムリープが、起こっているかもしれないってことですか」
「難しい言葉を知っているね。その通りだ。あくまで可能性だがね」
チサトは父様の説明を理解したようだった。
難しい顔で考えこんでいる。
「私は引き続き君の妹さんと、その男を捜すよ。チサトくんはクライスとして王の騎士を目指して、その男が同じ土俵にあがってくるのを待っていればいい」
さりげなく王の騎士になることを要求しつつ、父様はすっかり冷め切っていた紅茶を飲んだ。
「チサトくんにはクライスとして振舞ってもらう。その代わり、私を含めルカナン家の力をなんでも利用していい。妹さんとその男を見つけるのも、奪うのも。その後どうするのかも、全力でバックアップしよう」
父様は、チサトに手を差し出す。
「今日から君は、私の息子のクライス・ファン・ルカナンだ。よろしく、クライス」
「はい。よろしくお願いします……ルカナンさん」
「違う、そうじゃないだろう? 君もまたルカナン家の者なのだから」
父様が首を横に振れば、チサトはハッとしたようだった。
「よろしくお願いします、父さん」
「あぁそれでいい。ベアトリーチェも、クライス兄さんと仲良くするように」
チサトが慌てて訂正すれば、父様は微笑んで、私に視線をよこしてくる。
「チサトはそれでいいの?」
「うん。どうしても妹を取り戻したいんだ」
尋ねれば、チサトは澱みない口調でそう言った。
好きな人のために、異世界までチサトはやってきた。
私のためにやってきてくれたわけではなかったのかと、少し残念に思ったけれど。
チサトが望むなら、協力してあげたいと思った。
「わかった。それなら私も協力する」
「ありがとう。よろしくね、ベアトリーチェ」
力強く決意をこめて頷けば、心強いとチサト――『クライス兄様』が微笑んでくれる。
「よろしくね兄様!」
その日から、チサトは私の『兄様』になった。
★2016/10/3 読みやすいよう、校正しました。