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【番外編2】異世界の少女

 目を開けたら、満月の浮かぶ夜空をバックに、綺麗な子がこちらを覗き込んでいた。

 歳は十歳くらいで、短めの真っ黒な髪と瞳。

 ニホン人というよりはどことなく西洋の人形を思い出させるような、整った顔立ちをしていた。

 幻想的とも思えるような雰囲気の中、ベアトリーチェと名乗ったその子に、僕は拾われた。


 どうやら僕は本当に異世界に来てしまったらしい。

 なりゆきに任せるように、僕はベアトリーチェにこの世界に来た理由を話した。

「僕の大切な人が、この世界からきた男に攫われてしまったんだ。それで僕は連れ戻すために、ここにやってきた」

 ぎゅっと胸に下がる懐中時計を握り締めれば、固い感触が手に返ってくる。

 

 ベアトリーチェは協力すると言ってくれた。

 とても優しい良い子のようだ。

 僕はいきなり空から降ってきたというのに、こんな怪しい男にベアトリーチェはとても親切だった。


「うん。まかせといて! 私はチサトお兄さんの拾い主だから!」

 僕に対して、キラキラとした目を向けてきて。

 その視線がくすぐったくて、甘やかされているような気分になった。

 まるで僕をずっと待ち望んでくれていたみたいだ――そんな、あるはずもない自分に都合のいい事を考えて、思わず笑ってしまった。


 どうしてこんな僕に優しくしてくれるのか。

 それを尋ねれば、ベアトリーチェが望んで僕がこの世界にやってきたからだと言う。

 その言葉の意味はよくわからなかったけれど。


「とにかく、私はチサトお兄さんの味方だから!」

 請け負ってくれるベアトリーチェは頼もしくて。

「ありがとう」

 戸惑いながらも、力強く手を握ってくる小さな手を僕はぎゅっと握り締めた。


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 ここは異世界で、僕はトキビトという存在らしかった。

 元の世界での時間を止めて、この世界で僕は永遠に歳もとることなく生きられる。

 帰る時は時計を飲み込めば、来たときと同じ時間へと戻れるのだと教えてもらった。


 ――ほんとに異世界にきちゃったんだな。

 なんて、今更に実感が湧いてくる。


 そしてベアトリーチェは、最初綺麗な顔だちをした男の子かと思っていたら、なんと女の子だった。

 お兄さんが行方不明になって、気が狂った母親にその代わりを強いられているらしい。

 そう聞いて、僕はベアトリーチェを自分に重ねてしまった。

 

「……誰かの代わりなんて、君は辛くないの?」

 本来跡取りになるはずだった、長男の代わり。

 僕もそういう育てられ方をされていた。

 ――あの子が死ななければ、あなたよりももっと上手になっていたはず。

 そんな言われ方をされて、いない対象と比べられて。


 それを辛く思いながらも、ずっと僕は耐えていた。

 何故ならそこにしか僕の居場所がなかったから。

 代わりでも、必要とされていたかったから。

 

「そうだよね、辛いよね。ごめん変なこと聞いて」

 この子は僕と似てると思った。

 兄の身代わりをさせられている、女の子。

 僕の味方だと言ってくれた彼女に、あんな想いはして欲しくなかった。

 自分にできることがあるならしたいと、純粋にそう思った。


 そして、この異世界で過ごす間、僕はこの子が今まで演じていたこの家の長男『クライス』として振舞うことになった。 

 ベアトリーチェはそれに反対したけれど、この取引は僕にとっても悪い話じゃなかった。

 僕が長男の『クライス』として過ごすなら、宿を提供するだけではなく、ミサキを探し出すのを手伝う。

 ベアトリーチェの父であるエドワルドさんは、そう約束してくれたのだ。


 ミサキを探す手がかりは、やっぱりミサキを攫ったヴィルトという男しかなかった。

 王の騎士だと彼は名乗っていたから、名簿を探してもらったけれど。

 現在の王の騎士の中に、ヴィルトという名前はなかった。

 騙されたのかと歯噛みしたのだけれど、エドワルトさんは、そうではないかもしれないという。


 ここは僕にしてみれば過去の異世界である可能性があるとの事だった。

 今からヴィルトが王の騎士になり、ミサキと出会い、僕の元からミサキを奪い去っていく。

 つまりはそういう事のようだ。

 とりあえずヴィルトが現れるまで、僕は「クライス」としての居場所を手に入れた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 この世界では不思議なことに言葉が通じた。文字もかけた。

 不思議に思いながらも僕はクライスになるために頑張ることにした。

 読めても理解できない単語もあって、それを覚えるのが大変だったけれど。

 それでも、ここで過ごしていくためには必要だからと一生懸命に覚えた。


 刀の修行もすることになった。

 真剣もこの世界では普通に使う。僕のいた安全なニホンとは違い、物騒なこともあるんだとそれでわかった。

 師匠となってくれたヨシマサさんは、クライスの祖父にあたる体格のいい男の人で。

 少し茶色がかった金髪に、青い瞳をしていた。

 僕の世界でいうと、西洋人のような外見でハリウッドスターのような筋肉美を持つヨシマサさんが、日本刀を振り回すのは妙な感じがした。


 ヨシマサさんの父親は、僕と同じニホン人だったらしい。

 刀の使い手でその子供の中でヨシマサさんだけが、その技術を受け継いだとの事だった。

 相手の力を受け流し、そこからの攻撃とスピードを重視する僕の家の剣技と違って、舞いを思わせるものだった。


「これでクライスがいれば、ルカナン家から騎士を三人輩出できたものを。我が流派を世の中に広めるチャンスだったというのに!」

 手合わせをしたヨシマサさんは、側にいるベアトリーチェと僕を見て悔しそうに叫ぶ。

 ベアトリーチェも毎日僕と一緒にヨシマサさんと、刀の鍛練をしていた。


「本物のクライスさんがいたなら、僕はルカナン家にいないと思いますし、流派を広めるお手伝いはできないと思います」

「そんな細かいことを気にするな。我が家のやっかいになっているなら、それは我が一族同然だからな!」

 僕の言葉にヨシマサさんは笑いながら、咳き込んでしまうほどの強い力で背中を叩いてくる。

 かなり豪快な人だったけど、裏表がなくて真っ直ぐな彼が僕は結構好きだった。


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 僕が『クライス』になって二週間。

 ベアトリーチェは、『クライス』のふりをする必要がなくなったはずなのに、まだ男の格好をしてた。


 ベアトリーチェの母親は長男のクライスが失踪して、ベアトリーチェをクライスだと思い込むようになった。

 彼女の中からベアトリーチェの存在は消されてしまっていて。

 でももうクライスとして僕が帰ってきたのだから、ベアトリーチェの事を思い出すんじゃないかと、屋敷の全員がそう思っていた。


 けど、そうはならなかった。

 混乱を避けるため、一週間ベアトリーチェは母親から離れて。

 落ち着いてきた頃に対面させたのだけれど、母親の中でベアトリーチェは『ベネ』という名の、このクライス家の次男という扱いになっていた。


 頭の中で今までの矛盾を取り除いた結果、そうなってしまったんだろう。

 けどこれじゃあ、あまりにもベアトリーチェが可哀想だ。

 まるでベアトリーチェが誰にも必要とされてないみたいで、それが自分のことのように悔しくて、苦しくなった。


 ベアトリーチェ本人は男の子としてずっと過ごしてきたから、こっちの方が楽なんて言うけれど、そうじゃなくてちゃんと女の子として幸せを掴むべきだと思う。

 いつもベアトリーチェは短めの黒髪に、黒目をしているけれど。

 本来は金の髪に青い目をしていて、それはそれは可愛い女の子だ。

 なのにそれを隠して生きていくなんてもったいない。

 本人が自らの魅力に気づいてなくて、無頓着ことも。

 ――僕とってはもどかしく映った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 ベアトリーチェは結構なお転婆らしかった。

 連れて行かれた街で、彼女が街の悪ガキ二人組みとして有名な事を知った。

 叱る僕にベアトリーチェは驚いた顔をしていた。

 今まで叱ってくれる人が、この子にはいなかったんだろう。仮の兄でも、僕がちゃんと教えてやらなきゃと思った。


 そんな矢先、僕はばったりミサキと出くわした。

 側にいるベアトリーチェと同じ歳くらいの男の子が荷物を持ってやると、手を差し出して。

 それを微笑ましそうに見つめていた。


 穏やかで慈しむような優しい顔。

 僕の前で見せることのなかった顔を、誰かに対して向けている。

 その事がショックで。

 ベアトリーチェがミサキたちを呼ぼうとした瞬間我に返って、とっさに持っていた被りもので顔を隠した。


「はじめましてお兄さん。いつもベネくんにはうちのヴィルトが遊んで貰ってます」

「よろしくな、ベネの兄さん」

 ベアトリーチェに紹介されて、ミサキが挨拶してきて。

 横にいる、ベアトリーチェの友人だというヴィルトがよっと手を上げる。


 目の前にミサキがいる。

 半年ぶりに会うミサキは、僕と一緒にいたときには見せなかった生き生きとした顔をしていた。

 そのことに、僕の胸が嫌な音を立てて。

 早くその場を立ち去ってしまいたかった。

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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