【番外編1】異世界へのチケット
チサト視点の番外編。あちらの世界に行く前のお話となります。
よければどうぞ!
「ミサキを傷つけて、一度手放したお前になんか、返してやらねぇ。俺が責任持って幸せにしてやるから、安心して指をくわえてろ」
そう言って、ヴィルトと名乗る男は僕の目の前から、愛しい妹を攫って行った。
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僕の妹であるミサキは、本来僕の従兄妹だ。
七歳の時両親が事故で亡くなって、うちに引き取られてきた。
僕の父の兄――つまりは伯父の娘だったりする。
僕の家は剣道道場を開いているのだけれど、本来ミサキの父が継ぐべきものだったらしい。
父とはそれで何か確執があったらしく、父は娘であるミサキに冷たく当たっていた。
そもそもこの家は冷たくて、家には父も母もあまりよりつかなかった。
ミサキは自分が歓迎されてないことを、幼いながらに気づいていたんだろう。わがままも言わずにいい子に振舞っていた。
僕はそんな彼女に優しくした。
幼い頃の自分を見てるみたいで、居たたまれなかったからかもしれない。
ミサキはそんな僕に懐いてくれて、僕はそれが嬉しくて。
彼女が僕をもっと好きになるように振舞って、甘やかした。
その結果、ミサキは僕の事を好いてくれるようになった。
それが嬉しくて、僕もミサキが好きになっていった。
兄妹としてというより、一人の女の子としてミサキが好きで。
彼女の瞳のなかに僕だけが映っていることに、満足感を覚える。
でも、側にいるだけでよかったし、この関係を壊したくはなかった。
高校卒業も近づいたある日の事。
幼馴染が僕に告白してきた。
好きだと言われて驚いた。
彼女をそんな目で見たことは一度もなかったから。
むしろ僕は、押しが強くて纏わり着いてくる彼女を苦手に思っていた。
けど彼女は僕の父の知り合いの娘さんで、父のお気に入りでもあって。
だからしかたなく相手をしていたのだ。
「ごめん。そんな風に見ることはできない」
悩みもせずに、即答したのがいけなかったんだと思う。
彼女は怒ったような顔をしていた。
「チサトは妹のミサキが好きなのよね。でも従兄妹で兄妹よ? そういうのって世間的に見てどうかしら。連れ子同士の再婚ならともかく、彼女は養子だし。それにあの子もチサトのことが好きみたいだけど、それは本当に異性としての好きなの?」
彼女の告白を断ったら、そんな事を言われてしまって、僕は固まった。
ミサキへの気持ちを誰かに知られてるなんて思わなかったし、痛いところを付かれたから。
告白された場所は僕の家の玄関で、この日はバレンタインデーだった。
「私、チサトと付き合うことになったから。よろしくねミサキちゃん」
ミサキが丁度帰ってきて。
彼女に挨拶をしたところで、ずうずうしくもこの幼馴染はそう勝手に宣言して出て行ってしまった。
「……チサト兄、本当なの?」
ミサキはまん丸に目を見開いていて。
違うと言えばよかったのに、一瞬僕は躊躇った。
「チサト兄、私だってチサト兄が好きだよ! だからお願い……彩乃さんとなんて付き合わないで!」
ミサキがそう叫んで。
でもさっきの、幼馴染の告白の後でのその言葉は。
兄としての自分を手放したくないだけにしか、聞こえなくて。
ミサキの僕に向ける気持ちは、きっと『恋』じゃなくて、『依存』で『執着』だ。
僕はその時点で、ミサキがそうなるように自分が仕向けてきたことに気づいた。
「僕もミサキが好きだよ。でもね、ミサキの好きは僕が欲しい好きじゃないんだ」
そう言って僕はミサキを突き放した。
僕とミサキは兄妹で。
ミサキの気持ちは、そういう愛情の延長で、刷り込みみたいなものだ。
両親がいなくなって寂しいミサキに、僕は付け込んだ。
そういう想いがあったから、僕はミサキの気持ちを信じることができなかった。
これはミサキのためにも僕のためにもならない、なんて自分に言い聞かせて。
そうやって僕は逃げた。
大学に入って、一人暮らしをするからなんて言ってミサキと離れた。
家から大学は近いのに……だ。
きっと離れてしまえば、ミサキへの気持ちは消えると思った。
幼馴染となし崩し的に付き合って。
でも、やっぱりやっぱり幼馴染を好きになんてなれなくて。
ミサキに対する気持ちは消えなかった。
幼馴染は僕が好きだというけれど、彼女は僕なんて見ていない。
ミサキは、いつだって僕しかいないという目でこっちを見ていた。
でも彼女は違う。
僕を必要としていなくて、欲しいのは僕に付属している何かだ。
例えミサキのその感情が恋でなくても。
僕が必要としているのはミサキだ。
それに、ミサキだって僕を必要としている。
好きなものは好きなんだと……そう思った。
「僕はやっぱりミサキが好きだ。例え兄妹でも、ミサキの好きがそういう好きじゃなくても。こんな気持ちのまま、彩乃と付き合うことはできない。ゴメン」
そう幼馴染に別れを切り出したら。
散々ごねられて、最後にキスをしてほしいと言われた。
それくらいはしかたないかと思って、唇を重ねた瞬間に。
偶然そこをミサキが通りかかった。
持っていた鞄を落として、その場を走り去ってしまって。
「ミサキ!」
まるでドラマのような間抜けなシーンで、幼馴染があらあら見られちゃったねと楽しそうに笑っていた。
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すぐにミサキを探したけど、見つからなくて。
ミサキはその日の夜も帰ってはこなかった。
友達の家にいないか聞いてまわったけど手がかりもなくて、警察にも行った。
毎日のように探し回った。
ミサキがいなくなったのは、どう考えても僕のせいだった。
苦しくて辛くて、狂ってしまいそうだった。
ミサキが帰ってくるならなんでもしますと、毎日のように神様に祈った。
そのまま、三ヶ月の月日が流れて。
「ただいま。チサト兄」
突然ミサキは帰ってきた。
僕の願いが見せた幻かと思った。
けど、それは本当に本物のミサキで。
「お願いだから、もうどこにもいかないでくれ。僕はミサキが好きだ。ミサキが僕を好きなのが、家族としてでもいいから。側にいて」
僕はそう、ミサキに懇願した。
もう側からいなくならないで欲しかった。
依存でも執着でも何でも構わなくて。
ミサキを出来うる限り甘やかして、好きだと囁いた。
でも帰ってきたミサキはどこか大人びていて、僕の知っているミサキとは違っていた。
僕が好きだというたびに、複雑そうな顔をする。
遠くを見つめるミサキは、何かを懐かしむようで。
目を離した隙に、僕の前から消えてしまいそうで怖かった。
今のミサキの気持ちは、僕にない。
そう気づくのに時間はかからなくて。
それでもミサキがここにいてくれるならそれでよくて、懸命につなぎとめようと僕はあがいた。
そんなある日。
ミサキが金髪の外国人を連れて現れた。
しかも恋人だとミサキは言う。
ミサキの後ろで恋人だと紹介された男は、僕を見て驚いたように目を見開いていた。
「そっか、そういうことか……」
彼は一人納得したように呟いていたけれど、何のことか僕にはわからなくて。
そもそも、この状況が理解できなかった。
ミサキは説明をしてくれた。
僕に振られて後、異世界へ行って彼と出会ったこと。
そこでお世話になって、恋仲になったのだと言った。
到底信じられる話じゃなかった。
「ミサキを傷つけて、一度手放したお前になんか、返してやらねぇ。俺が責任持って幸せにしてやるから、安心して指をくわえてろ」
彼にそういわれて腹が立って、殴りつけた。
そいつは面白そうに笑って、僕の目の前で当て付けのようにミサキに口付けをした。
「チサト兄、今までありがとう。大好きだったよ」
最後にミサキは、僕といる時には見せなかった笑顔を見せて。
そのまま僕の目の前で、二人の姿は薄れて消えた。
感謝を伝えてくるようなミサキの笑顔が、妙に頭に残っていた。
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――ミサキを一度傷つけて、手放したお前になんか、返してやらねぇ。
あの男の言った言葉が、酷くずしんと心に響いていた。
どこの誰とも知らないやつに言われたくはない。
なのに、アイツの側で安心しきったように微笑むミサキを思い出せば。
――それが真実なんだと突きつけられたみたいだった。
ミサキがまたいなくなってしまった。
けど、今度は望んで僕の前からいなくなった。
あの男をミサキは選んだ。
異世界なんて夢みたいな話だけれど、目の前で起こったことだった。
苦しくて苦しくて、どうしようもなくて。
逃げるように剣を振るっていたら、父が話があると言い出した。
「やはり最近のお前は使い物にならん。剣が乱れている。兄の娘なんぞにたぶらかされて、くだらない」
「ミサキの事を悪く言わないで下さい」
僕が言い返せば、父は目を見張った。
いつだって僕は父のいう事には逆らわなかったから。
「お前は跡取りとして問題がある。だから、お前ではなく俊彦を跡取りにしようと思っている」
冷めた気持ちでそれを聞く。
僕はそもそも父の妾の子供で、本妻との間の子じゃなかった。
本妻の子が亡くなり、子供を生めない体になったから、幼い頃に引き取られてこの家に来ていたのだ。
それを父から教えられたのはついこの間の事。
ミサキが失踪して僕がおかしくなってからだ。
父や母が僕に冷たかった理由も、その時にようやくわかった。
何故そんな時になって、父が僕にこの事を教えたのかというと、それはこの俊彦の存在が大きかった。
俊彦は僕とは腹違いの兄弟だ。
つまりは父の、新しい愛人の子供。
僕よりも彼に父は跡を継がせたくて。
僕が駄目になったのを理由に、跡取りをおろしたいようだった。
今まで跡継ぎになるために僕は頑張ってきた。
そうじゃないとお前のいる意味がないと、両親が口癖のように言ったからだ。
それだけが僕のここにいる意味だった。
だから、必死に頑張って。
実力だって身につけて、大会でも賞を取ったりしていた。
家の長子にのみ代々受け継がれる二刀流も、残すところ奥義を後一つ残すのみだった。
けど父はそれをなかなか教えようとはしなくて。
門下生の誰もが僕が跡を継ぐと思っている中、そこから引きずり下ろすにはそれ相応の理由が必要で、今がその絶好の機会だと思っているようだった。
――そうか、父さんも僕がいらなくなったのか。
そんな事を思った。
僕を必要としてくれたミサキも、もういなくて。
この家に僕が引き取られた意味すらもなくなった。
必要とされたい。
なのに、誰も僕を必要としてくれない。
居場所がなくて、酷く空っぽな気持ちで夜中から家を出て。
幼い頃ミサキがプレゼントしてくれたタオルをお守りのように握り締めながら、公園のブランコに座って、空を見上げていた。
いつの間にか目の前に変な帽子の男が立っていて。
「君が望む世界へ連れて行こう」
時計を彼は僕に差し出した。
「僕が望む世界……?」
ミサキから彼のことは聞いていた。
彼から時計を貰って、ミサキは異世界へ行ったのだと言っていた。
でも、本当に存在しているなんて思ってなかった。
「君を必要としている人がそこにいる」
「そこにミサキがいるの?」
彼と会話がなりたつのかと思いながら、質問をすればちょっとの間があった。
「――彼女もそこにいる」
こくりと彼は頷く。
僕を必要としてるのは、ミサキじゃないと遠まわしに言われたような気がした。
でも。
「ミサキのいない世界になんて、意味がない。あいつから奪い返したい」
「――そうか。なら受け取れ」
そうやって僕は時計を受けとって。
この現実世界に別れを告げた。




