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【32】私の幸せ

「つまらない。実につまらないな」

 姫様と午後のお茶会をしていたら、ルークがその席に加わってきた。


「ちょっとルーク。折角姫様とお茶してるのに、暗い空気ふりまかないでよ」

「少しくらい大目に見ろ。こっちは今傷心なんだ」

 ルークときたら、今日の朝からいじいじしている。

 朝にチサトと一緒に挨拶してから、ずっとこんな調子だ。


「傷心って、ルーク振られたの?」

「傷口にナイフを刺されたような気分だ。あぁ、やってられない。折角一緒にいる場を作ったのに、あいつのために用意したようなものじゃないか。しかし、だからと言ってあれ以上どうアタックすればよかったんだ……」

 質問をした私をちらりと見てから、ルークは盛大な溜息をつく。


 ルークがこんなにも思い悩んでいる様子を初めて見た。

 いつも自信満々で、不遜な態度なのに。

 落ち込んでるなら慰めてあげようと、かける言葉を捜していたら、姫様が私の手をとってきた。


「お兄様なんて気にしなくていいですわ。それよりもその指輪、素敵ですわね!」

「……ありがとう。チサトから貰ったんだ」

 姫様に言われて、恥ずかしくも嬉しい気持ちになった。



 あれから、新しい家に着いたところで、遅い夕食をチサトが作ってくれた。

 前日に買出しはしてあったらしく、チサトの手際はかなりよかった。

 ルカナンの家では、料理なんて料理人のつくるものだったから、チサトが料理を作っている姿がとても新鮮だった。


 チサトは昔からよく、料理を作っていたらしい。

 その腕前は確かでおかわりまでしてしまった。


 お風呂に入って後、チサトと一緒にベットに入って。

 子供の時のように寄り添った。

「ねぇ、ベアトリーチェ。僕のお嫁さんになってくれる?」

 改めてそんなことを言われて、薬指にチサトがそれをはめてくれて。


 嬉しくてそのままチサトの胸で泣いて。

 泣きつかれて、そのまま眠ってしまった。


 朝起きたら知らない場所に戸惑ったけれど、指輪の感触に気づいて。

 そっか、チサトと婚約したんだって思ったら、嬉しくて思わずにやけてしまった。

 先に起きていたチサトが、朝ごはんを作ってくれていたのでそれを一緒に食べて。

 手を繋いで、王城まで出勤した。

 ルークにばったり出くわしたので、そこで婚約したことをチサトが報告したのだ。


「結婚はいつですの?」

 そんなことを思い返していたら、姫様が興味津々という目をして尋ねてくる。

「まだ先だよ。恋人になったのも、ついこの間だし」

「ラブラブな生活を楽しみたいってことですのね! わかりますわっ!」

 答えた私を、姫様は質問攻めにしてくる。

 姫様はこういう恋のお話が大好きなようで、その高いテンションについ圧倒されてしまう。


「はぁ……」

 隣ではまだルークが溜息をついて、机につっぷしていた。

「大丈夫だって。ルークいい男だから、きっといい子が見つかるよ!」

「……妹よ、慰めてくれ」

 私がせっかく慰めたのに、ルークはお気に召さなかったらしい。

 トドメを刺されたかのように項垂れる。


「兄様恥ずかしいからって、何もかも冗談っぽく誤魔化すからこういうことになるんですよ。折角兄様の頑張り次第では、こんなに格好いいベネが私のものになるかもしれなかったのに」

 責めるような姫様の口調に、ルークはさらに沈み込んでしまった。


「ん? 何でそこで私が出てくるの?」

 姫様に首を傾げて尋ねたけれど、苦笑いするだけで何も答えてくれなかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 チサトと婚約して、しばらくが経って。

 今日も仕事帰りに食材を買って、チサトと家に帰る。

 おかえりとただいまを言い合って、それから一緒に夕食をつくって、のんびりと過ごす。


 兄妹だった時よりもチサトの距離が近くて、それでいて見つめてくる瞳が甘いから、やっぱりまだドキドキする。

 けど側にいると落ち着いて、この時間が好きだと思った。


 一緒のベットで眠るのは小さな時以来で、なかなか慣れそうにない。

 先に寝てしまうのはチサトの方なので、私だけがドキドキしてるみたいでちょっと悔しい。


 ぎゅっと目を閉じていたら、少し眠くなってきて。

 ふいにチサトが動いた気配がした。


 少しかさついた男の人の手が、私の頬をそっと優しく撫でる。

 唇を指でなぞられた後、柔らかで湿った温かい感触がした。

「僕の気も知らないで、すやすや寝ちゃって。本当無防備なんだから……」

 溜息交じりで困ったようなチサトの声が、聞こえた気がして。


 薄く目蓋を開ければ、チサトが私を覗き込んでいた。

「ごめん、起こした? まだ寝てていいよ」

「うん……チサト大好き」

 すぐそこにチサトがいることに、幸せな気分になって、まどろんだ頭のまま微笑む。


「……僕も好きだよ」

 優しくチサトが頭を撫でてくれたから、もっと夢心地になって目を細める。

 チサトの手の感触はとても好きだ。


「チサトは、いつから私を好きになってくれたの?」

 なんとなくこれは夢かなと思って、聞きたかったけど、聞けなかったことを口にしてみる。

 そしたらチサトはちょっと考え込んだ。


「僕にとって特別な存在だって気づいたのは、人攫いにベアトリーチェが会った時かな。危険を冒して僕を捜しにきてくれたベアトリーチェを見て、どんなことをしたって手放せないって思ったんだ」

 チサトは私の横に眠りなおして、顔だけ向けて。

 ほら眠ってというように、胸の上を柔らかに叩いてくる。


「その頃にはミサキへの気持ちが恋じゃないって気づいてて。すでにベアトリーチェといることが目的みたいになってたんだ」

 ちょっとおかしそうにチサトが笑う。

 たしかあの事件は、出会って一年くらいの時だったはずだ。


「今まで誰かに合わせて、好かれるように生きてきたから、ベアトリーチェと一緒にいるとそのままの僕でいいのが楽で。側にいられるだけで満足してた」

 でも、とチサトが言葉を切る。


「騎士学校に入るとき、ベアトリーチェはヴィルトが好きだって言ったでしょ? あれで凄く嫌な気持ちになったんだ。最初はミサキだけじゃなくて、この世界の妹であるベアトリーチェまで取られそうだから、こんな気持ちになったんだって思ってた」

 チサトは、斜め下方向へ視線をそらして、少し眉を寄せていて。

 その時のことを思い出しているのか、苦い顔をしていた。


「ヴィルトのためにベアトリーチェが着飾るのが面白くなくて。でも、ヴィルト以外がベアトリーチェに近づいても、同じように苛立ったんだ。僕以外にベアトリーチェが笑いかけるのが嫌で、苦しくて。ようやくそこで、そういう意味で好きなんだって気づいた」

 その告白に、ふわふわとした心地になる。

 そんな前から好きでいてくれたなんて知らなかった。


「けど僕は不安定な存在で、ヴィルトがミサキを元の世界の僕から奪ってくれないと、消えてしまうかもしれなかった。だからこの気持ちは存在がしっかりするまで、しばらく黙っておこうって決めたんだ」

 ここからがとても辛かったと、チサトは口にする。


「折角自覚したのに、ベアトリーチェはヴィルトが好きだって言ってくる。しかも協力してなんてお願いしてくるし。こっちの気も知らないで、酷いって思った」

 今ではちゃんと理由はわかってるけどねと付け加えて、チサトが柔らかく微笑む。


「愛してるよベアトリーチェ。こんな僕を受け入れて、こんな僕のために一生懸命になってくれて。それがどんなに特別で嬉しかったか、たぶん全部は分かってもらえないとおもうけど。ベアトリーチェが僕を幸せにしてくれたように、僕が君を幸せにしたいんだ」

 そう口にして、チサトが私に優しいキスをしてくる。


 ……チサトが落ちてきた日から、私はずっと幸せなのに。

 それをわかってないチサトが、ちょっと可愛いと思った。


 チサトが叱って甘やかしてくれて。

 大切にしてくれたから、今の私がある。

 チサトがいなければ、私はきっと拗ねた子供になっていた。

 今までの日々を思い返して、そう思う。

 

 出会えただけでよかったと思えるのに、今は恋人として側にいてくれてる。

 それを思うと、胸の奥がくすぐったくなって。


「……幸せなら、もう十分に貰ってるよ。チサトが落ちてきた日から、ずっと幸せ」

 この感謝の気持ちをどうやったら伝えられるんだろうと思う。

 これでも十分じゃないけれど精一杯の気持ちを込めて微笑めば、チサトが泣きそうな顔になった。


「本当、ベアトリーチェはどうしてそう、僕を喜ばせるの。ずるいなぁ……」

 ぎゅっとチサトが私を抱きしめてくる。

「私もね、チサトを愛してるよ」

 チサトから伝わってくる気持ち以上を返したくて、そう口にして、その腕の温かさに身をゆだねる。


 きっとこれから先も、チサトがいるならそれだけで幸せ。

 そんなことを思いながら、チサトの腕の中で優しい眠りに落ちた。

これでエンドとなります。読んでいただきありがとうございました。

一旦完結にしますが、チサトの感情の揺れ動きがわかり辛いため、そのうちチサト視点を出すかもしれません。

それと、「育てた騎士に求婚されています」の方に完結記念の番外編を上げました。

向こうの世界へ行くヴィルトにチサトが何を言ったのか分かる内容となってます。

よければどうぞ!

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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