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【30】ルークと兄様

 ヴィルトの結婚式からルカナン領に戻って。

 チサトは父様と話があるから、同席して欲しいと私を呼び出した。

 父様と向かい合うように座った私の隣に、チサトが腰を下ろす。


「話とは何かな、クライス」

「……実はですね。僕、もうトキビトでなくなってしまったようなんです」

 話しかけてきた父様に、チサトはそう切り出した。


「それは時計が壊れたということか」

「はい、そうなります」

 父様の言葉に、チサトが頷く。


 トキビトは不思議なお兄さんから、時計を貰ってこの世界に来ている。

 それによって元の世界の時間を止めて、この世界で老いることなく永遠を生きられるのだ。


 けど、その時計が壊れて消えてしまうと。

 異世界からの客人はトキビトでなくなり、普通の人と同じように歳を取っていくようになる。

 それを私は母様から聞いた、曾おじい様の話で知っていた。


 時計は、トキビトの心と連動していている。

 トキビトだった曾おじい様は、曾おばあ様と恋に落ち。

 元の世界より曾おばあ様のいるこの場所を選んだ。

 互いに想いを伝え合った事により、時計は消え。

 それから曾おじい様は、寿命の尽きるその日まで、曾おばあさまと仲睦まじく暮らしたのだと聞いている。


 何か元の世界で嫌な事があったり、叶わない願いを持ってトキビトはこの世界にやってくる。

 彼らは元の世界に未練があって、捨てきれなくて。でも、戻るのも辛いから時を止めてここに滞在しつづける。


 でも、そんな彼らが一緒に生きる人を心に決めて、元の世界よりこの世界を選べば。

 時計は壊れて、この世界の時間を歩んでいけるようになる。

 元の世界へ戻ることもできなくなり、この世界の人間となるのだ。


 つまり……時計が壊れたというチサトのその告白は。

 元の世界よりも、私を選んでくれた証拠で。


 ――チサトはもう、元の世界に帰らない。

 ずっとここにいてくれるんだ。

 そう思うと嬉しくて、嬉しくて。


 チサトはいつか目の前からいなくなってしまう。

 幼い頃から、怯えていたその恐怖から解放されて、いつの間にか涙が目から零れていた。


「ベアトリーチェは泣き虫だね」

 くすっと笑いながら、チサトが指で私の涙を拭ってくれる。

「……もう、元の世界に帰ったりしないんだよね」 

「そうだよ。ずっとベアトリーチェの側にいる」

 ぎゅっと服を掴んでそういえば、チサトがあやすように目元にキスをしてくれた。


「ミサキではなく、ベアトリーチェが君の時計を壊した。そう思っていいのかな、我が息子よ?」

 父様は驚いた様子もなく、そう口にする。

 むしろ、まるでこの結末を望んでいたかのようににっこりと、いつもの食えない笑みを浮かべていた。


「はい父さん。僕は一度カザミチサトに戻って、ベアトリーチェを妻に迎える気でいます」

「わかった。なら事は以前からの計画通り進めよう。クライスだと思われていた君は、実は記憶喪失のトキビトだった。その事を公表して、相応の身分の元へ養子に出そう。その後、婿としてルカナン家に戻っておいで」

 チサトの眼差しを受け止めて、父様はあっさりそう告げた。

 この事も予定のうちだった。

 そんな口ぶりに戸惑う。


「養子に行く先なら、ヤイチ様にすでに話をつけています」

「……ヤイチ様? まさか、あのヤイチ様がか!?」

 チサトの言葉に、さすがの父様が取り乱す。


「実はヤイチ様は、僕の血縁みたいなんです。同じカザミ姓でもありますし、なにより僕と剣の流派が同じなので間違いはありません。その縁で、快く引き受けてくれました」

 父様は目を丸くしていたけれど、ヤイチ様なら願ってもないと思ったようで、上機嫌になる。


「よし今日は祝杯をあげよう、チサト。いいワインを用意する」

「ありがとうございます父さん」

 父様が立ち上がり握手を求め、チサトもいい笑顔でそれに応じた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 父様はそれでいいの!? どうして驚かないの?」

 目の前の展開に戸惑う。

 もっと何か言われると思ったのに、受け入れすぎではないだろうか。

 思わず立ち上がって叫べば、何を今更というような顔を父様にされてしまった。


 ……私はこの間チサトと想いが通じ合ったばかりだ。

 なのに、サクサクと進む事態に戸惑いを隠せない。


「何も問題はないだろう、ベアトリーチェ。リリアナも言わないだけで、もう正気に戻っている。チサトが自分の息子でないことくらいすでに気づいているが、手放したくなくて狂ったふりをしてるだけだ。婿としてチサトがルカナン家のものになると知れば、リリアナも元に戻るきっかけを得られる」

 父様の中心は相変わらず母様で、そんな事をすらすらと口にする。


「そもそもだ。歳を取らないチサトがクライスを続けるのも、もう限界だった。だからと言って、契約通りチサトがルカナン家を去れば、リリアナはまた狂うだろう? ベアトリーチェを選んで、チサトがルカナン家の長男として生きる未来を、私は最初から望んでいたんだよ」

 にっこりと私に笑いかける父様の笑顔は黒い。

 計画通り事が進んで、嬉しくてしかたないという顔だ。


「チサトには押し倒してもいいと許可も出していたんだけどね。奥手で困ったものだよ」

「……あのころベアトリーチェは学生でしたし、僕の存在も確定してませんでした。そんな無責任な事できるわけがないでしょう」

 やれやれと言った様子の父様に、チサトが眉を寄せてそう口にする。

 私が知らなかっただけで、二人の間では色々な話し合いが以前からあったようだった。

 ぽかんとする私の前に、チサトが手を差し出す。


「そういうわけだから、ベアトリーチェ。これからは兄妹じゃなくて、恋人として僕の側にいてくれる?」

 チサトが口にした恋人という響きに、胸の奥がくすぐったくなる。


「……はい、兄様!」

「兄様じゃなくてチサトでしょ。まぁ、今から直していけばいいかな」

 嬉しくなって抱きつけば、チサトがぎゅっと抱きしめ返してくれて。

 幸せだなって、思った。

 


●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 朝起きて、騎士の衣装に身をつつむ。

 金色の髪をチサトから貰ったリボンで、首の後ろでひとくくりすれば完成だ。


 チサトはあれからヤイチ様の養子になって、チサトとして過ごしている。

 私はというと、ルークに推薦されて、ルークの妹にあたる王女様の専属・護衛騎士になった。

 今日はその初出勤の日だ。


 ヤイチ様の家に着けば、チサトが待っていた。

「じゃあ、行こうか」

 チサトが手を差し出してきて、そこに私も自然と手を重ねる。

 二人して手を繋いで出勤。

 王の騎士になったチサトとは、職場が一緒だった。


 ルークの部屋にくるよう言われていたので、真っ直ぐそちらへ向かう。

 チサトはまだ出勤時間までに余裕があるからと、私に着いてきた。

 初仕事だからか、心配でしかたないらしい。

 

「よくきたなベネ!」

 部屋のドアを開けるなり、ルークが抱きついてきて頬にキスをしてきた。

「久しぶりルーク」

 ルークの頬にキスを返しながら挨拶をする。

 留学先だったヴェルテの国の挨拶。私とルークの間で、それはすっかり身についてしまっていた。


 ガタンと音がして振り返る。

 チサトがよろめいて、ドアにぶつかっていた。

「な、なんでルークがここに? それに今のキスはどういうこと?」


 チサトの顔が思いっきり混乱していて、私ははっとする。

 ……そっか、ルークがこの国の第三王子だって、チサトにまだ言ってなかった!

 当たり前のように受け入れすぎていて、すっかり忘れていた。


 そもそも私は、第三王子の護衛として留学する事をチサトには言ったけれど、その第三王子がルークだと教えてはいなかった。

 ルークが第三王子であることをあまり公にしたくないようだったし、何よりチサトが知ったら、面倒な事になると思ったのだ。


 私とルークは剣舞のペアで仲がいいけれど、チサトとルークはクラスメイト程度の仲。

 それでいてチサトは、何かと私にベタつくルークをあまりよく思っていないようだった。


「兄様改めて紹介するね。エヴァンス・ルーク・メル・ウェザリオ。ルークはこの国の第三王子なんだ」

「……名前は知ってる。会った事はまだなかったけど、まさかルークだったのか?」

 取り乱すチサトの前に、ルークが進み出た。


「久しいなクライス。騎士学校の卒業以来か。さっきのは親しい者の間で交わされる、留学先の国での挨拶だ。ベアトリーチェとは一年以上一緒に留学していたから、ついいつもの癖が出てしまった」

 ふふんと鼻を鳴らして、ルークが高圧的にチサトを見た。


「へぇ……第三王子と留学してたのは知ってたけど、ルークだったなんてね?」

 チサトの声から抑揚が消える。

 部屋の温度が下がったかのように私には感じられた。


「内緒にしていたのは悪かった。ベアトリーチェの代わりに俺が謝るから、怒らないでやってくれ」

「何でベアトリーチェの代わりに、ルークが謝る必要があるのかな?」

 すまなさそうにルークが言えば、チサトがピクリと眉を吊り上げる。


「俺がベアトリーチェの秘密を知る、学生時代からの特別な間柄だからだ」

 普通に友達って言ってくれればいいのに、いちいちルークが回りくどい言い方をする。

 まるでチサトの怒りを煽るかのようで、目線でやめてと訴えたけれど、チサトに視線を送るルークは気づいてくれない。


「……それはどういう意味に取っていいのかな?」

「騎士学校時代から、ベアトリーチェは俺だけに女であることを明かして頼ってくれていたという事だ。頼めば留学先まで一緒に来てくれた」

 無表情になるチサトの前で、ルークは私の肩を抱く。

 これでルークに女だとばれていたことを隠していたのがばれた。チサトと目線を合わせづらくて、そっと目を逸らす。


「さぁ妹の部屋に案内しよう、ベアトリーチェ。妹もきっとお前を気に入る」

「ちょ、ちょっとルークってば。じゃあね、兄様! お仕事頑張って!」

 ルークが歩き出して、それにつれられるように部屋を後にする。


 廊下に出たところでちらりと振り返れば、チサトが凍てつくような目でこっちを睨んでいて。

 ……家に帰ったら、やっかいなことになるなぁとそんな事を思った。

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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