【29】幼馴染の結婚に祝福を
「ベアトリーチェ、意識してくれるのは嬉しいんだけど、目を合わせてくれないのは寂しいな」
想いが通じ合ってから、ますますチサトは甘い。
キザな台詞を平気で吐いてくる。
しかもおそらくは本人意識してない。
今までヘタレ要素に隠されていて気づけずにいたのだけれど、どうやらチサトは天然のたらしだったらしい。
距離が近いだけでドキドキして、落ち着かない心地になって。
けどその感じが嫌じゃない。
ゆっくりと顔をあげれば、優しい瞳と目が合って。
その中に私が映っていることに、むず痒い気持ちになる。
「ほら、今日はヤイチの屋敷まで一緒に行ってくれるんだろう?」
チサトが手を差し出してきたので、そこに恐る恐る手を重ねれば、指を交差させるように握られる。
「ベアトリーチェの手、昔より大きくなったね。けどちゃんと女の子の手だ」
ふふっとチサトは笑って平気そうにしてるけど、こんなに動揺してるのは自分だけなのかな。
そんな事が気にかかる。
「あ、あのね兄様。こういうの外ではよくないと思うんだ。一応兄妹ってことになってるし、変に思われちゃう」
「平気だよ。昔からずっと手を繋いで歩いてたから、誰も今更変に思わない」
恥ずかしくて口にしたのに、手を繋がないという選択肢は、チサトによって却下されてしまった。
確かに領土内をいつも手を繋いで歩いていたので、今更かもしれない。
けど、それはこんな風に恋人繋ぎではなかったし、私がチサトを引っ張っていく形で。
こんな風に並んで歩いていたわけじゃなかった。
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「チサト、ベアトリーチェよくきましたね。それで私にお願い事とは何でしょうか?」
部屋に通してヤイチ様がお茶を振舞ってくれる。
チサトがわざわざ自分から尋ねてきて、しかも自分にお願い事をしてくれるのが嬉しいのか、ヤイチ様は機嫌がよかった。
「あなたにはお話した通り、僕はトキビトで、ミサキは僕の妹です。ミサキにはこの世界で幸せになってもらいたい。ミサキは自分がヴィルトと身分が違うことを、未だに悩んでいます。できればミサキの養父として後ろ盾になってもらえないでしょうか」
お願いしますと、チサトはヤイチ様に頭を下げた。
「この通りです。同じカザミの血を引くあなたにしか頼めません」
ミサキが不安なく、この世界にこれからもいられるように。
チサトは力を尽くしてあげたいようだった。
先祖である可能性が高いヤイチ様なら、お願いができると思ったんだろう。
「かまいませんよ」
「えっ……いいんですか?」
あっさりと言ったヤイチ様に、チサトは拍子抜けしたようだった。
「実をいいますと、もうすでにミサキの養父として名乗りをあげているんです。ミサキがそれで悩んでいることは気づいていましたし、あなたと同じで彼女も私の兄妹に面影がとてもよく似ていますからね。他人で済ませることができないくらいに」
優しくヤイチ様はチサトを見て笑う。
「ミサキの幸せは自分のことのように嬉しいですし、私はできることなら弟と瓜二つなあなたにも、幸せになってもらいたいのですよチサト。ミサキへの気持ちは吹っ切れたようですし、これからはベアトリーチェと歩いていくつもりでいるのでしょう?」
そのヤイチ様の言葉に、目を見開く。
チサトは私とのことをすでにヤイチ様に言っていたのかと驚けば、隣にいるチサトも虚を付かれたような顔をしていた。
「あなたがベアトリーチェを特別に思っていることくらい、鈍い私にでもわかりましたよ。クライスのままじゃ結婚できないでしょう? あなたも一緒に私の家族になりなさい、チサト」
くすっと少し呆れたように、後半は少し命令するかのような口調で、ヤイチ様はそう告げる。
けれどチサトに注がれているその眼差しは、とても優しかった。
「……いいんですか?」
「えぇ、何も心配要りません。面倒な手続きは全部私がしますから」
おずおずとそう口にしたチサトに、ふっとヤイチ様は笑う。
「でも僕はあなたに酷い態度ばかり取っていましたし、ずうずうしいお願いまでしてしまって」
「構いませんよ。家族にならいくら迷惑をかけられても、嬉しいものですから。遠慮なんてしないでください」
ヤイチ様は力強く請け負う。
「なら……お願いしてもいいでしょうか」
「えぇもちろんです。この世界でまた家族ができるなんて、こんな喜ばしいことはありません」
チサトはヤイチ様に悪いなと思っているみたいだったけれど。
私はヤイチ様の幸せそうな様子を見て。
そうなることを、最初から望んでいたかのように見えた。
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湖に、一面花が広がるラグナの日。
ヴィルトとミサキの結婚式が行われた。
養父となったヤイチ様に連れられてやってきたミサキは、真っ白なウェディングドレス。
ヘレンの作品であるそれは、今日の主役であるミサキを美しく飾り立てていた。
感極まって泣いてしまったミサキの涙を、ヴィルトがすくって、それから二人はキスを交わす。
二人とも幸せそうで、心から祝福する気持ちで拍手を贈った。
結婚式が終わり、ヴィルトとミサキが花道を歩いてきて、みんなと会話を交わしていた。
それを二人して少し離れた場所から見守る。
「兄様、今日は被り物してないけど、よかったの?」
「いいんだよ。ミサキはいっぱいいっぱいで、僕のことまで目に入ってないから。それに被り物なんてしていたら、ミサキの晴れの日を目に焼き付けられない」
横を見れば、チサトが真っ直ぐにミサキとヴィルトを見ていた。
見守るその顔には、微笑みがある。
二人の事を、チサトも祝福しているようだった。
「兄様ってさ、やっぱりシスコンだね」
「……ベネまでヴィルトみたいなことを言うんだね」
私の言葉に、チサトが少し拗ねたような顔をしたので、つい笑ってしまう。
今日はヴィルトの友人・ベネとして呼ばれていたので、男の子の格好をしている私の背を、チサトがトンと押した。
「ほらベネ。僕の分までおめでとうを言ってきて」
「兄様は行かなくていいの?」
尋ねればチサトは、困ったような顔をして笑った。
その表情で、まだミサキと会うことを躊躇っているんだなとわかる。
なら一人で行くしかないか。
そう思って二人の方を見れば、ヴィルトがミサキの手を引いて、こっちに走ってきていた。
「ベネ!」
声をかけられてヴィルトの意図するところを察知する。
「あの馬鹿!」
ヴィルトに悪態をついて、チサトが逃げ出そうとしていた。
とっさにチサトの腰に抱きつく。
「ベネ、離してくれ! まだ心の準備ってものが!」
「それいつまで言い続けるつもりなの! もう十年も言ってるんだから、そろそろ腹くくってよ兄様!」
チサトときたら、この後に及んでも往生際が悪い。
本当は妹であるミサキに、自分でおめでとうを言いたいくせに。
それが私にわからないとでも思っているんだろうか。
「よくやったベネ!」
「何、いきなりどうしたのヴィルト!」
ヴィルトが戸惑った様子のミサキを連れて、側までやってくる。
それからヴィルトは逃がさないというように、いい笑顔でチサトの肩をがしっと掴んだ。
「紹介する。俺の親友のクライスで、俺の義兄だ」
「この人がクライスさんなの? というか、ヴィルト。お兄さんはミシェル様でしょう?」
ヴィルトの言葉に、ミサキが戸惑った声をあげる。
わけがわからないと言った様子だ。
「……結婚おめでとうございます」
ヴィルトに紹介されたチサトは顔を手で覆い隠して、ようやくそう口にした。
私に視線を寄越し、ヴィルトがくいっと顎をあげる。
それだけで何をしろと言われているのかはわかった。
伊達に長い間幼馴染はやっていない。
「ごめんね、兄様」
チサトの手を片方とって、後ろの方へねじる。
「痛い、痛いよベアトリーチェ!」
思わずチサトが顔を覆っていたもう一方の手も外して叫んだ。
今はベネだよ兄様と心の中で突っ込みながらミサキを見れば、驚いたように口を両手で覆っていた。
「チサト兄……?」
「はじめまして……クライス・ファン・ルカナンです」
「もう、往生際悪いよ兄様!」
呟いたミサキに、まだシラを切ろうとするチサトの手を、ちょっと強めにひねる。
「わかった。わかったからベアトリーチェ! ちゃんとする!」
涙目になりながらチサトがそう言って、佇まいを直し咳払いをする。
「チサト兄、チサト兄……なの?」
「そうだよミサキ。ずっと側でミサキを見守ってた。ごめんね中々言い出せなくて。色々複雑な事情があってさ。でもまぁ、それは置いといて今日ここにきた理由は一つだから」
あまりのことに、状況が読み込めてないミサキの頭を、チサトはヴェール越しに優しくポンと撫でた。
「おめでとうミサキ。ちゃんと幸せになるんだよ」
「チサト兄!」
目を潤ませミサキがチサトに抱きつく。
よしよしとチサトが号泣しだしたミサキの背を撫でた。
「いいのヴィルト、ミサキがチサトに抱きついちゃってるけど」
「……そこまで心狭くねぇよ。チサトとあぁいう風に別れたのを、ミサキは気にしてるみたいだったからな。それにクライスだって……妹の結婚くらい祝いたいだろ」
私の言葉にそう答えたヴィルトだけれど。
その顔は、あまり面白くなさそうで。
思わずぷっと噴出す。
「ヴィルト、大人になったね」
「なんだよそれ。褒めてるのか?」
私の言葉に、ヴィルトが微妙な顔になる。
「もちろん。改めて、結婚おめでとうヴィルト。幸せにね!」
「ありがと。お前も幸せにな、ベアトリーチェ。結婚式にはミサキと一緒に出席してやるよ」
笑った私に、ヴィルトはからかうような笑みを返してくれた。
4/7 ヤイチさんの台詞に矛盾があったので修正しました。すいません。




