【28】兄様への告白
「ヴィルト、おめでとう」
「ありがとなベネ」
少し話があるからと、ヴィルトを空いている部屋に呼び出す。
祝福の言葉を贈ればヴィルトはいい笑顔を見せてくれた。
「ヴィルトならきっとやっちゃうような気がしてた。僕、ヴィルトと友達でよかったよ」
「なんだよそれ、変なやつだな」
心からそう思う。感謝をこめて呟けば、ヴィルトが怪訝な顔になる。
「僕ね、ヴィルトにずっと隠してたことがあるんだ」
息を吸って呼吸を整える。
これから私は、ヴィルトに嫌われる。
自分が決めてしたことなのに、辛くてしかたなかった。
部屋にはチサトも一緒にいる。
ヴィルトに正体を明かすつもりだといえば、チサトが着いてきてくれたのだ。
ブレスレットを外す。
黒の髪と瞳が色を変えていく。
髪を結んでいたリボンを解いて、ヴィルトを真っ直ぐに見つめた。
「実は僕、ベアトリーチェだったんだ」
私の告白にヴィルトはパチパチと目を瞬かせていたけれど、はっとしたような顔になった。
「お前もミシェルと同じで女装趣味が……!」
「違う」
ヴィルトが変な方向に捉えだしたので、そこは即座に否定しておく。
「そうじゃなくて、僕は元々女でベアトリーチェって名前なんだ。わけあって、ずっとベネとして男装で過ごしてた」
「何言ってるんだ? こんなに男らしいベネが、女なわけないだろ! ミシェルが女だっていう冗談の方がまだ真実味がある」
私の告白に、面白い冗談だというようにヴィルトは笑う。
ずっと男装して過ごしてきたけれど。
この様子だとヴィルトは、一切私の性別に疑問を持ったことがないようだった。
……それはそれで、ちょっと複雑な気分になる。
結構女顔だと思うんだけどなぁ。
小さい頃から一緒にいるからか、それとも長年男装しすぎて、男らしさ的な何かがにじみ出てしまってたりするんだろうか。
おそらくはどっちもな気がした。
「本当なんだ。僕はベアトリーチェの姿でヴィルトに近づいて、ミサキとの仲を引き裂くつもりでいた。友達なのに、ヴィルトを裏切ってたんだ。謝ったって許してもらえないと思うけど……ごめん」
「顔あげろよベネ。いきなりそんなこと言われてもわけがわからねぇ。女だって、本気でそういってるのか?」
ヴィルトは私が女かどうかのほうが気になって、謝罪の方は全く問題にもしてないようだった。
「やっぱり急に言われても信じられないよね。そうださらしを外せば、胸が」
「はいそこまで」
この場で服の中に手を入れてさらしを外そうとすれば、ずっと黙っていたチサトが私の手をとってきた。
「ベアトリーチェは女の子なんだ、ヴィルト。クライスが失踪して、母親にその身代わりを押し付けられ、男として育ってきた。僕がこの世界にやってきてからは、クライス家の次男ベネとして過ごしていたんだ」
さらさらとチサトが説明して、被り物を取る。
「話を聞いても信じられねぇが、ベネはベネだしまぁいいや。それよりもクライス、つーかチサト。いい加減、これは一体どういう事だったのか説明してもらおうか」
あっさりと私の性別や謝罪を流し、ヴィルトはチサトにそんな事を言った。
「どうしてお前がクライスとして、ここにいるんだチサト兄さん? しかもあの伝言、自虐趣味でもあるのかよ」
含みを混めながら、ヴィルトはチサトに笑いかける。
ヴィルトがどうしてチサトの事を知ってるんだと驚いたけれど、ミサキの世界に行ってあちらのチサトに出会ったのだとすぐ気づいた。
「ミサキが行方不明になって戻ってきて、それを僕は目の前でお前に攫われた。その後この世界に来て、十歳のお前に出会ったんだ。それからずっと側でお前がミサキにふさわしい男になれるか見てた」
「お前が俺にやたら突っかかってきたのは、それが原因か」
ようやくわかったというように、ヴィルトがチサトの言葉に溜息を付く。
「それはわかったけどさ、なんで俺とミサキを引き離さないでずっと様子を見てたんだ? それこそ十年も。ミサキが好きだから追いかけてお前もここに来たんだろ?」
理解できないというように、ヴィルトが首をかしげる。
「……僕のミサキへの好きが恋愛の好きじゃなく、依存や執着だって気づいたから、ミサキの様子を見ることにしたんだ」
「依存とか執着とか、ミサキと似たようなこと言い出すなお前。って、そもそもお前がミサキにそんな事を吹き込んだのか」
チサトの言葉に、ヴィルトが嫌そうな顔をする。
ヴィルトの好きは依存や執着であって恋愛の好きじゃない。
そんな事をミサキはずっと言っていたので、ヴィルトは過剰反応してしまうようだった。
「それにヴィルトが僕の目の前からミサキを奪って、あの言葉をくれないと、今の僕はここにいない。だから、その日が来るまでずっと側で待ってたんだ」
「ミサキを傷つけて、一度手放したお前になんか、返してやらねぇ。俺が責任持って幸せにしてやるから、安心して指をくわえてろ……だっけか。あの言葉は、そもそも俺がお前に言った言葉ってことか」
チサトの言葉にヴィルトはなるほどなと呟く。
「お前から僕が言われた言葉でもあるし、僕が僕自身に言った言葉でもあるかな。傷つけて一度手放した僕に、ミサキを幸せにする資格はないと思うから。口にしたからには、妹を責任持って幸せにしろよ、ヴィルト。お前なら……ミサキを幸せにできるはずだ」
それはチサトがヴィルトを認めていると、言葉にした瞬間で。
ヴィルトは驚いたように目を見開く。
「……あぁもちろんだ、お兄様」
冗談めかした口調で、それでいてしっかりとヴィルトは請け負って笑う。
その様子にチサトは安心したように、肩の力を抜いた。
「一応言っておくが、僕はただ指をくわえてお前を見てたわけじゃないからな」
「そんなのは知ってる。騎士学校入りたての俺に容赦なかったし、ラザフォード領にいる時も色々やってくれた上、この前の喧嘩の時は手加減なしだったもんな」
勘違いはするなよというようなチサトに、ヴィルトが大人げなくないかと呟く。
「そもそも子供の俺は、お前に何もしてないだろうが。ちょっと納得がいかない」
「未来のお前が僕に何かしたんだ。最初にやったのはそっちだろ」
眉を寄せたヴィルトに、チサトが言い返す。
「向こうでチサトって奴にあったら、あの台詞を言ってやれってクライスが言ったんだろうが」
「確かに言ったが、僕はキスして目の前で奪えとは言ってない」
チサトの言葉に、ヴィルトは悪戯がばれた子供のような顔になる。
……ヴィルトはそんな事をしてチサトの目の前からミサキを奪ったのか。
そりゃあちらの世界のチサトも怒るなと、そんな事を思う。
「あれは、直前に色々やられたし、昔からの礼とか色々込めてだな……」
「ヴィルトがそういう事をしたから、僕が子供のお前にそういう事をするはめになったんだ」
「それは違うだろ。そもそもはクライスが子供の俺にしかけたから……」
言い訳をしようとするヴィルトに、呆れたようにチサトが言うと、頭にきたのかヴィルトがさらに言い返す。
どちらが最初に仕掛けたんだと、二人は言い争い始めたけれど。
くるくると回る輪のように繋がって、どちらが先にあったのかがわからない。
はっきり言って不毛だ。
「よしわかった。ここは戦って負けた方が悪いってことでどうだ」
「その方がわかりやすくていいな」
ヴィルトの提案にチサトが乗って、二人がふっと笑い合う。
本当に昔からこの二人は喧嘩っ早くていけない。
「ちょっとストップ二人とも! 今は僕の話の途中だったはずだよ! 僕がベアトリーチェとして、ヴィルトとミサキの仲を引き裂こうとしたことを、謝りにきたんだ!」
「あ? 何言ってるんだベネ。ベアトリーチェは別に何もしてないだろ」
叫んだ私にヴィルトは眉を寄せる。
そんなことより、戦いの邪魔するなと言いたげだ。
「僕がベアトリーチェとしてヴィルトに近づいたから、ミサキは身を引いて元の世界に帰ったでしょ。それに僕はずっと、ミサキとチサトをくっつけるためにヴィルトと結婚しようと企んでたんだ!」
「いや、俺ミサキ以外と結婚しないしな」
私が今までの目論見を暴露してるというのに、ヴィルトは何を言ってるんだお前という目をしてる。
そもそも、心変わりなんてしないから、そんな作戦意味ないだろと思ってる顔だ。
「なんでベネはわざわざ、そんな無駄な事しようとしてたんだ? そこからさっぱりわからねぇ。なんでベネが俺と結婚してまで、ミサキとチサトを結婚させる必要があるんだ」
「それは……」
ヴィルトの質問に思わず詰まる。
――チサトが好きだから、ミサキとくっついて幸せになって欲しかった。
そんなこと口にすれば、私の好意がチサトにばれる。
だからと言って、チサトに言ってたようにヴィルトが好きだからと誤魔化す?
いやヴィルトにそれを言えば、私ヴィルトに直で告白したことになるよね。
今仲を引き裂こうとしたことを謝りにきてるのに、それはどうなんだろう。
「わ、私はチサトが好き……だから、好きなチサトには好きなミサキと、幸せになって貰いたかったの!」
ギュッと拳を握って、覚悟を決めて口に出す。
恥ずかしすぎて顔があげられない。今の私は真っ赤だ。見なくても分かる。
兄妹としてだよとか、誤魔化すことさえこれじゃ無理だ。
「えっ? 何だよそれ。まさか、そういうことなのか!?」
ヴィルトが戸惑った声を出す。物凄くいたたまれなかった。
「あぁそういうことらしい」
チサトがくすっと笑う声がして。
俯く私の前に、チサトが立った。
「ベアトリーチェ、顔上げて?」
ふるふると首を横に振る。
こんなの言うつもりなかったのに。恥ずかしすぎてチサトをどんな顔で見たらいいかわからない。
「ヴィルトが好きっていうのも嘘で、全部僕のためにやってたことだったの?」
こくりと小さく頷く。
チサトが私の頬に手を添えて、ゆっくりと上を向かせる。
嬉しくてたまらないというように、チサトは微笑んで私を見ていた。
「ねぇ、ベアトリーチェ。その告白は嬉しいけど、一番最初はやっぱり僕だけに言って欲しかったな」
ぱくぱくと口を開けるけど、声が出ない。
私を見つめる瞳がこっちを溶かそうとしてるかのように甘ったるい。
チサトはこんな事を赤面もせずに言える兄様ではなかったはずで。
「僕はベアトリーチェが好きだよ。ベアトリーチェは、僕が好き?」
私の言葉を期待するように、チサトが見つめてくる。
逃がさないというように頬に手を添えたまま。
「う、あ……」
「ベアトリーチェ」
催促されて泣きそうになる。
好きな人に好きというのが、こんなにも恥ずかしいことなんて思わなかった。
今までなら簡単に、好きって言えてたのに。
「好き……私は、チサトが好き……です」
「よく言えました」
小さく、それでも振り絞ってそう言えば、チサトが幸せそうに微笑んで。
私に口付けを落とす。
チサトが私にキスしてる。
そう思うと心臓がバクバクして壊れるかと思った。
「……あのなぁクライス。俺はまだベネが女だって、理解しきれてねーんだぞ。なのにそういうの目の前でやるか?」
「お前にだけは言われたくないな」
呆れたようなヴィルトに、チサトがしれっとそんな事を言って。
恥ずかしくてどんな顔をしていいかわからない私を、チサトが幸せそうに抱きしめた。




