表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/38

【26】本心と、告白と

 ヴィルトを見失ったので、外に出てみる。

 その後を無言でチサトが着いてきていた。


「ミサキを見ませんでしたか!」

 ふいに声をかけられて振り向けば、そこにはヤイチ様がいた。

 相当に焦った様子だ。


「いいえ。ミサキがどうかしたんですか?」

「もしかしたら、元の世界に帰ったかもしれないんです。ヴィルトにその事を教えている間にいなくなっていて、それで……見つけたら教えてください!」

 チサトが答えれば、そういい残してヤイチ様は去っていく。


 どうやら今日が、ミサキが元の世界へと帰る日だったらしい。

 これでチサトの言っていた条件は揃った。

 今頃ミサキはこちらの世界に来る前のチサトと、再会しているのかもしれない。

 冷静にそんな事を考える。


 あちらのチサトにとっては幸せな時間が、きっとそこにはある。

 ミサキと仲良く過ごすチサトを想像すれば、きゅっと胸の奥が痛くて、嫌な気持ちでいっぱいになった。

 チサトの隣は私がいいなんて、わがままを言う自分がいる。

 黒い気持ちがむくむくと大きくなっていくみたいで、自分が嫌になった。


「後は、ヴィルトがミサキを連れ戻すのを待つだけだね」

 チサトはそう口にした。


 そもそも、チヴィルトがミサキを一旦こちらの世界へ取り戻すことを、チサトは望んでいるみたいだけど。

 よく考えてみれば、このままヴィルトをミサキの元へ行かせなければ、チサトはずっと幸せなままなんじゃないだろうか。

 ふいにそんな事に気づいてしまう。


 そしたら、目の前でミサキが奪われることもなく、帰ってきたミサキとずっとあちらの世界でチサトは暮らすことができる。

 こっちの世界まで、ミサキを捜してやってくることもない。


 そしたら、私が今まで過ごしてきたチサトは、どうなるんだろう。

 私の記憶から消えるんだろうか。

 やっぱりそれはわからないけれど。

 チサトの幸せを思うなら、それが一番の選択肢だという気がした。


「兄様、ヴィルトがあちらの世界へ行かないようにするべきだと思う。そしたら、チサトはあっちの世界で、ミサキと幸せに暮らせるでしょ?」

 選びたくない選択肢。

 でもどうせチサトがミサキを見つめ続けるなら。

 私を見てはくれないなら。

 ――いっそ私にチサトの記憶がない方が、こんなに心は苦しくないんじゃないか。

 そんなことを考えて、口にする。


「……そしたら僕はベアトリーチェに出会えなくなる。それは散々話したよね」

「けど、ヴィルトがミサキを迎えに行かなければ、チサトは幸せなまま過ごせたでしょ? この世界にきて、苦しい想いをすることもなかったはずだよ」

 押し殺したような声のチサトに訴える。


 好きな人が他の人に惹かれているのを見るのは、辛い。

 そんなの私がよくわかっていた。

 ミサキがヴィルトに惹かれていく様子を眺めているのは、チサトだって苦しかったはずだ。こんな思いはできることならして欲しくなかった。


「ベアトリーチェは、僕に出会えなくても平気なの?」

 問い詰めるようなチサトの口調。

 そんなわけはない。

 チサトに出会えなかったらなんて、チサトが側からいなくなるなんて、考えただけでも本当は凄く怖かった。


 けど、本当の事を言えば、チサトは私のための選択をしてしまう。

 そういう人だと知っていた。

「平気だよ」

 だから嘘を口にした。


 チサトの目がすっと細くなる。

 静かにチサトは怒っているようだった。

 まるで無理やり感情を押さえ込んでいるかのように見えた。


「……ベアトリーチェが平気でも、僕が平気じゃない。こういう事はちゃんと、僕の存在が確定してから言うつもりだったけど」

 こんな冷ややかな声を出すチサトは初めて見た。

 私を見つめる瞳が鋭くて、ぞくりとする。

 チサトは怖い顔をしていて、怒らせてしまったんだとわかった。


 思わず後ずされば、逃がさないというように手首をつかまれて。

「僕はベアトリーチェが好きだ」

 真っ直ぐに瞳を見つめられて、そんな事を言われた。

 目を見開く私に、チサトは続ける。

 

「だから絶対に、ヴィルトにはミサキを追いかけて捕まえてもらう。例えベアトリーチェがヴィルトを好きでも、それでも僕はベアトリーチェを誰にも渡す気はないから!」

 文句は言わせないというかのような、そんな強い口調で。

 勢いに任せるかのようにチサトが、真剣な顔で私に宣言する。

 チサトが放った言葉が、一瞬飲み込めなくて呆けてしまった。


 ――聞き間違いでなければ、チサトが私を好きと言ったような。

 いやでも、チサトはミサキが好きなはずで。

 私に都合がよすぎて、聞き間違いなんじゃないかと思う。


「チサトは、ミサキが好きだって……」

「最初はそうだった。というか、そう思い込んでいたんだ。ミサキに依存して執着してるなんて言ったけど、本当は依存して執着してるのは僕の方だった。それに僕はそもそも、ミサキを連れ戻すためにここにきたわけじゃなかったんだ」

 呟く私に、チサトが苦い顔をする。


「僕は家に居場所がなかった。だから、ミサキにそれを求めたんだ。自分を見てくれるように操作して、依存するように仕向けた。自覚があったから、ミサキの告白を受け入れられなかった。それにね、本当にミサキを連れ戻すためにきたのなら、僕はもっと早くここに来てるべきだったんだ」


 ミサキがヴィルトに攫われて半年後に、チサトは怪しい帽子のお兄さんから時計を受け取ったらしい。

 チサトは跡取り息子だったけれど、妾の子で。

 それでいて、父親に新しい愛人ができて、その子供が後を継ぐ事になった。

 居場所が何もなくなったチサトは、この世界へと逃げ込んだらしい。


「僕はミサキを言い訳にしてた。現実から逃げるためにミサキを理由にした。それにそもそも、僕がこの世界に導かれたのはミサキがいるからじゃないんだ。時計を渡した人は、僕が求めてる、僕を必要としてる人がそこに待ってるって言っていた」

 そこで言葉を切って、チサトが私をぎゅっと抱きしめてくる。


「僕を望んでくれたってベアトリーチェは言ったよね。僕だってずっとベアトリーチェを望んでた。嫌な事もいっぱいあったけど、全てはベアトリーチェに出会うためのもので。今の僕になるために必要なことだったって、わかる。僕はベアトリーチェに出会わなかった僕なんていらない」

 こんなに必死な顔をしているチサトは、見たことがなくて。

 情熱的に耳元に注ぎ込まれるチサトの言葉は、切実さを伴って甘い。


「全部が終わったら、また告白するから。たとえベアトリーチェがヴィルトを好きでも……それでも僕は好きだから」

 私の頭をくしゃりと撫でて。

 チサトが決意を秘めた瞳で強く、それでいて切なげに見つめてくる。

 ゆっくりとその手が離れて、チサトの姿が見えなくなって。

 

 私はしばらくその場に立ち尽くしていた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 ――チサトが、私を好き?

 ぐるぐるとさっきの告白が頭を回る。

 一体いつから? わけがわからなくて混乱する。

 とりあえず会場に戻ってみたものの、落ち着かなかった。

 

 だとすると、私がチサトとミサキとの後押しをしていたことや、ヴィルトとミサキの仲を引き裂こうとしていた事は、とんだ無駄骨だったんじゃないか。

 いやそもそも、あれは私の願望が見せた夢か何かだったんじゃ?


 戸惑っていたら、パーティ会場にヴィルトが戻ってきた。その後ろをチサトが追いかけている。

 何か焦った様子で、ヴィルトを引き止めようとしているように見えた。


 皆がどこに行ってたんだと近づく中。

「俺は王の騎士を降りる」

 そうヴィルトが宣言した。


 誰かが冗談でしょうという声に、もう一度ヴィルトが告げた。

「王の騎士を辞退する。だからこのパーティもお開きだ」

 先ほどまで騒がしかった会場が、シーンと静まる。

 ヴィルトの目は暗く、それでいてみたことのない狂気にも似た光があった。


「もう王の騎士になることに、意味なんてない」

 目の前でヴィルトが吐き捨てる。

 どうでもいいというように。


 じわじわと意味を理解して、目を見開く。

 何を言ってるんだヴィルトはと思った。

 あんなにミサキのために、一生懸命に頑張ってきたのに、それをヴィルトは捨てるという。

 何があったんだと戸惑う。


 今はベアトリーチェであることも忘れて、本気なのかと問いただそうとしたら、私より先にヴィルトの胸倉をチサトが掴んだ。

「それを本気で言ってるのか、ヴィルト!」

「あぁ本気だ」

 激昂するチサトに、投げやりにヴィルトが答える。


「ここまできて、ミサキを諦めるっていうのかお前は。それくらいの気持ちだったのか!」

「……お前に関係ないだろ」

 問い詰めてくるチサトに、ヴィルトは冷たく言い放つ。

「そうか」

 小さく呟いて、チサトが思いっきりヴィルトを殴った。


 二人の喧嘩を止めなきゃと思った瞬間、チサトが刀を抜いてヴィルトに突きつける。

「剣を抜け」

 その言葉に、周りがざわつく。


「一緒にやってきて、認めてやってもいいかとようやく思えるようになってきたのに。やっぱりお前に妹は渡せない」

 その妹っていうのは、ミサキのことなのか、私のことなのか。

 多分両方のことで、どちらと言えばミサキの事を言っている気がした。


 けれど、その意味を知らないヴィルトは、きっとその妹がベアトリーチェの事だと思っているだろう。

 ヴィルトは暗く笑って。

 それなら暴れてやるよというように剣を抜いて構える。


 最初にしかけたのはヴィルトだった。

 力任せにぶつけてくるような強い一撃に、チサトは顔をゆがめた。

 その力をどうにか逃がして、次の攻撃へとチサトが移るけれど。

 それを先読みするかのようにチサトの刀の位置に、ヴィルトが先に剣を突きつける。


 ヴィルトの剣は力強い。

 けれど、私が知っているヴィルトの剣よりも乱暴で、剣筋は単純だけれど、遠慮が一切ない。

 二人は私が見ない間に、強くなっていた。

 騎士学校で見た公開練習とは比べ物にならない。


 チサトは騎士学校では、目立ちたくないからとできるだけ剣を使っていた。

 戦地ではどうだったか知らないけれど、チサトが刀でヴィルトと戦うのを見るのは初めてだ。

 ヴィルトはまるでチサトの動きを読んでいるかのように動くし、チサトもまたヴィルトの癖を見越して動いてるところがある。


 刀と剣がぶつかる音。

 バティスト家の使用人たちが、この場から逃げるように客に伝えている中、私はその場から動かなかった。


 チサトの刀を叩き折ろうとするかのような動きをヴィルトが見せて、チサトは小刀でそれを止めて、腹に蹴りを入れる。

「悪いね。本来は二刀流なんだ」

「へぇ……そうかよ」

 チサトが奥の手を出して、ヴィルトに余裕があるかのように笑いかければ、ヴィルトも上等だというようにそれに答えた。


 さらに激しさを増す二人の攻防に、騎士団のメンバーも止めに入ったけれど。

 二人ときたら邪魔だとばかりに、仲良く彼らを退けてからまた戦いだす。こんなところだけ妙に息があっていた。


 止めなきゃと思っていた私だったけれど、それは躊躇われた。

 これは二人の喧嘩だ。

 お互いを出し尽くして、語り合うかのように二人は刃を交えていた。


 そんな時、チサトが小刀を落として。

 ヴィルトがそこに剣を振り下ろした。

 危ないと思ったその瞬間、誰かがさっと二人の間に割り入る。


「あなたたちは一体何をしてるんですか!」

 剣を受け止めたのはヤイチ様で。

 普段にはない、焦った顔をしていた。


「ミサキはどうしたんですか」

 ヤイチ様にヴィルトが苛立ったように剣を振るった。

 その様子で、やっぱりミサキが元の世界に帰ってしまったんだと確信を持つ。

「……八つ当たりですか、ヴィルト。ミサキさんを引き止められなかったのはあなたでしょう?」

 軽くかわしながらヤイチ様はそう言って。

 ヴィルトの攻撃を次々と受け流す。


「あんたが帰る方法を教えなければ、ミサキは帰らなかったんだ!」

「私が教えなくても帰る時には帰りますよ。それにトキビトは最初から帰る方法を無意識に知ってます。大抵の人は帰りたくないから、気づかないふりをしてるだけです」

 ヤイチさんはやれやれというように刀を構えて。


「いいでしょう。私が代わりに相手をしてあげます。私も大切な人一人引き止めることのできない、ふがいない弟子にお灸を据えたいと思っていたところです」

 そう言って、ヴィルトをあっというまに叩きのめしてしまった。


「あぁすいません。つい力を入れすぎてしまいました。驚かせてしまったかと思いますが、これは皆様を驚かせようという余興です。本来私が負けてあげる予定だったんですが、加減が難しいですね。ヴィルトの発言は全部このための演技ですので、引き続きパーティをお楽しみください」

 会場にいる人たちに、そう言ってヤイチ様はにっこりと笑いかける。


 ……いや、それちょっと強引っていうか、かなり無理があると思う。

 たぶんこの場の全員がそう思ったと思うけれど、王の騎士のトップであるヤイチ様につっこむ人は誰もいなかった。

 嫌がらせのようにヴィルトをお姫様抱っこすると、ヤイチ様はその場を去って行った。

4/9 微修正しました。内容に変更はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ