【25】王の騎士とパーティと
リサは無事にラザフォード領の隊長さんに保護されて、あの後記憶も取り戻した。
ルカナン領でその後リサに会ったのだけれど、隊長さんの子供がお腹にいるらしくて、幸せそうな顔をしていた。
そしてとうとう、ヴィルトとチサトが王の騎士になることが決まった。
王の騎士になると、基本的に王都周辺で暮らさなければならず、長い間王都から離れることはできなくなる。
そのため、王の騎士になる前には、半年もの長期休暇が与えられるのだけど。
「やっぱり、通いやすさを考えるとこの物件だけど、デザインでミサキが好きそうなのは一つ前の奴なんだよな。ベネ、どっちがいいと思う?」
「そうだね……」
今日、私はヴィルトに付き合って物件巡り中だ。
ヴィルトは王の騎士になったらルカナン領に住むつもりらしく、どう考えても気が早い新居捜しをしていた。
ヴィルトときたら、ミサキと結婚する気満々で。
すでにウェディングドレスも準備して、家の人たちに手をまわしている。
話を聞けば、結婚式の招待状も発送待ちの状態で準備し終えているようだ。
そしてこの結婚、驚く事にミサキの正式な承諾は得ていない。
結婚の日取りが決まっていることさえ、ミサキは知らないのだ。
押しに弱いところがあるミサキを、囲い込んで逃げられなくしてから、ヴィルトは言うつもりのようだった。
ちょっと卑怯でも、強引だろうと。
それでもミサキを繋ぎとめていたいんだろうなって事くらい、私にもわかる。
なりふり構わず、ミサキに好きと言えるヴィルトが正直うらやましかった。
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ヴィルトから招待状が二枚届いた。
一つは王の騎士になった記念パーティの招待状、そしてもう一つは結婚式の招待状だ。
パーティの少し前にバティスト領へ行けば、ミサキにヴィルトが纏わりついていた。
パタパタと急がしそうなミサキに、ヴィルトはべったりだ。
使用人に示しが着かないから離れてなんて、ミサキは言ってヴィルトを突っぱねているけど、本当に拒否はしてない。
ヴィルトに抱きつかれて顔は真っ赤だし、照れてるだけなのが丸分かりだ。
何よりミサキもヴィルトに会えて嬉しいと思ってるのが、見ていてわかる。
同時にヴィルトが見ない間に成長してしまって、戸惑っているようにも見えた。
ミサキは十八歳くらいで、トキビトだからその見た目が変わらなくて。
見た目ではヴィルトの方がすっかり大人だ。
大人なミサキとと子供なヴィルトって感じだったのに、今ではヴィルトの方が体が大きく大人と言った感じだ。
ヴィルトのミサキを見る目がとても優しくて、二人の間には入れない空気が漂っていた。
二人のそんな関係が微笑ましい。
そう思うと同時にうらやましい。
それでいて、今からそれを邪魔しないといけないんだなと思うと――心苦しかった。
王の騎士になったヴィルトの前から、ミサキが消えて。
そしてそのミサキを追って、ヴィルトはチサトのいる世界へ行き、チサトの前からミサキを奪い去る。
この後、そうなる予定だ。
失踪したミサキが元の世界のチサトの前に現れたのは、ヴィルトとの結婚に迷ったのが原因だと聞いていた。つまりは、結婚までの間に何かが起こる。
私にできることは、ミサキにヴィルトとの結婚を諦めさせて。
ミサキが向こうの世界に行って戻ってきたところで、ヴィルトと引き離す事だ。
ヴィルトときたら、三ヶ月後には式を予定してしまっている。
こんなに猶予がないとは思わなかった。
ヴィルトとミサキが落ち着いて結ばれてしまう前に、そこにベアトリーチェの存在を割り込ませておかなくちゃ。
それは、二人が結婚してからじゃ遅い。
まぁ何はともあれ、この短い時間で私がどこまで出来るか。
幸いな事に、ミサキはまだヴィルトとの結婚を迷っていて、それでいてヴィルトを拒んでいる。
付け入る隙は、まだある。
けど時間もないから手段は選んでられない。
うまくいくかはよくわからない。
でもチサトのために、何もせずにはいられない。
ずっとずっと、それこそこの世界に来る前から、チサトはミサキが大好きで。
ヴィルトには悪いけど――これもチサトの幸せのためだから。
胸は痛む。
二人の仲を素直に祝福してあげられないのに、親友なんておこがましいんじゃないだろうか。
仲睦まじい二人を見つめながら、苦しくなって唇を噛み締める。
ふいに視線を感じて横を見れば、一緒についてきていた被り物のチサトがこっちを向いていた。
「どうしたの兄様?」
「いや……なんでもない」
そう言ってチサトは、斜め下に目線を逸らしてしまった。
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普段胸をしめつけているサラシを外して、桃色のドレスを着る。
派手でなく、清楚さを前面に押し出したデザイン。
深窓で病弱な令嬢というには、血色がよすぎるとは思ったけれど。
化粧を施して取り繕って。
そうやって作り上げた『ベアトリーチェ』は、母様によく似た美少女だった。
鏡の前で伏し目がちにして、ちょっとポーズを取ってみる。
あなたをお慕いしておりますという上目遣い。色っぽく誘惑するための仕草。
ヘレンから習って、今までヴィルトに何度かしかけた事はあったけど、全部駄目だった。
もしかしてうまくできてないのかなと思って、一度ベアトリーチェの姿で街に出た時、声をかけてきた男にやってみたら、効果はてきめんだった。
だからヴィルトにだけ効かないんだと思っている。
ちなみにチサトと一緒に出かけていた時だったので、お会計を済ませて店の外に出てきたチサトに見つかり、あんな事はしちゃ駄目だとこっぴどく叱られた。
気合を入れて、本日の戦場へ向かう。
今日はヴィルトが王の騎士になった記念のパーティ当日だった。
チサトもヴィルトと一緒に王の騎士で、騎士学校の卒業で同期でもあるから、パーティに呼ばれていた。
当然親友であるベネも呼ばれていたけれど、体調を崩してしまい欠席という旨を伝えてあった。
私をエスコートして、会場であるヴィルトの家に着いたものの、チサトはかなり落ち着かない様子だ。
今回チサトは被り物をしてない。
知り合いの騎士たちが多く呼ばれている中、さすがに顔を隠すことは無理だ。
ミサキに鉢合わせたらどうしようと思っているのが丸分かりの、緊張した様子だった。
「兄様、いいかげん覚悟決めたら?」
「そうなんだけど、今までずっと被り物してきたから、どんな顔して会ったらいいかわからないんだ」
あわせる顔がないというのは一緒だけれど、ニュアンスが違うように思えた。
会う資格がないという響きから、今更恥ずかしくて前にでられないというような、そんな違い。
「! ベネ、こっち!」
急にチサトにぐいっと手を引かれて、壁に隠れる。
ミサキが広間の方にいるのが見えた。
今日のミサキはメイド服ではなくて、若草色のドレスを着て、髪を結い上げていた。
そんなミサキの側には、王の騎士の制服をまとったヴィルト。
二人は手を取り合ってダンスを踊っていた。
ミサキはダンスに慣れてないのか、足元を見て一生懸命で。
ヴィルトはそんなミサキを、可愛いなぁというような甘い目で見つめている。
横を見れば、チサトはそんな二人の様子を見つめていた。
何か考え込むような目で、それはどこか切なげにも見えた。
ヴィルトと仲睦まじいミサキを見て、嫉妬しているのかもしれない。
それを思うと、私の胸が苦しくなった。
「ダンスを申し込まなくていいの?」
「僕は……諦めることにするよ」
尋ねれば、チサトはそう口にした。
こうなることは結構前から、予想が付いていた。
――ミサキが好きで、この世界まで追いかけてきたくせに。
意気地がないというよりは、今のチサトはヴィルトを認めてしまっているんだろう。
戦争から帰ってきた二人を見て、チサトはミサキを諦めるつもりでいるんじゃないかって、特に強く思ったのだ。
王の騎士になったヴィルトを見極めるなんてチサトは言っていたけれど。
側にいて、ヴィルトならミサキを任せていいなんて、思ってしまったんだろうと予想は付いた。
チサトは人がいいから、ヴィルトからミサキを無理やり奪おうとは思わない。
それでいて、ミサキもヴィルトを好いてるとわかっているから、身を引こうとしている。
――それじゃあ、チサトの気持ちはどうなるの?
チサトに、悲しい思いはしてほしくないのに。
「私諦めないよ。絶対ヴィルトと結婚してみせる。私はヴィルトと、兄様はミサキと。互いの恋を応援する、そういう約束だったでしょ?」
全ては大好きなチサトのために。
チサトが出来ないなら、私がチサトの本当の願いを叶えて見せる。
そう思って決意を新たに口にすれば、チサトの眉間にシワがよった。
「本当に……ヴィルトの事が好きなのか?」
ミサキだけじゃなくて、私までヴィルトが好きなのが、チサトは面白くない。
だからその口調は怒っているかのように険しかった。
「もちろん」
嘘を口にすれば、チサトの真っ黒な瞳が揺れた。
まるで傷ついたように。
「そうか……わかった」
何かに耐えるような顔をチサトはする。
そんな顔をされると、まるでチサトがミサキじゃなくて、自分を好きなんじゃないかと勘違いしそうになる。
そんなことあるわけがないのに。
ふらりとチサトはどこかへ消えてしまって。
いつの間にかミサキは、ダンスを終えてヤイチ様と話しこんでいた。
そこにヴィルトが入り込んできて、なにやら会話をしている。
ヴィルトのことだから、ミサキに話しかけてきたヤイチ様に妬いたんだろうなと予想はついた。
ミサキがヤイチ様に憧れていると、ヴィルトは思い込んでいるのだ。
「あの、ヴィルト様。今回はおめでとうございます」
覚悟を一つ決めて、ヴィルトに親しげに話しかける。
ミサキがこちらを見てるのを視界の隅で確認しながら、ヴィルトとの距離を縮める。
「あぁありがとう、ベアトリーチェ」
「わたくし、初めてヴィルト様と会った時から、王の騎士団に入る方だなと思っていましたの。予想が当たりましたわ」
礼をいうヴィルトはそっけない。
ミサキとの会話を邪魔されたと思ってるんだろう。
相変わらずだなぁと少し呆れたけれど、構わず話しかける。
「ミサキ、こっちはベネの」
ヴィルトは私をミサキに紹介しようとしてくれたみたいだったけど、ミサキはさっさとヤイチ様と一緒に立ち去ってしまった後だった。
そっちが気になってしかたない様子のヴィルトに、ダンスをしてくださいとお願いする。
今日はヴィルトが主役のパーティだから、ホスト役として断るのは難しい。
まんまと一緒に踊ることに成功する。
昔はダンスがあまり好きではなかったけれど、今では得意だ。
剣舞のお陰もあって、どうやったら自分を魅力的に見せることができるかわかっている。
周りがどこのご令嬢だと囁く中、ヴィルトとのダンスを終えた。
もう一押しくらいしておこうかと思ったら、強く手を引かれた。
「兄様?」
「僕と一緒に踊ってくれ、ベアトリーチェ」
チサトにしては強いお願いの口調。
「いやでも兄様、そんなことよりもミサキ」
私の言葉を無視して、始まった音楽にチサトが体を動かす。
慌てて私もそれに合わせた。
チサトの雰囲気は、ピリピリとしていて唇を不機嫌に引き結んでいた。
なんだか怒っている。
でもどうして怒っているのか、全くわからない。
「兄様、どうしたの? 何か怖いよ?」
「……」
チサトは眉をしかめて、何か口を開こうとするけど、すぐにやめてしまう。
その顔はどこか苦しそうにも見えて。
結局一曲踊り終わって後も、チサトは難しい顔をしたまま、何も口にしてはくれなかった。




