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【23】戦争の終わり

 留学して一年近くがたって。

 けれどまだ戦争は終わらない。

 チサトからは時々手紙が届くのだけど、あちらでの生活は大変ながらうまくやっているらしい。

 

 心配させないためか、内容は戦争のことじゃなくてラザフォード領で知り合った人たちやヴィルトの事ばかり。

 ラザフォード領では魔物料理が出るらしく、美味しいのだけどグロテスクで困るとか、隊長が物凄く強い人だとか。チサトは新入りとして、隊長の彼女さんの下に付いているのだけれど、かなり肝の据わった人なのだと書かれていた。


 私はというと、相変わらずルークとこちらの剣舞の学校に通っている。

 仲のいい友達もできて充実した日々だ。

 今日はこの島で、カレドの夜という祭りがある。

 うちの国でいう収穫祭みたいなもののようで、神様が下りてきて街を歩いてもいいようにという意味から、お面を被っている人が多い。


 祭りのゲストとして、私とルークはウェザリオの剣舞を披露し、拍手につつまれながら舞台を下りた。

 なかなかにぎやかな祭りで、陽気な音楽に合わせて街の人たちが踊っていたりする。

 ルークは用事があると、他の護衛の騎士たちと行ってしまったので、一人で祭りを楽しんでいた。


 何かお面でも買おうか。

 チサトはいつも被り物をしていたけれど、お面もありかもしれない。

 色んな種類があって迷っていたら、肩を叩かれた。


「やっぱりあの時の子だ。久しぶりだね!」

 狐のお面をした男が声をかけてくる。

 黒髪で、声は若い。

 誰だろうと思っていたら、男が仮面を外し思わず目を見開く。

 以前私を攫おうとしたゼンとか言う、トキビトの人攫いだった。


「ッ!」

 刀に手をおけば、おぉ怖いというようにおどけた動作でゼンは手を上げて後ずさる。

「まぁまぁ落ち着いて。今日はお祭りなんだから、物騒なことはいけない。それに俺、もう人攫いやめたんだ!」

 にこにことゼンは笑っているが、信用できるわけもなかった。


「あの時は悪かったよ。おわびに何か驕ってやろうと思って、声かけたんだ。コレ食べる?」

 差し出してきたのは、香ばしいとうもろこし。

 もちろん貰うわけもなかった。


「何を企んでる」

 前にゼンにやられたときより、私は強くなってる。

 でもそれでも勝てる気はしてなかった。

 最大級の警戒を向ければ、ここじゃ目立つからと椅子のある方へ誘われる。


「さすがにこの人ごみの中で君を攫ったりしないよ。ちょっとお話したいだけ。それにさっきも言ったけど、俺あの仕事クビになったから。君が応じてくれないなら……ここで暴れてもいいけど」

 狐のお面を取ってなお、狐を思わせる細目。

 にこにこしているけれど、得体がしれない。

 しかたなく応じることにした。

 


●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「自己紹介まだだったね。俺はゼン。ニホンの文字だと善いって書いてゼンって読むんだ」

「全くあなたに似合わない名前ですね」

「うん俺もそう思う」

 向かい合って座ったゼンは、まるで世間話のようなノリで話しかけてくる。


「あなたは何者なんですか。何で人攫いをしてたんです」

 ゼンは元々旅をしながら人捜しをしていたらしい。

 知り合いだというトキビトの若い男を捜して、魔法大国レティシアへ渡ったところ、その腕前を買われてその国の第八王子に雇われたようだった。


「ちょうど旅の資金が底尽きてたし、トキビトがいっぱいいるところに連れてってくれるっていうからさ。引き受けたんだけど、俺の捜してる奴はいなかったんだよね」

 あまり仕事熱心でなかったゼンは、捕まえた後のトキビトを放置していた。

 そしたら逃げ出されてしまったらしく、ベネを見つけた時は、トキビトを王子の元へ届ける期限が過ぎてしまっていたらしい。


「何も収穫なくてしかたなく戻ったらさ、なら俺を実験体にするとかいいだしたんだよ、あいつら。むかついたから――殺してきちゃった」

 薄っすらと開かれた目は虚ろで、それでいて狂気の色がある。

 この男と話していると、おかしくなりそうだと思う。

 人として大切な何かがずれているというか、好きになれない。


「第八王子は、生き物の意志を操る首輪を作り出したみたいなんだ。トキビトにそれを装着して、魔術の道具にしようって思ってたみたい。結局はあまり精度がよくなかったのか、魔物に装着することにしたみたいだけど」

 すらすらとゼンは口にして、麻の袋を私に手渡した。


「俺、利用するのはいいけど、利用されるの大嫌いなんだ。だからさこれをヤイチにでも渡してくれるかな」

 袋の中には、古びた紙の束と黒いつやつやした輪が入っていた。

 黒い石のような光沢を持つ輪は角度を変えると表面に文字が浮かび上がる。所々ヒビが入っていて、一部が大きく欠けていた。


 紙はどうやら誰かの日記のようだ。

 騎士学校では、レティシアから上の地域の言語も習っていた。

 それは研究日記といった感じで、古い文字で汚れていて。読めないところもあったけれど。ラザフォード領という文字があるのが目に入った。


「第八王子の持ってた資料と、レティシアが使っている魔物に使用されてる首輪の原型だよ。どうやら古い魔術師の家の倉庫から出てきたみたいだね。その日記にはラザフォード領で、初めて英霊を異世界から呼び出すのに成功したって事が書いてある」

 ゼンは説明して立ち上がる。


 英霊という言葉は、歴史の授業で聞いたことはあった。

 隣の国のレティシアで、過去にいたというトキビトの魔術師集団の事だ。

 

「本当、ウェザリオまで行く手間が省けたよ。ヤイチときたら、俺のこと指名手配してくれちゃって、入るのも毎回一苦労なんだよね」

「待って。何でこっちに有利な情報を流すの。敵なのに」

 よろしくねと行って立ち去ろうとしたゼンに言えば、まだそれ言ってるのと呆れた顔をされた。


「別に俺はレティシアの者じゃないよ。むしろあの国は嫌い。ウェザリオを作るときに、結構手を焼かせられたからね」

 その言葉で、ゼンがかなり長く生きているトキビトなのだとわかる。

 一瞬だけその顔に、懐かしむような色が見えた。

「ヤイチに貸し一つだからって伝言よろしくね!」

 そう言って今度こそゼンは去って行った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 王宮に戻ってルークに麻袋を手渡し、事の次第を伝えれば驚いた顔になった。

 すぐに情報はヤイチ様へと届けられたらしい。

 それから季節が少しすぎて。

 戦争が終わったという知らせが届いた。


「兄様!」

 留学先から一旦戻り、ルカナン領へ帰ってきたチサトに思いっきり抱きつく。

「ただいま」

 優しいチサトの香り。柔らかな声。

 ずっとずっと待っていた。


「背が少し伸びたね。顔立ちも見ない間に大人っぽくなった」

「兄様は何も変わらないね」

 頭を撫でてくれるチサトが嬉しくて、その胸に顔をすりつけながら答える。


 トキビトであるチサトは歳を取らない。

 出会った時からその姿は変わらなくて。

 私の歳はもう、チサトに追いついていた。

 ニホン人の顔立ちは、元々私達の国の人からは若く見られがちで。

 だからチサトは童顔なんだといえば、皆それなりに納得してくれていたけれど、もう二十八歳だった。


「ヴィルトもお帰り!」

「あぁ。久しぶりだな、ベネ!」

 ヴィルトとも抱擁を交わす。

 少し見ない間に、ヴィルトは大分男らしい顔つきになっていた。

 体格ががっしりとしていて、大人の男の人という感じで。一見してチサトよりも年上に見えた。


 これからは、チサトとまたルカナン領ですごせる。

 そう思っていた私だったのだけれど、そうもいかないようだった。


 戦争の後遺症で、チサトたちがいたラザフォード騎士団の隊長が記憶喪失になってしまったらしい。

 そのため一旦王都に帰還しただけで、任期自体は終わってないため、またすぐにラザフォード領へ戻るとの事だった。

 少し残念には思ったけれど、二人が戦争から無事に帰ってきてくれたことが何よりも嬉しかった。


 話を聞けば、二人はレティシアの第八王子を討ち取ったらしく、その手柄で王の騎士になれるかもしれないとの事だ。

 ……第八王子って、ゼンが言ってた奴だよね。

 そんなことを思いながらも、チサトにゼンの話はしなかった。

 言ったら絶対に心配するからだ。

 

 チサトがルカナン領で過ごす少しの間、久々に一緒の時を過ごした。

 会えなかった分、久々のチサトが嬉しくて。

 それでいてずっと長い間離れてたから、今までどんな風にチサトに接してきていたか私は忘れてしまっていた。


「ベアトリーチェ。前にハロウィンに行った街を覚えてる? 途中で立ち寄ったからお土産を買ってきたんだ」

 チサトがくれたのは、綺麗な石のついたネックレスだった。

 つけてあげると言って、私の後ろにチサトが立つのだけれど。

 その指が肌に触れるたびにドキドキとしてしまう。


「やっぱり似合ってる。可愛い」

「あ、ありがとう兄様……」

 正面から見つめられてそういわれると、照れてしまう。

 自分でも顔が赤いのがわかった。


「ベアトリーチェの話を聞きたいな」

 ソファーに座ったチサトがそう言って、ポンポンと自分の膝の上を叩く。

 まさかとは思うけど、そこに座れといいたいのだろうか。

「えっと……兄様?」

 小さいときは時々そうやって貰ったこともあった。

 けれど、あの時でも十歳だったし、やってもらったのは本当に数えるほどだ。


「ずっと離れてたから……ベアトリーチェが足りないんだ。駄目かな?」

 そうやって潤んだ目で言われてしまうと私は弱い。

 チサトは私が嫌っていえないことを見越して、そんな風にしている節がある。

 出会った時はこういう小技を使ったりしてなかった気がするのだけれど、いつからだろう。よくわからなかった。


「兄様、そんなんだからヴィルトにシスコンだって言われちゃうんだよ?」

「僕は別にシスコンなわけじゃないよ。ベアトリーチェが可愛いだけ」

 恥ずかしくて口にした私に、さらりとチサトはそんな事を言う。

 会えない間に、前よりもシスコン具合が増している気がしたけれど。


 そうやって甘やかしてくれるのは嬉しかったから、膝の上に座る。

 ぎゅっと後ろからチサトが抱きしめてきて、近くに顔があることに胸が騒がしかった。

「僕がいない間、ベアトリーチェがどうしていたか教えて?」

 耳元で囁かれるとぞくぞくとして、落ち着かなくて。

 そんな自分を誤魔化すかのように、留学先での話を口にした。


「それでね、ヴェルテの海はとっても綺麗なんだ。少し遠いんだけど泳いでいくと綺麗な洞窟があって、蒼く海が光ってまるで宝石みたいなんだよ。次一緒に行った時に兄様にも案内してあげるね!」

「それは楽しみだな。ところで」

 一旦チサトが言葉を切る。


「ベネの姿のまま、海で泳いだの? まさか服のまま行ったわけじゃないよね」

 チサトの疑問に、思わず言葉に詰まる。

 しまったと思った。この状況に緊張しすぎて、失言してしまった事に気づく。


 海の洞窟には、ルークと一緒に行った。

 女であることがばれているので、ベアトリーチェの姿で水着を着てそこまで行ったのだ。


 私は、ルークに女だとばれてる事をチサトに言ってなかった。

 そんな事を言ったら、騎士学校に通わせないとか言い出すんじゃないかと思って、ずっと黙っていたのだ。

 今回の留学はチサトがいない時に決まったので反対こそされなかったけれど、実は女だってことがばれてますなんて言ったら、怒られると思った。


「ベアトリーチェ、もしかして女の子姿で泳いで行ったの?」

「えっとうん。まぁ」

「一人で?」

「そんな感じ……かな?」

 ルークの事は誤魔化してそういえば、案の上叱られた。


「ベアトリーチェは可愛いんだから、水着を着て一人でなんて危ないよ。変な男に言い寄られたりしなかった?」

「それは大丈夫だったよ!」

 心配性なチサトにそうは言ったものの、ルークにはかなり口説かれた。でもまぁそれはいつものことだ。


「ふーん? ならいいけど」

 チサトはあまり納得してない様子だった。

 思わず声が上ずってしまっていたから怪しまれたのかなと、そんな事を思う。

「私の事はいいから、兄様の話を聞かせてよ!」

 そうやって話を誤魔化して。

 久々のチサトのとの時間は過ぎて行った。

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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