【22】留学とその目的と
「チサト、絶対嫌だよ! 戦争なんか言っちゃ駄目!」
「よく聞いてベアトリーチェ。ここでヴィルトが死んでしまえば、そもそも今の僕はこの世界に来てなかったことになるんだ。だから何が何でもヴィルトを守らなくちゃいけない」
私を宥めるように、チサトはそう言った。
そんなの納得ができるわけがなかった。
けどチサトの意志は固いようで、引いてはくれない。
「嫌だよ。絶対やだ。どうしてもって言うなら、私も一緒に参加する!」
「それは駄目だ」
せめて守らせてほしいそう思って口にした言葉は、すぐに却下されてしまう。
「どうして!? なんでチサトはよくて私は駄目なの!」
「戦争に行って、ベアトリーチェが死んだら。僕が何のためにヴィルトを守ろうとしたのか、わからなくなるだろ」
「意味がわからないよチサト!」
私の言葉に、チサトは頭がこんがらがるようなことを言う。
「わからなくてもいいよ。大好きなヴィルトが死んだら……ベアトリーチェだって嫌だろ? 僕もそれは絶対に嫌なんだ。もしヴィルトが死んで、僕の存在が変わってしまったら。ベアトリーチェに出会わなかった僕には何の価値もない」
ぎゅっとチサトは私を抱きしめてくる。
大切だと伝えるように、離れがたいというように。
でも言葉には強い意志が宿っていて、私が何か言ったところで変えるつもりはないんだとわかる。
こんな風に優しく抱きしめるくらいなら。
――いかないで、ずっと側にいてほしいと心の底からそう思った。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
騎士学校を卒業してすぐに。
ヴィルトとチサトは、戦地であるラザフォード領に旅立ってしまった。
二人と一緒に行こうと思った私だったけれど、チサトはそれを見越していたようで。
ベアトリーチェに戦地へ行く許可を与えれば、自分は今すぐ「クライス」をやめると父様を脅して行ったようだった。
父様も最初から私を戦地へ向かわせる気はなかったようで、それを受け入れて。
結局私は、ヴィルトもチサトもいないルカナン領に一人残っている。
騎士団からのスカウトはあったけれど、それは全て断った。
そんな私に、ルークが声をかけてきた。
「他国に留学するんだが、俺の護衛兼従者としてついてきてくれないか」
何もせずにじっとしてると二人の事を考えてしまう。
その行き先が剣舞の本場として有名な国だったということもあって、ルークの誘いを私は引き受けた。
次の日、ルカナン家に着いていたのは、王家の紋章の馬車。
なんだろう、父様が呼び出されたのかなくらいに思っていたら、どうやら私のお迎えらしい。
急いで仕度をして、ベネの格好で乗り込む。
王宮には何度か来たことがあった。
聖誕祭の時には剣舞を舞ったことがあったし、騎士学校の卒業生として王宮が主催するダンスパーティに招かれたりしたこともあったからだ。
中は相当に広い。天井が高く、大理石の床はピカピカとしていた。
緊張しながら通された部屋に足を踏み入れる。
この中に第三王子であるエヴァンス王子が私を待っているらしい。
「ベネ・ファン・ルカナン、入ります」
第三王子が私に何の用だと思いながらも、礼儀作法にのっとって名乗りを上げる。
そして、部屋にいる人物の前に膝を着き、頭を垂れた。
「頭を上げろベネ。友達の前で頭を下げる必要などない」
聞き覚えのある声に顔を上げれば。
なぜかそこには、王冠を頭に乗っけて。
似合いすぎる絢爛豪華な衣装を着けたルークがそこにいた。
「ルーク……?」
「そうだ。正式な名前を告げるのは初めてだったな。エヴァンス・ルーク・メル・ウェザリオだ」
呆けるように名前を呼んだ私の前で、金髪の髪をしゃらりとルークはかきあげる。にっと悪戯っぽく笑いながら。
形の良い眉に、すっと通った鼻筋。
さらさらとした髪は無駄にキューティクルがあって、どうどうとした佇まいは王者の風格があった。
お城に住んでいて、ウェザリオ姓。
いやいやまさか、ルークがそんな。
確かに態度はでかいし、どこか浮世離れもしていた。
けど、友人が実はこの国の王子様でしたなんて、いきなり言われても困る。
そもそも何で騎士学校に王子様が通っているのか。
「どうした。俺のこの衣装が似合いすぎて、言葉もでないか」
それもしかたないなと頷く目の前の男に、こいつはやっぱりルークだと確信する。
「……王子だったんだ?」
「まぁな」
あっさりとルークは頷いた。
「王子が騎士学校に通っていいんだ?」
「王子が騎士学校に通ってはいけないという校則はない。女が騎士学校に入っていけないと書いてないようにな。それに騎士学校を卒業している王族はわりといる」
にっとルークは笑う。
「この国は王制を取ってはいるが、議会があって承認制だ。跡継ぎはすでに決まっているから、第三王子である俺は比較的自由が効く」
古くからの友好国である島国へ、交換留学のような形で行くことになるらしい。
一緒に剣舞をできる私も一緒に連れて行きたいと、ルークは望んでくれたようだった。
「元々この国の剣舞は、女王がかの国から持ち帰ったものだ。本場を一緒に見るなら詳しい者の方が語り合えるし、剣舞は相手が息のあう相手がいてこそ方が輝くのはお前も知っているだろう」
楽しそうにルークは言う。
「……戦争をしてるときに、王子様がそれでいいの?」
「魔法大国レティシアとの戦争の件か。まぁ確かに我が国は今攻められているな。だからと言って他の国との外交を疎かにしていい理由にはならないだろ?」
私の言葉に、ルークはそう言って肩をすくめる。
確かにその通りかもしれないけど。
国が大変な時で、ヴィルトもチサトも頑張っているのに。
――仮にも王子であるルークが留学なんて行ってる場合なのか。
そんな事を思ってしまう。
「これもまた重要な事だ。俺と一緒に行ってくれるな、ベネ」
「……仰せのままに」
少し思うところはあったけれど。
威風堂々としたルークに騎士の敬礼のポーズをとって、私はその依頼を引き受けた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
初めての外国。
金髪に青い瞳の多いウェザリオと違い、ここでは茶色に近い髪や目をした人たちが多いようだった。
小さな島国なのだけれどとても活気があって、それでいてどこかしこに独特の音楽が溢れている。
大きな三つの大国と近いこの島国は、船の中継地点としてとても賑わっていた。
王子であるルークと同じく王宮に住まわせてもらい、こちらの剣舞を教えている学校に通うこととなった。従者で護衛の扱いの私なのだけれどルークの好意だ。
やはり本場だけあって、色んな型や技、知らない音楽やリズムの取り方があって、とても興味深かった。
そうやってルークと一緒に過ごすうちに、その目的が留学先で剣舞を学ぶだけではなかったことに、私は気づき始めていた。
この島国は私達が住んでいるウェザリオ、戦争中でもある魔法大国レティシア、その上にある栄えた大国・セルディムの三国に近く、中立の立場を一応取っている。
ここにはレティシアからの船も着く。
そこの船員から、ルークたちは何かしらの情報を得ているみたいだった。
「留学は表向きで、レティシアの情報をここで得るのが目的だったってこと?」
「ようやく気づいたか。そのとおりだ」
部屋でお茶を飲んでくつろぐルークにそういえば、あっさりとそんな事を言われた。
「うちの国とレティシアは、現在戦争が勃発しているラザフォード領で分断されている。あの険しい領土で分断されているため、ほとんど接点もない。そのため相手がこちらを攻めることは難しくなっているが、その情報も手に入りにくい」
だからこそ、三国の海の上での中継ポイントになっているこの島国へ行く必要があったのだと、ルークは言う。
「剣舞の本場に行きたいという俺の動機は、かなり自然に見える。護衛や従者の形を取って、この場所へウェザリオの騎士や、情報戦専門の人間を連れ込みやすい」
なるほどとルークの言う事に納得する。
ルーク自体が動くわけではないけれど、それを隠れ蓑に色々動いている人たちがいるという事を初めて知った。
「ごめん、ルーク。私ルークのこと、王子のくせに何を戦争中にのんきなことをしてるんだって思ってた」
「それも狙いのうちだ。阿呆な王子を演じていたほうが、敵にも裏が気づかれにくいからな。俺たちの仕事は留学だけが目的だと思わせるように、剣舞に精を出すことだ」
謝る私に、ルークは気にしていないと言う風に答える。
友達である私を連れてきたことも、戦争そっちのけで剣舞しか見えてない王子様を演出するためらしかった。
「……何か有益な情報とか、あったりした?」
「そうだな、この戦争のそもそもの原因がレティシアの跡目争いだとわかった。王が死に掛けてて、跡継ぎに選んで貰おうと王子達が競い合っている。次の王が誰になるかはこちらにとっても重要な問題だから、今それぞれの王子の情報を懸命に集めているところだ」
私の問いに答えて、ルークは座っていた椅子から立ち上がった。
「それともう一つ、ここにきた目的があるんだ」
向かいにすわる私の側へルークはよってきて、耳元で囁く。
真剣な声色に、何か重要なことなのかと唾を飲み込む。
「お前とこうやって、邪魔者なしで過ごすという……大切な目的がな」
「はぁ……相変わらずだね、ルーク」
気を張って損した。
そう思っていたら、後ろ髪を結んでいたリボンを解かれた。
「ちょっとルーク」
リボンを取り替えそうとしたら、腕をつかまれてしまう。
魔術道具のブレスレットを外されると、黒髪黒目が、金髪青目に戻ってしまった。
「別にもう騎士学校は卒業したんだから、ベアトリーチェの姿でも構わないはずだ。綺麗な色を無粋な黒で染め上げるのはどうかと思う」
「僕はベネとして仕事を引き受けたんだけど」
文句を言えば、少しくらい構わないはずだとルークは呟く。
「俺の妻になる気はないかベアトリーチェ」
「本当、物好きだよねルークって。王子の妻って面倒そうだし嫌だよ」
挨拶のように軽い態度で口説いてくるから、本気かどうかすらわからなかったので同等の軽さで答える。
「まぁ面倒事はあるだろうが、俺はお前が騎士をやりたいなら止めない。その意志を尊重していかなる時もその美しさを愛でてやる」
「はいはい、ありがと」
ルークの手からリボンを取って、ブレスレットを付け直す。
私の適当な態度に、少しルークは不満そうだった。




