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【2】身代わりの私

「クライス、どうして女の子の格好なんかしてるの! すぐに着替えてきなさい! あなたはこのルカナン家の大事な跡取りなんですよ!」

 母様はいつだってそうだ。

 私がベアトリーチェだと主張しようとすると、怒る。


「母様、私はクライス兄様じゃなくて、ベアトリーチェです!」

「わけのわからないことを言わないの。そこのあなた、クライスを着替えさせて」

 必死の訴えは、いつだって母様の耳には届かなかった。


「かしこまりました。行きましょう、クライス様」

 気の毒そうな目を向けるくせに、メイドが母様に逆う事はない。

 私とクライス兄様は、目も髪の色も顔だちも。

 歳だってまるで違うというのにだ。


「母様しっかりしてよ! 兄様は死んだんだよ!」

「……」

 真実を訴えれば、母様は聞こえないふりをする。

 いつだって、私の――ベアトリーチェの声は母様の耳には届かなかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「奥様は心を病んでしまっているのです。どうか奥様のために我慢してくださいませ、クライス様」

 メイドが言い聞かせるように、私に少年用の服を着せてくる。

 金色の髪を結って黒髪のかつらを被せ、この国では高級品にあたる魔術道具を使ってまで、私の瞳を青から黒に染める。

 この屋敷では誰もが私を兄の『クライス』として扱っていた。


 鏡に映った黒髪黒目の私は、幼い頃の兄様にすら似ていない。

 私は母様に顔立ちがよく似ていて、自分でいうのもなんだけど顔は整っていると思う。可愛いというよりは綺麗目の顔立ち。

 対する兄様は父様に似ていて、くっきりした目鼻立ちが多いこの大陸にしては珍しく、薄めで人のよさそうな顔立ちをしていた。


 母様は、兄様がいなくなってからおかしくなってしまった。

 娘である私を、全く似てもいないのに、クライス兄様だと思い込むようになったのだ。

 

 母様は、黒髪に黒目が大好き。

 この世界には元々ない、異世界からの客人であるトキビトだけが持つ色。

 私の曽祖父はトキビトだったらしく、兄様はそれを受け継いで黒髪に黒い瞳をしていた。


 元々母様は、父様ではなく別の人に恋をしていたらしい。

 黒髪黒目のトキビトであるヤイチ様。

 トキビトはこの世界で基本的に歳をとらなくて、彼は代々の王に使える謎めいた騎士だった。


 ヤイチ様に昔助けられたことがあるらしく、母様はヤイチ様に強い憧れを抱いていた。

 美人だった母様は、ヤイチ様に猛アタックをかけたらしいのだけれど相手にもされなかったらしい。

 ならせめて、ヤイチ様みたいな黒髪に黒目で、王の騎士になれる男の子が欲しいと思ったようだ。


 そんな母様にベタ惚れだった父様は、祖先にトキビトがいるから、私の子なら黒髪黒目の子が生まれるはずだとプロポーズをした。

 そんなプロポーズはどうなの?と思うけれど、母様はそれならばと、本当に父様と結婚してしまった。


 そして生まれたのが私の兄様『クライス・ファン・ルカナン』だ。

 お母様の執念がそうさせたのか、黒髪に黒目。

 それでいて兄様は、子供とは思えないほどに頭がよくて、それでいて剣術の才能も持っていた。


 ルカナン家は結構な名門の一族で、王宮に何人も召し上げられていたけれど、文官ばかりで、武官は少なかった。

 領地内には有名な騎士になるための学校があるのに、それはどうなんだと一族は前々から悩んでいた。

 だから兄様は、ルカナン家から出る、久々の騎士候補として成人前から注目されていた。


 ルカナン家の曽祖父はトキビトで、かなりの腕前を持つ刀の使い手だった。

 けれど、その技を受け継いだのは彼の子供の中でたった1人だけ。

 兄様にとっては祖父にあたるその人に剣術を教えてもらい、兄様はめきめきとその才能を開花させていった。


 けど、兄様は事故で死んでしまった。

 騎士学校に通っていた兄様は他国への交換留学をして、その先で魔獣という化け物に襲われ、行方不明になってしまった。

 行方不明と言ってもほとんど死亡扱いで、他の留学生たちは遺体の一部が見つかっていたから、兄様も魔獣に食べられてしまった可能性が高い。

 血だらけの兄様の服の切れ端だって、見つかっていた。

 

 他の留学生の親たちは、死亡届を出していたけれど、兄様を溺愛していた母様は、頑なにその死を認めようとしなかった。

 気持ちはわかる。

 私だって兄様が死んでしまったと聞いて、呆然としたし、悲しかったから。

 兄様と私は歳が9歳も離れた兄妹で、幼い妹の私を可愛がってくれていた。


 母様は兄様がいなくなって、壊れてしまった。

 兄様は賢くて才能があって、黒髪に黒目で。

 何でもお母様のいう事を聞いてくれる、理想の息子だった。

 兄様の死に堪えられなかったんだろう。

 兄様が死んで半年ほどしたあたりから、母様は私を兄様だと思い込むようになった。

 娘である私の存在は母様の中から消えてしまった。

 当時7歳だった私はかなり混乱した。

 幼くても、自分が『ベアトリーチェ』で、兄の『クライス』じゃないことくらいはわかる。


 そんな私に、父様は兄様の代わりをしてくれとお願いしてきた。

 男の子としてふるまい、兄様としてすごす。

 それは『ベアトリーチェ』がいらないと言われたように思えた。


 嫌だと言ったけれど、拒否権なんてなくて。

 私は王都に近いルカナン領から離れた、バティスト領に母様と共に追いやられた。

 兄の『クライス』としての振る舞いを叩き込まれ、母様によって王の騎士になるための教育を施されながら、男の子として過ごす日々。


 母様がいないところでは、乳母が私を慰めてくれるけれど、それでも辛いものは辛い。

 そんな生活がもう3年ほど続いていて、私は10歳になっていた。


「母さん、僕のこと呼んだ?」

 着替えを終えて話しかければ、母様が駆け寄ってくる。

「あぁクライス! 探したのよ! いい教材が手に入ったの。今からこれでお勉強をしましょう!」

「……わかったよ、母さん」

 適当に母様に付き合って、そのままの姿で街に出る。

 屋敷は息が詰まってしかたなかった。

本日は後1回投稿できそうなので、夕方投稿します。

★2016/10/3 読みやすいよう、校正しました。

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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