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【19】騎士学校に入学しました

 真新しい制服に身をつつめば、心が引き締まった気がする。

 私は騎士学校の生徒になり、無事にヴィルトも合格して、しかも一緒のクラスだった。

 そこまではいいのだけど。

 ……何故かチサトも同じクラスにいた。


 チサトは一年生として、私やヴィルトと同じ学年だった。

 前のクライス兄様とあわせると四回目の一年生になってしまうのだけれど、記憶喪失だからということで、三回目扱いになっている。

 どうにか入学したものの、やっぱり異世界人であるチサトに、こちらの世界の勉強は難しかったのかもしれない。


 一日目の授業の説明が終わって、チサトが校内を案内してくれると言ってきた。

 校内は結構広いし、設備が行き届いている。

 図書館に入れば圧倒的な本棚の数に、まるで本の国に迷いこんだみたいだと思った。鍛練場もいくつかあって、好きなようにつかっていいらしい。


「おい、クライス。校舎の入り口に戻ってきてるぞ。音楽室に案内してくれるんじゃなかったのかよ」

「おかしい……こっちで当たっていたはずだ。音楽室はいつの間に場所が変わったんだ」

 一緒についてきたヴィルトに、チサトが答えながら首を傾げている。

 チサトが方向音痴なのは、私もヴィルトも知っていたので、こうなるのは予想できていた。


「いや絶対場所は変わってないから。お前に任せてたら、一生辿りつけねーよ。というか、騎士の学校なのに音楽も習うんだな」

「音楽隊もいるから当然だ。それくらいも知らないのか。それとそっちじゃなくて、こっちだ。勝手に歩くな」

 本当の事を口にしたヴィルトにカチンときたらしく、チサトが棘のある口調で言い返す。

「悪かったな知らなくて。あとそこさっきも通ったから。お前いい加減方向音痴なの自覚しろよ!」

 ヴィルトもまたそんなチサトの態度に苛立つように、言い争いをはじめてしまった。


 全く二人とも喧嘩ばかりだなと思う。

 しかし、昔からの光景なので慣れた。

 けど、チサトが被り物をしないで喋るようになった分、嫌がらせの応酬から、言い争いになっただけ平和だと思うことにする。


「それにしても兄様。僕たち注目されてる気がするんだけど、気のせいかな」

「最年少の十五歳で入学してくるのは珍しいからね。ここの試験大人でも落ちるし、しかも二人もいるっていうのがさらに注目されちゃってるんだ。ヴィルトはともかくベネの実力なら、絶対受かるとは思っていたけど。ちょっと複雑な気分だよ」

 ヴィルトとチサトが言い争いをする前から、視線は感じていた。

 尋ねれば、チサトが説明してくれる。

「クライス、お前俺とベネに対する態度違いすぎるだろ。ベネ、お前の兄さんどうにかしろよ!」

 よく頑張ったよねと私の頭を撫でながら柔らかい声を出すチサトに、ヴィルトは不満顔だ。


 はっきり言って、チサトはヴィルトに対するときだけ態度がキツイ。普段優しい感じの喋り方なのに、突き放したような言い方になる。敵対心があからさまにむき出しだ。

 ヴィルトの方は、昔悪ガキだったけれど最近では落ち着いていて。

 私の兄である『クライス』とも仲良くしようとしてる傾向が見られるのだけど、チサトの態度に釣られて、毎回喧嘩してしまう感じとなっていた。


「まぁまぁ二人とも。今日はこの辺りにして帰ろうか」

「何だよその呆れたような言い方! 別に俺が喧嘩しかけたわけじゃねーだろ!」

 二人の肩に手を置けば、ヴィルトが抗議してくる。

「ヴィルト、ベネを困らせるな」

「お前が困らせてるんだよ!」

 そしてまたチサトとヴィルトがにらみ合う。

 全くこの二人ときたらと呆れていたら、校門方面がざわついていた。


「三人とも丁度よかった。お迎えにあがりました」

 シンプルな普段着を着たヤイチ様が、私達に声をかけてきた。

 王の騎士であるヤイチ様の事は、騎士学校でも皆が知っているのだろう。周りの生徒たちがヤイチ様に向ける視線には、尊敬とかそういうのが見て取れる。

 そんな彼が迎えにきてる私達にも、自然と好奇の視線が注がれていた。


「げっ」

「……」

 隣を見ればヴィルトが嫌そうに声をあげ、チサトも無言で思いっきり顔をしかめている。

 どちらも息があったように、嫌な人にあっちゃったよという顔をしていた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「ベネ、学校はどうですか。やっていけそうですか?」

「はい。皆親切ですし、兄様もヴィルトもいますから」

 私の言葉に、よかったと言うように横を歩くヤイチ様が微笑む。

 その後を着いてくるヴィルトとチサトは、物凄く嫌そうな顔をしていた。


「二人とも、何でそんな顔してるの」

「……家に居ないときは顔合わせたくなかったなって思っただけだ」

「面倒な人に会っちゃったなと思っただけだよ、気にしないで」

 尋ねればヴィルトとチサトがそれぞれ答える。

 散々な言い草だ。

 ミサキがヤイチ様に憧れていると思っているヴィルトは、なんとなく理由が見えてこないでもないけれど、チサトがヤイチ様を嫌がっている理由がよくわからなかった。


 どうやらヤイチ様がわざわざ迎えにきたのは、私が学校でやっていけそうかどうか聞くためだけだったらしい。

 用事は済んだけれど、お茶でも飲んで言ってくださいと屋敷に案内された。

 ヤイチ様の屋敷は少し変わっていて、屋敷の上に作りものの金の魚が乗っている。

 他にもよくわからない置物がいっぱいあった。


 ニホンの建物を模して作ったんですよとヤイチ様は言う。

 こんなところにチサトはあちらの世界で住んでいたのかと、ちょっと奇抜なセンスに驚いていたら、実際にはこんなんじゃないからとチサトが小声で耳打ちしてきた。


 通された応接間で、ヤイチ様と向かい合う形で座る。私を挟む形でヴィルトとチサトも横に腰を下ろした。

「お茶、ありがとうございました。帰ろうベネ」

 出された熱いお茶を、かなり速いペースで飲みきって、チサトがそんな事を言ってくる。

 早くこの場から立ち去りたいと思っているのがまるわかりな態度だった。


「今来たばかりだよ兄様?」

「そうだよ。もっとゆっくりしていけ」

 私の言葉にヴィルトが同意する。ヴィルトの場合、チサトを歓迎しているというよりヤイチ様とふたりっきりが嫌なんだろう。


「そうですよクライス。私たち、特別な間柄ではありませんか。一刻くらい付き合ってください」

 寂しげで、それでいて甘えるかのような含みのある声。

 思わずヴィルトとチサトの方を見た。

「……嫌です。あとそういう言い方は迷惑なんでやめていただけますか」

 立ち上がったまま、ヤイチ様に視線を向けるチサトの声は冷たい。

 二人の間に妙な空気が漂っていて、戸惑う。


「ヴィルト、この二人何かあったの」

「いや知らねーよ。ベネの兄さんだろ」

 小声でヴィルトと会話しあう。

 それに気づいたのか、ヤイチ様が私達に顔を向けた。


「実はですね、ここにいるクライスは私のお」

「一刻くらいなら! ……付き合います」

 嬉々とした様子で語りだそうとしたヤイチ様に慌てるように叫んで。チサト嫌そうにソファーに座りなおした。

 ありがとうございますと口にしたヤイチ様は、嬉しそうで。

 何か弱みでも握られてるみたいだなと、ヴィルトと視線を交し合う。

 優しそうな顔をしているけれど、ヤイチ様は結構策士というか、黒い気がしていた。


 「お」で始まる何かか……ちょっと気になるなと思っていたら、ヤイチ様が久しぶりですし手合わせしてみませんかと言ってきた。

「いいんですか!」

「駄目です」

 喜んだ私に対して、駄目と言ったのはチサトだ。


「もちろん手加減はしますし、少し様子を見るだけですよ?」

「嫌です」

 ヤイチ様に対して、きっぱりとチサトが断る。

 ヴィルトがそれに対して、怖いもの知らずだなと小さな声で呟いてるのが聞こえた。


「しかたありませんね。なら、クライスが手合わせしてくれるなら諦めてもいいです」

 これ以上は譲れないというように、にこにことヤイチ様はチサトに笑いかけている。

 その眼差しがなんだか期待に満ちているように見えた。

 対するチサトはちょっと唸って考え込んだようだったけれど、わかりましたと了承した。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「へぇ、クライスやるじゃん」

 目の前ではヤイチ様とチサトが刀を交し合っていて、ヴィルトがそれを見て感想を呟く。

 確実にヤイチ様が手加減してるとは思うけど、かなりいい感じのやりあいに見えた。


 こうやって客観的に見ても、二人の刀のスタイルはよく似てる。

 チサトが技をかければ、それよりも精度が高い同じ技をヤイチ様が意図的に返しているように見えた。

 それでいてヤイチ様が物凄く楽しそうだ。

 チサトが手合わせしてもいいと言ったとき、本当ですか!と珍しく興奮した様子だったし、そもそもの狙いはこっちだったんじゃないかと思えるほどだ。


 帰り道に何でヤイチ様とあんなムードだったのか聞いてみれば、チサトは驚くような事を口にした。

「あの人、同じ血筋……たぶん僕の先祖なんだ」

「へっ?」


 以前、私が人攫いにあいそうになった時、ヤイチ様は二刀流を駆使して戦っていたとの事だ。

 それはチサトと同じ流派の、家を継ぐ長男にしか受け継がれてないもので。チサトがそれに気づいたように、ヤイチ様も二刀流を使うチサトを見てそれに気づいてしまった。


「僕の名前はカザミチサトだし、同じ姓だから間違いないと思う」

「じゃあ、ヤイチ様にはチサトがクライス兄様じゃないってことがばれてるの!?」

 道には人影があまりなかったけど、しぃっとチサトがたしなめてくる。

「そうなるね。でも、そこについては何も言ってこないよ。僕はヤイチの残してきた弟にうり二つらしいんだ」

 チサトは本当面倒なことになってるんだと、溜息を付く。


「あちらの世界に残してきた弟が、トキビトとしてこの世界にやってきて。記憶喪失になったんじゃないかって思ってるみたいなんだ。まいったよ」

 チサトがルカナン領に帰ってきてからというもの、ヤイチ様はよくチサトの元に来るようになったらしい。

 しかし実際には、チサトはヤイチ様よりもずっと後の生まれなので、おそらくヤイチ様の兄妹の子孫だろうとの事だ。


「それで友達になりましょうとか言われて、付きまとわれてる。結構頻繁に遊びに誘ったりしてくるんだ。あの人、ほんわかしてるようで油断ならない。ベアトリーチェを騎士にしようとそそのかしたのもヤイチだしね」

 そう言ったチサトは、ヴィルト以上にヤイチ様を警戒しているようだった。

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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