【16】幼馴染と王の騎士
「俺、王の騎士になる」
いきなりヴィルトがそんなことを言い出して、思わず目を瞬かせる。
「えっ、本当に本気なの?」
「あぁ。そう決めた」
ヴィルトの決意は固いようで。
まるで、チサトから想い人を攫ったという『ヴィルト』に近づいているみたいで、ドキッとした。
両親との旅行が終わった頃にヴィルトの屋敷を訪ねてみたら、ヴィルトは不機嫌そのもので。
開口一番、王の騎士になるなんて宣言してきたのだ。
「一体何があったの? 旅行、楽しかったんじゃないの?」
戸惑いながら尋ねれば、ヴィルトはこの数日にあったことを教えてくれた。
あの旅行はヴィルトを屋敷から遠ざける目的のために、仕組まれたものだったらしい。
ヴィルトがいない間に現れたトキビトが、ミサキを元の世界に帰そうとしたのだと、ヴィルトは怒りを滲ませながら口にした。
一瞬思い浮かんだのはチサトの事だったけれど、まだチサトはこの領土に帰ってきてなかった。
「好きだから帰るなって俺が告白してるのに、ミサキはいつかは帰るって言って聞かないんだ。それも全部あのトキビトが、ミサキに変なこと吹き込んだせいだ」
「……それでどうして王の騎士になるって話になったの?」
よく聞いてくれたというように、ヴィルトは私を真っ直ぐ見つめてきた。
「結婚してくれって言ったら、ミサキは王の騎士くらい強い人じゃないと嫌って言ったんだ。多分あのトキビトの影響なんだと思うけど……俺、絶対王の騎士になって、あのヤイチって奴をミサキの前でやっつけるんだ!」
ぐっとヴィルトは拳を握りしめる。
どうやらヴィルトの家に現れたのは、ヤイチ様のようだった。用事があると言ってたのはこのことだったらしい。
ヴィルトはミサキの前でヤイチ様にこてんぱんにされたらしく、闘争心むき出しだった。
「あのさヴィルト、水を差すようで悪いけど、王の騎士ってなるのかなり難しいよ? そもそも今のヴィルトの学力じゃ、騎士学校に入るのだって難しいと思うけど」
「どうにかする。お前も王の騎士目指してるんだろ。だからこうして勉強教えてくださいって、頭下げてるんだろうが」
意思の宿った強い瞳で、ヴィルトは私を見つめてくる。
「僕は王の騎士を目指すなんて言ってない。母様が勝手に言ってるだけ」
「それでもベネは、騎士になるため勉強してるだろ。頼む教えてくれ」
ヴィルトが頭を下げてお願いしてくる。
うっと私は言葉に詰まった。
親友であるヴィルトの頼みは、できるだけ聞いてやりたい。
けど、ヴィルトが王の騎士になることを手助けするということは、チサトから想い人を奪う『ヴィルト』を作り上げる事になってしまうんじゃないだろうか。
「なぁ、頼むよベネ。俺どうしても、ミサキを元の世界へ帰したくないんだ」
切ない顔をヴィルトはしていた。
ミサキが好きで好きで、たまらないんだと訴えてくる。
その気持ちは、私にもわかるような気がした。
元の世界へ、帰したくない。
私だって、チサトに対してそんな思いを持っていたから。
でも私はチサトの望みだって叶えたかった。
想い人のミサキについて語るとき、チサトは慈しむような顔をするのだ。
そんな顔を見るたび、胸がちくちくと痛んだ。
「……ごめん」
謝ればヴィルトが目を見開く。
「なんだよ、駄目なのかよ」
私なら協力してくれると、信じて疑ってなかったんだろう。
もう一度謝れば、ヴィルトは裏切られて傷ついたかのような顔になる。
「もういい! ベネになんか頼まねぇ!」
その日私は、久々にヴィルトと喧嘩してしまった。
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「ベネ、何かあった?」
「えっ?」
チサトが帰ってきて、普段どおりにしていたはずなのに、いきなりそんな事を言われて戸惑う。
「ううん、別に。いつも通りだよ?」
「そう? 落ち込んでるような気がしたんだけど」
なんでチサトにはわかってしまったんだろうと、ドキッとする。
顔をあわせた母様や父様、おじいさまも気づかなかったというのに。
「それよりも兄様、試験合格あらためておめでとう! これから本当にチサトはクライス兄様になっちゃうわけだけど、大丈夫そう?」
「うん、知り合いもいないからちょっと不安なんだけどね。注目も浴びちゃってるみたいだし……」
明るくそういえば、チサトは疲れたような顔をした。
どうやら色々質問攻めに会ったらしく、対応が大変だったみたいだ。
「でも、やるって約束したことだから、学校を卒業して騎士になって見せるよ」
「さすが兄様だね」
優しく頭をなでられながら、そんなことを口にする。
「……ベアトリーチェは髪が伸びたね」
「うん。髪伸ばして、ヤイチ様みたいに後ろでくくろうと思って。チサトのリボンを使うつもりなんだ」
最近の私はカツラではなくて、魔術で髪を黒く染めている。
髪はそのまま伸ばして、チサトから貰ったリボンで縛るつもりでいた。
「僕は女の子の姿をしたベアトリーチェに使って貰いたくて贈ったんだけど」
「あっ、ごめん。でもちゃんと女の子姿の時も使うよ! 普段のベネの時もチサトから貰ったリボン使いたくて、わざわざ髪伸ばしてるんだから!」
残念そうにチサトが呟いたので、慌ててそういえば、チサトは嬉しそうな顔になった。
「そんなに気に入ってくれたんだ?」
「うん! チサトがはじめてくれたプレゼントだからね。ってちょっとチサト、髪がぐしゃぐしゃになるよ!」
「ごめん。ベアトリーチェが可愛い事いうから、つい」
反省してるみたいにいいながら、チサトはやっぱり私の髪を撫でる。
もはや癖みたいになっていた。
「そうだ。今からミサキに、騎士学校の試験合格したって報告しにいくけど、一緒に行かない?」
「……私はやめとこうかな?」
私が断るとは思ってなかったんだろう、チサトは驚いたような顔になった。
「もしかして、ベアトリーチェが変なのってヴィルト絡みなの?」
いつだってチサトが誘えば、私は着いていった。
それで不審に思ったらしいチサトは、ヴィルトと結びつけて顔をしかめる。
「いや別にそんなことないよ。ただそんな気分だっただけ」
「ベアトリーチェ、僕に嘘なんてつく必要はないよ。ほら、言ってごらん」
チサトは優しく諭してくる。
「……ヴィルトと喧嘩したんだ」
そういう風にされてしまうと弱くて、口にする。
やっぱりというような顔をチサトはした。
「それで原因は?」
「ヴィルトが王の騎士になりたいって言い出して、勉強教えてくれって頼んできて。それで、いいよって言わなかったから、ヴィルトが怒ったんだ」
ポツポツと答えれば、チサトは首を傾げる。
「どうして教えてあげようと思わなかったの? 時々ベネは、ヴィルトと勉強することもあったよね。何か理由があるんだろ?」
黙り込んだ私をせかすでもなくソファーに座らせて、チサトは横でじっと喋りだすのを待ってくれる。
「ヴィルトに勉強を教えて王の騎士にしちゃったら……チサトが困るから」
「……僕のために悩んでくれたの?」
俯いて言葉にした私の横で、チサトがそんな事考えもつかなかったというように呟く。
頷いて、チサトを見れば私に優しい目を向けていた。
「駄目な、兄だな僕は。ベアトリーチェが僕のせいで苦しんでるのに、それが嬉しいなんて。友達のヴィルトと喧嘩してまで、僕のことを想ってくれたんだね」
誰かが自分のためにそこまでしてくれるなんて思わなかった。
そう呟いて、まるで宝物を大事にしまうようにチサトは抱きしめてきた。
「ヴィルトが王の騎士になって、ミサキをあちらの世界の僕から奪うまで。僕はミサキを元の世界に連れ帰らない。だからベアトリーチェがヴィルトと喧嘩しなくていい。ヴィルトに勉強を教えてあげるといいよ」
「どうして? 兄様はそれでいいの? ヴィルトが王の騎士になったらミサキ取られちゃうんだよ!」
決めた事のようにそう言うチサトから体を離し、肩をつかんで訴える。
チサトはちょっと難しい話になるんだけど前置きして、話しだした。
「行方不明になってたミサキは、王の騎士になったヴィルトから結婚を迫られて、現実世界に戻ってきていたんだ。ここで僕が子供のヴィルトからミサキを奪ったら、あの時の僕からミサキを奪った『ヴィルト』が存在しなくなる。そしたら僕は異世界に行く必要がなくなって、今みたいにこの異世界に来ていない。矛盾が生まれちゃうんだよ」
正直、チサトの言っている意味がわからなくて首を傾げる。
「タイムパラドックスっていうのかな、こういうの。まぁつまり、ヴィルトが王の騎士になって元の世界の僕からミサキを奪ってくれないと、そもそも僕はここにいなかったことになるんだ」
難しい顔をしてる私を見て、ややこしい話だよねとチサトは笑った。
ヴィルトが王の騎士になって、ミサキを元の世界のチサトから奪ったから、チサトは異世界までやってきた。
けどもし今チサトが何かして、ここにいるヴィルトが王の騎士にならず、そもそも元の世界のチサトからミサキを奪ったりしなければ。
あちらの世界のチサトは、行方不明になっていたミサキと幸せにくらして、この異世界にくることはない。
そしたら、今のチサトはここにいなくて、最初からおかしなことになってしまう。つじつまが合わなくなる。
考えれば考えるほど頭が混乱してきそうだったので、なんとなくで噛み砕く。
「だからずっと、チサトはミサキに正体を明かそうとしなかったの? それを言ってくれれば、ミサキに正体を明かせって私だって言ったりしなかったのに」
だとしたら悪い事したなぁと思っていたら、チサトは首を横に振った。
「いや、何度も正体は明かそうとしてたし、最初はそんなの関係なくミサキを連れ帰ろうとしてた。ミサキを傷つけて一度手放したお前になんか、返してやらねぇ。俺が責任持って幸せにしてやるから、安心して指をくわえてろ。そんなこと言われるとさ、やれるもんならやってみろって喧嘩売られてる気になるでしょ?」
ミサキを奪って行った『ヴィルト』の台詞を、チサトは根に持っているかのように口にする。
「あいつの言う通りに、ミサキがヴィルトの側で幸せそうにしてるのを、ただ眺めてるなんて癪だった。本当にミサキが欲しいなら、子供の俺からミサキを奪ってみろって、挑戦状を叩きつけられてる気分でいたんだ。本当に好きならそれくらいできるだろって言われてるみたいだった」
毎日のように、今日こそはとチサトは気合を入れて、ミサキの元へ行っていたらしい。
「それにこれはチャンスだとも思った。ミサキを元の世界に連れ帰って、現実がどんな風に変化するのかはよくわからない。でも、きっと僕の目の前から、ミサキが二度もいなくなった過去は消え去る気がした」
でも、できなかったんだとチサトは口にする。
「僕のせいで異世界へ行ってしまったミサキは、もう五年以上ここで過ごしてる。トキビトは帰ろうと思えばいつだって帰れるのに、自分の意志でここに残ってるんだ。どんな顔して会えばいいかわからないし、あの頃の僕は手を伸ばして……拒絶されるのが怖かったんだ」
意気地なしだよねとチサトは笑った。
まるで過去の話をしてるかのように語っているのが気になった。
「それはもう大人のヴィルトの言う通りに、ミサキを諦めるってこと?」
「そうじゃないよ。あいつが王の騎士になって、元の世界の僕からミサキを奪い取るまでは側で見届けてやるのを決めただけ。でも大人しく黙ってるのは嫌だから、ミサキにアタックはしていくつもりだよ。チサトだって事は隠して、とりあえずはクライスとしてね」
私の問いかけに、チサトは答える。
ヴィルトを試してやるといわんばかりに、好戦的な口調だった。
「いずれ自分からミサキを奪って行く相手を育ててるようで嫌だけどね。でも、あの『ヴィルト』がいないと、今の僕はここにいない。そこに、今までこだわりはなかったんだけど」
そこで言葉を切って、チサトが私を見つめてくる。
瞳が甘さを帯びている気がして、とくりと胸が騒ぐ。
「現実世界の僕がまた嫌な思いをしても。今の僕がミサキを連れ帰る事で、過去の僕が苦しい想いをしなくてすむとしても……今の僕が消えて、ベアトリーチェと会わなかったことになるのは、やっぱり耐えられないから」
まるで自分の意志を確認するかのようにゆっくり言葉を紡いで、チサトは私の頭を撫でてくる。
チサトの話は難しくてところどころわからなかったけれど。
私に向けてくる目はこちらを甘やかすかのように、優しくて。
大切にされているということだけは、その視線や態度でわかるから嬉しくなる。
「まぁつまりは、ヴィルトに王の騎士になってもらわないと困るってこと。だから、ベアトリーチェがヴィルトと喧嘩する必要なんてないんだよ」
この選択が大人の『ヴィルト』の思惑に乗ってる気がして、なかなか言えなかったんだとチサトは口にした。
チサトはソファーから立ち上がり、私の手を引いて立たせると抱きしめてくる。
「ありがとうベアトリーチェ。ヴィルトのお願いより、僕の事を考えてくれて嬉しかった。でも大好きなヴィルトと喧嘩するのは、やっぱり辛かったよね」
「うん……でも、やっぱりチサトには幸せになってほしいから」
答えれば頭の上で、チサトが小さく息を飲んだような気配がした。
顔をあげると、慈しむようなチサトの目と視線が合う。
「どうして、僕に優しくしてくれるんだ? 僕はベアトリーチェには、情けない姿しか見せてない。幼い頃のミサキにしたように、好かれるように行動した覚えもないのに」
「私、チサトの情けないところ嫌いじゃないよ。ミサキに中々声かけられないところとか、もうちょっと頑張ればいいのにって思うけど、声かけられないチサトがチサトらしいなって思うから」
わからなくて戸惑っている様子のチサトに、思っていることを素直に伝える。
「あれが僕らしいって……情けないってところを否定はしてくれないんだね」
するとチサトはちょっと傷ついた顔になって、落ち込んだ。
沈んだ声色を出すチサトが、なんだか可愛い。
「チサトがどんなに情けなくたって、格好悪くたって、私はチサトが好きだよ。だって駄目なところがあったって、チサトだと許せるもの」
「……それがよくわからないんだ。何もしてないのに好かれるなんてありえないし、僕はそんなにいい人間でもないんだよ」
チサトの考え方は物凄く後ろ向きだと思う。
自分に関する事は特に。
「チサトは刀も扱えるし、異世界からきたのに二年半で騎士学校の入学試験まで解けるようになったでしょ。そういうとこ凄いと思うよ!」
「刀を扱えるようになったのは、家が道場でそうしないと僕の居場所がなかったからだ。試験もそう。ここにいるためにやっただけなんだよ」
褒めたのに、チサトは相変わらず暗いことを言う。
「例えそうでも頑張ったのはチサトだよ。チサトって、自分のやったこと褒められても、まるで自分が褒められてないみたいに言うよね。ヴィルトなら、俺は頑張ったからな! くらい言うよ?」
あまりにもネガティブなチサトに呆れながら、ヴィルトのマネをする。
「あいつは自分のやりたいことをやりたいようにやってるからだ」
はぁと溜息をついてチサトは吐き捨てた。
「チサトは自分のやりたいことをやりたいようにやってないんだ?」
そのままチサトが言ったことを返せば、チサトは思いも寄らないことを言われたかのように目を見開いた。
「……ベアトリーチェの言う通りだな。家に置いてもらうために、今度は異世界で暮らしていくために。状況に流されて受け入れるだけで、僕が自分で決めてやりたいように行動したことは、なかったかもしれない」
チサトは考え込んでから、そうぽつりと呟く。
「なら、チサトが好きなようにやったらいいと思うよ。そしたらチサトも、褒められて嬉しくなれるでしょ?」
「あぁそうだね……そうしてみようかな。ありがとう、ベアトリーチェ」
私の言葉にチサトはお礼を言って、髪を撫でてくる。
「ベアトリーチェはいつも僕が欲しいものをくれるよね」
「何もあげた覚えはないよ?」
「ベアトリーチェのそういうとこも、好きだな」
首を傾げれば、くすっとチサトは笑う。
さりげなく好きだといわれて、嬉しくなってしまう。
「私もチサトが好きだよ。私が望んでチサトが異世界からやってきてくれた日から、ずっと好き」
好きといわれたら好きと返したくなってそう言えば、チサトは面食らったような顔をして、左下に視線を逸らした。
「……それ、最初会った日にも言ってたよね。どういう意味なの?」
少し硬い声色は、不機嫌なときとも似てるけど、多分照れ隠しなんだと思う。
「チサトが私の前に現れた日、ヴィルトが言ってたの。ヴィルトが望んだから、世界を超えてミサキはやってきたんだって。だから私もチサトを望んだら、本当に目の前に落ちてきたんだよ」
説明すればチサトは私を見て眉を寄せ、よくわからないというように首を傾げた。
「僕を……望んだ? それってどういう事?」
「私にも心配して、想ってくれる誰かがいたらいいのにって、願ったの。あと兄様に帰ってきて欲しいって思った。そしたらチサトがきてくれた」
ぎゅっとチサトの体に顔を押し付ける。
チサトの香りは爽やかで優しくて、なんだか落ち着く。
「そっか。僕は……ベアトリーチェに望まれて、ここにいるんだね」
しばらくして、やわらかく噛み締めるような声が、頭上から降ってきた。
まるで声が泣いているみたいに聞こえて、心配になってチサトを見上げる。
チサトは泣いてなんかいなかった。
柔らかくそれでいて、凄く幸せそうに私を見つめて微笑んでいて。
初めて見るその表情に。
――胸の奥がとくんと音を立てた気がした。
その瞬間に、チサトが好きだなって改めて思った。
けどその好きは、かぼちゃが好きとか、猫が好きとか。
おじいさまが好きとか、友達のヴィルトに対する好きとも違うんだって、理解する。
――この好きはチサトだけの、特別な『好き』なんだ。
そう私は気づいてしまった。




