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【15】この先の選択

 ぽかぽかとした春の陽気が心地いい朝。

 うっかり早起きしてしまった私は、かなり退屈していた。

 窓の外をぼーっと眺める。


 チサトが『クライス兄様』として過ごすようになって、二年半。

 ずっと家に引きこもっていた母様は、今では外出もするようになり、その言動にも変なところはみられなくなっていた。


 相変わらず『ヤイチ様』や『クライス兄様』の絵を描いているけれど、それはおかしくなる前からの事だと父様には言われた。

 あれが母様にとっての普通らしい。

 最近では『ベネ』の絵もそこに加わって、それがちょっと嬉しかった。

 

 母様もよくなったし、チサトの勉強も騎士学校へ復学してもギリギリ問題ないレベルまで上がっていた。

 正直に言うと、父様はチサトがそこまで勉強ができるようになるとは期待してなかったらしい。


「歴史や語学とか、マナーは苦手なんだけど、騎士自体に関する教科はなぜかすらすらと頭に入ってきたんだ。前にもやってることを復習してるみたいな、変な感覚っていうか……文字も最初から読めたし、何なんだろうね?」

 そうチサトは言っていて、自分でも不思議そうにしていた。


 後半年すれば、チサトは騎士の学校へ進学する。

 その復学の試験を受けに、父様やおじいさま、それに母様と一緒にルカナン領に戻っていて、結構前から屋敷にはいなかった。


「暇だなぁ……」

 バティスト家に行ったところで、ヴィルトも今日から両親と旅行だ。

 ヴィルトにはミシェルというかなり病弱な兄がいて。

 ミシェルに構いっきりの両親と、ヴィルトが旅行に行くのは初めての事だった。


 体が少し成長してきたためか、ミシェルは前よりちょっと健康になっていた。

 前はまるで挨拶のように吐血して私を驚かせていたけれど、最近では三回に一回くらいしか吐血しない。

 棺おけに頭以外浸かってるような体調が、今では体半分くらいは出てる感じだ。

 それで少しくらい留守番させても平気だろうという事になったらしい。


 ヴィルトはいなくても、ミシェルはいるんだよね。

 ミシェルと遊ぶ……いや、それはやめとこう。

 家に引きこもってばかりのミシェルには、私以外に人間の友達がいない。

 人間のと断るのは、ミシェルがいつも不気味な人形を持ち歩いて友達と言い張っているからに他ならない。

 喋るし会話もできるんだよとミシェルは言うけれど、怪談はお断りだった。


 しかたないのでとりあえず庭で素振りをしていたら、屋敷に誰かがやってきたみたいで、馬車が門の前で止まった気配がした。

 屋敷の外に出てみれば、そこにはヤイチ様が立っていた。


「お久しぶりですね、ベアトリーチェ。ちょっと近くに用事があったので寄ってみました」

 そう言ったヤイチ様は、仕事で来たわけじゃないらしく騎士の格好はしてなかった。


「刀の稽古の途中でしたか。丁度いいですね。一度手合わせしてみませんか?」

「いいんですか? お願いします!」

 何が丁度いいのかはわからなかったけれど、暇を持て余していたので元気よく返事をする。

 王の騎士と手合わせできるチャンスなんて、めったになかったし、ヤイチ様が本当に強いのか知りたかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「それではかかってきて下さい」

 ヤイチ様が練習用の木刀を構え、そんなことを言ってくる。

 じゃあ遠慮なくと切りかかれば、半身になってかわされた。

 次々と繰り出す攻撃は、受け止められるというよりも力をすっと流されてしまう。


「脇が甘いですよ」

 すっと寸止めで攻撃してくるヤイチ様のその型は、なんとなく頭で次はこうくるなというのが予想できるのだけれど、早さに体が追いつかなかった。

 私の攻撃を受け流し、そこから素早く攻撃に移るスタイル。

 重さよりも速さを重視したその剣技は、いつも手合わせしているチサトのものに驚くほどよく似ていた。


 ヤイチ様は、強い。

 それが手合わせしていてわかるくらいには、私は刀使いとして成長していた。

 肌がピリピリと張り詰めるようなほどよい緊張感と、高揚感。

 こちらの動きを先読みしてるだけじゃなくて、剣を誘導し指摘してくる。

 その気になれば切り結びながら、刀を握ってない方の手で朝食を食べることもできるんじゃないかというくらいの余裕がヤイチ様からは感じられた。


 手合わせというよりは軽く稽古をつけてもらって後、カフェに誘われてそこで朝食をとる。

 開店前だったけれど、お茶屋の店主は久々だなとヤイチ様と挨拶を交わして、奥の個室に通してくれた。


「ヤイチ様はやっぱり強いんですね! 一度もかすることすらできなかったです」

「単に経験の差ですよ。百年以上は生きてますからね」

 圧倒的な実力差の前では、ただ感心することしかできなくて、心からの尊敬を込めて口にする。

 母様が惚れ惚れするのも、初めてわかるような気がした。


「あなたの剣はしなやかで、それ自体が見ていて引き込まれるようでした。あなたの流派の本来の味は剣舞にあります。あなたの曾お祖父さんを思い出して懐かしくなりましたよ。あなたのお祖父さんであるヨシマサ殿は、剣舞よりも力で押す傾向がありますから」

「曾おじいさまとも知り合いなのですか?」

 尋ねれば、はいとヤイチ様は頷く。

 おじいさまであるヨシマサだけでなく、曾おじいさまとも刀を交わしたことがあるようだった。


「えぇ。彼は私がいた時代よりかなり昔の時代からきたトキビトで、素晴らしい刀の使い手でした。あちらではかなり有名な方なんです。この異世界で歴史の偉人と出会えるとは思ってなかったので、刀を交えた時は正直感動しました」

 興奮したようにヤイチ様は口にする。

 騎士のトップであるヤイチ様が、憧れを交えた口調で褒めるくらいだ。

 そうとうに凄い人だったんだなぁと、その反応を見て思う。

 

「話は変わりますが、クライスは騎士学校の入学希望者と一緒に復学試験を受けたようですね。死んだと思われていたルカナン家の子息が帰ってきたと、王都ではその話題で持ちきりですよ」

 予想はしていたので驚きはしなかったけれど、すでにヤイチ様の耳にも届いているあたり、やっぱり注目されてしまっているようだった。


「試験の結果を先に聞いてきたのですが、復学は認められました。次の十の月からクライスは騎士学校の生徒として学ぶことになります」

「本当ですか! よかったぁ!」

 ヤイチ様からの知らせを聞いて、心からほっとする。


 ルカナン領にある騎士学校は有名どころなため、人気もあり試験も難しいことで有名だった。

 合格するために何度も受験する者も多いのだけれど、入ったところでかなり高い基準をを満たしていないと、次の学年へ上げてもらえない。

 そのため同じ学年を繰り返すのが当たり前。

 けど、同じ学年も三回までと決まっていて、それ以上は退学させられてしまう厳しさだった。


「ただ、クライスは記憶喪失ということで、二年生から一年生へと学年が下げられました」

「そうですか。でもその方がたぶん、兄様としてはやりやすくてよかったと思います」

 学年が下がったことは全く問題なかった。

 とうとうチサトが騎士学校に入って、本格的に『クライス兄様』として振舞うのかと思うと、少ししみじみとしてしまう。


「ところで、ベアトリーチェ。あなたは今年で十二歳ですよね。将来の事は考えてますか?」

「いえ、今の所は……まだ考えてないです」

 いきなり振られた話題に少し驚きながらも答える。


 そろそろ私も将来どうするか考えなくちゃいけなかった。

 いつまでも少年の『ベネ』のままでいるわけにもいかない。

 『ベアトリーチェ』として舞踏会デビューもそろそろしなきゃいけない時期だけれど、ダンスや礼儀作法なんて一切勉強してない。

 女学校に入るか、花嫁修業にでるか。

 王城に作法を習うために仕えるという道もある。

 けどどれもいまいちピンときてなかった。


「現在この国に女性騎士は少なく、騎士学校に通っている女性もいません。騎士学校卒業の初の女性騎士になる、そういう道を選んでみる気はありませんか?」

 そのヤイチ様の誘いに、思わず目を丸くする。


「このウェザリオの女性騎士は、ほとんどがトキビトです。長い時の中で荒事になれてしまった女性を雇っているといったところですね。ですができれば私は、トキビトに頼らずとも、女性も騎士になれるという前例を作りたいのです」

「どうしてそんな事をする必要があるんですか?」

 ヤイチ様の考えを否定するわけじゃなくて、純粋な疑問として口にする。


「男性の騎士は毎年騎士団に入ってきますが、女性騎士は偶然出てくるのを待つしかないからですよ。一定数がちゃんと確保できるようにしたいのです。女性しか入れない場所も、やっぱり存在しますから」

 なるほどと納得する。


「必ず騎士にならずとも、卒業してくれるだけでいいです。ベアトリーチェとして入学しなくても、ベネの姿で構いません。卒業後に護衛をお願いすることはあるとは思いますが、考えてはもらえないでしょうか。最大限の力添えをするとお約束します」

 騎士学校に入学できる歳になったら、意思を確認しに来ますと言い残して、ヤイチ様は去って行った。

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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