【14】兄妹の似てるところ
「ありがとうございます。助かります」
ミサキの荷物を受け取って、こくりとチサトが頷く。
今日のチサトは、私とバティスト家のメイドであるミサキと一緒に街にきていた。
『クライス兄様』が空から降ってきて、2年とちょっと。
チサトはあいかわらず被り物をしたまま、ミサキに正体を明かそうとしない。
自分が兄だと言ってしまえばいいのに。
例えルカナンの家との契約があるとしても、チサトがミサキに正体を明かすことに支障はない。
ルカナン家は、チサトがミサキをこの家に連れてきた際は、結婚してもいいと先に条件を提示していた。
チサトがミサキを手に入れて後も、『クライス』として過ごすことのできる環境はすでに整っている。
この世界に『クライス』として、チサトが居ついてくれた方が、ルカナン家は都合がいいと考えてるようだった。
なのにチサトが正体明かそうとしないのは、私の従兄弟であるコーネルと、同じような理由からなんだろうなと最近では気づいていた。
トキビトは、何かしら事情を抱えてこの世界にやってくる。
あちらの世界で叶えられない夢があるとか、あちらで見たくない現実があったりだとか。
他の世界に行きたいと願うような想いがあって、この世界を訪れるトキビトがほとんどなのだと、私は知っていた。
チサトはずっと昔から、ミサキが好きだった。
けどある日、幼馴染の女の子が、チサトに好きだと告白してきたらしい。
「チサトは妹のミサキが好きなのよね。でも従兄妹で兄妹なのよ? そういうのって世間的に見てどうかと思うわ。それに、あの子もチサトのことが好きみたいだけど、それは本当に異性としての好きなのかな?」
彼女の告白を断ったら、そんな事を言われてしまったらしい。
チサトが戸惑っていたら、タイミングわるくミサキがやってきた。
幼馴染はその場で、チサトと付き合うことになったからと、ミサキに宣言したらしい。
その後で、チサトはミサキに好きだと告白された。
けれど、幼馴染の告白の後では、兄としての自分を手放したくないだけじゃないかと、チサトには思えてしまった。
――依存や執着。
ミサキの気持ちは、兄がわりの自分に対する『依存』や『執着』であって、『恋』ではないんじゃないか。
そう思ってしまったチサトは、ミサキを遠ざけるようになった。
大学に入って、一人暮らしをはじめて。
ミサキを好きになってはいけないんだと思いながら、幼馴染と付き合った。
けれど、チサトはやっぱりミサキが好きで、どうしようもなかった。
幼馴染に別れを切り出せば、最後にキスをして欲しいと言われ、そこをミサキに見られてしまったらしい。
――なんともまぁ、チサトはタイミングが悪いなぁと思う。
そして、その直後にミサキは失踪してしまった。
今ここにいるミサキは、トキビトだ。
この話を聞けば、彼女がチサトに振られて傷ついて、この世界に来てしまったという推測ができた。
自分が振ったせいで、異世界まで行ってしまったミサキに、チサトはどんな顔をして会えばいいのかわからないようだった。
異世界まで追ってくる覚悟があるのに、そこで尻込みしてしまうチサトが、私にはよくわからない。
ミサキがもう自分に愛想を尽かして、嫌いになってしまったから、この世界に来たんじゃないか。
それを思うと、チサトは足踏みをしてしまうらしい。
それでもミサキを連れ戻す覚悟があって、この世界まで追いかけてきたんじゃないの?と、私は思ってしまう。
でもきっと、そこは子供の私にはわからないところなんだろう。
目の前では、ミサキがチサトに色々喋りかけている。
チサトは声でばれるのが嫌らしく、ミサキといるときは必要最低限の単語しか喋らない。あとはジェスチャーだ。
記憶喪失で照れ屋で人見知り。
ミサキが気に入ったみたいだから、仲良くしてあげてほしいといえば、人がいいミサキはもちろんと笑顔で請け負ってくれた。
被り物をしている男と街を歩くなんて、恥ずかしいと思うのに、全くそんなそぶりも見せない。
チサトやヴィルトが惚れるだけあって、ミサキはいいお姉さんだなぁと思う。
私自身が『クライス兄様』の身代わりをしていた頃は、私はミサキが好きじゃなかった。
仲良しのヴィルトが、ミサキに取られたような気がしていたからだ。
けれど、今はちょっと違う。
チサトがそばにいて、私に心の余裕ができたのもあるけれど、ミサキの見方が大きく変わったのは、ついこの間のことだ。
街で大切にされている像に、誰かが悪戯をして、私とヴィルトが濡れ衣を着せられた。
いつも悪戯してたから、疑われてもしかたなかったけれど、この時は本当に私もヴィルトも犯人じゃなかった。
誰も私達を信じてくれなかったのに、ミサキだけは信じてくれたのだ。
「いつもこの子たちが悪戯をしてるのは謝ります。でも、今回のことはこの子たちが犯人じゃないと言っているんです。どうか、信じてあげてくれませんか」
ミサキは自業自得とも言える、私とヴィルトを庇ってくれた。
あの時のミサキは格好よくて、私達が犯人じゃないという証拠を一緒に探してくれた。
ミサキはヴィルトや私を、ちゃんと見てくれている。
彼女のこういうところが、ヴィルトも好きなんだろうとそのときに思った。
それ以来、私はミサキのことを気に入っている。
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「付き合ってくれてありがとう、クラークさん、ベネくん。ヴィルトの喜びそうなプレゼントで悩んじゃって」
もうすぐヴィルトの誕生日だ。
今日はヴィルト抜きで、誕生日のプレゼントの下見に来ていた。
ミサキが何にしたらいいか迷ってチサトに相談して、一緒に買いに行こうという話になったらしい。
そこで2人っきりになってしまえばいいのに、チサトときたら私まで連れ出したのだ。
チャンスなのに、どうしてそこで行かないかなぁと思う。
「何をあげたら、喜んでくれるかなぁ?」
頭を悩ませているミサキを見ていると、チサトと似ているなって思う。
ヴィルトに甘くて過保護なところが、私に対するチサトみたいだ。
こんなふうに、自分のことで悩んでくれるだけで嬉しい。
その構い方が似てることに、たぶん2人とも気づいてないんだろうなと思う。
それと、2人の叱り方が一緒だってことも、私は気づいていた。
ヴィルトが悪い事をしたとき、ミサキはしゃがんで視線の位置を合わせて、真っ直ぐ目を見つめて叱る。
誰かに迷惑をかけたら、一緒に謝りに行ってくれる。
それと褒めるとき、頭を撫でてくる癖も同じだ。
チサトとミサキは、一緒に過ごしてきたからこんなに似たのかな。
そんなことを考えて、チサトをチラリと横目で見る。
――私とチサトも、似てきてるのかな。
そうだったら、嬉しいなと思った。
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「手編みのマフラー」
なかなかプレゼントが決まらないミサキに、チサトが提案をしてきた。
「ヴィルトは貴族だけあって、いいものをいっぱい持っているんですよ。素人の私が作ったものを貰っても困るだけだと思うんですよね……。私の作ったものを身につけて、ヴィルトがバカにされるのも嫌ですし」
ミサキはヴィルトは貴族だから、そんなものを貰っても嬉しくないだろうと思っているようだった。
「それいいと思う。ヴィルト絶対に喜ぶ! ミサキがくれたものなら何でも喜ぶと思うけど、手作りなら尚更だよ!」
私に自慢するヴィルトの顔が、すぐに想像できる。
「そう……かなぁ? なら、今年はそれにしてみます」
私がチサトの意見に同意すれば、ミサキは真剣にヴィルトにあう毛糸を選びだす。
「兄様、ヴィルトのこと嫌いなのに、喜ばせてよかったの?」
ミサキから離れたところでチサトに尋ねれば、被り物の頭がこっちを向いた。
「ミサキが悩んでたから、力になりたかっただけだよ。別にあいつを喜ばせたくてやったわけじゃない」
「でも、結局同じ事だよね」
不本意だというようなチサトに呟けば、しばらく無言になる。
「ベネ、ちょっと意地悪だな」
「そんなことないと思うよ。恋敵を応援して、どうするのかなぁって呆れただけ」
自分の行動が矛盾してるなと、チサト自身思っているんだろう。
ほんの少し斜め下に顔を傾けて、黙ってしまった。
――あっ、チサト落ち込んでる。
照れたときや落ち込んだとき、チサトは斜め下を向いて視線を逸らす癖があった。
多分私だけしか知らないチサトの癖だ。
顔を隠していたって、チサトはチサトだ。
私ならきっと、チサトがどんな姿をしていたってわかる。
仕草とか、持ってる雰囲気とか。
それだけで、チサトだと気づける自信があった。
むしろずっと兄妹をしていたのに、気づけないミサキが不思議でしかたないくらいだ。
「ミサキってさ、チサトとずっと過ごしてたのに、全然一緒にいても気づかないよね。異世界までチサトが来てるって想像できなくても、少しくらい疑ってもよさそうなのに」
「やっぱり今日のベネは、意地悪だ……」
思ったことをそのまま口にすれば、ずーんとチサトが沈んだ空気を放つ。
被り物だから表情はないのに、哀愁が漂っていておかしくなった。
「ごめん、ごめん。私ならどんな姿をしてたって、チサトだってわかるのになって思ったから、不思議でつい」
「……」
笑ってそういえば、チサトはこっちを見て動きを止める。
「どうかした?」
「いや、なんでもない。ミサキ会計終わったみたいだし、行こうか」
何故か視線を斜め下に、一旦逸らして。
それから私の手を引いて、チサトは歩き出した。
★2016/10/3 読みやすいよう、校正しました。




