【13】ハロウィンとリボン
「はい、ベアトリーチェ」
「ありがとう兄様!」
チサトから渡されたクレープを受け取る。
「それにしてもにぎやかだね、兄様!」
「本当だね。僕の知ってるハロウィンとはちょっと違うみたいで、新作お菓子発表会って感じだけど」
周りには煌びやかなランプたち。
石造りに趣のある街並みには、色んな仮装をしている人たちで溢れていて、露天にはたくさんのお菓子が売られている。
「ベアトリーチェ、そんなにはしゃぐとスカートの中が見えるから、落ち着いて」
「……やっぱりベネの格好でこればよかった」
今日はチサトに誘われて、交易の盛んな街まで遊びに来ていた。
この間、トキビトを狙った人攫いと対峙して、ようやく怪我が治ったので、チサトが遊びに行こうと誘ってくれたのだ。
面白いものがたくさんあるのに、今日は女の子の格好だからどうにも動き辛い。
「たまには女の子の格好をして欲しいって思ったから、遠出にしたんだ。それだと意味がないだろう?」
走ればチサトがそんなことを言ってくる。
「女の子の格好って、どうしてこんなひらひらして動きにくいのかな。機能的じゃなくて意味がないよ」
ひらひらとしたワンピースに、可愛らしい靴。
カツラに納まりやすいよう肩上にした短めの金髪に、白いカチューシャ。
女の子が着てるのを見ると可愛いなと思うけど、自分が着たいなとは思ったことがなかった。
「意味はあるよ。ほら、こんなにベアトリーチェが可愛い」
さらりとそう言って視線を合わせ、すこし乱れたリボンをチサトが整えてくれる。
「あ、ありがと」
何故か気恥ずかしくなって目を逸らせば、照れてるとばれてしまって、チサトがくすっと笑ったのが分かった。
「本当、ベアトリーチェは可愛いなぁ」
よしよしとチサトが頭を撫でてくれる。
「ちょっと兄様、子供扱いしないでよ!」
「してないよ。女の子扱いしてるだけ。ほら、行こう?」
そう言って、チサトは手を差し出してくる。
「中央の広場の方で、大道芸人が芸をしてるって言ってたからそっちへ行こうか」
「兄様、それなら逆方向。そっちはさっき来た方向だよ!」
本当チサトは方向音痴だ。
私がしっかりしなきゃと歩き出せば、チサトが笑う気配がする。
「なんで笑ってるの?」
「いやベアトリーチェに手を引かれるのって、結構好きだなって思って。最初の日もまかせてって、僕の手を引いてくれたこと思い出したんだ」
そういえばそうだったかもしれないと思う。
チサトが落ちてきたのは、この10の月だ。
あれから1年もたったんだなと思って、ふと気づく。
――チサトの誕生日してない!
そもそも、チサトの本当の誕生日は知らないけれど、ここにチサトがきて1年なのだから、プレゼントくらいあげたかった。
「兄様、後で別行動しない?」
大道芸人のショーを見た後にそう切り出したら、チサトは渋い顔をした。
「どうして? こんなに人が多いし迷子になったら大変だよ?」
それは私のことなのか、自分自身を自虐して言ったことなのか。
プレゼントを買うのにチサトがいては困る。どうしてもとお願いすれば、チサトは折れてくれた。
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チサトには喫茶店で動かずに待ってもらうことにして、食べ物を扱うゾーンから離れ、小物類が置いてある露店の方へ足を運ぶ。
「お客サン、あの幻の島でできた魔法薬いらないかネ?」
「可愛いアクセサリー置いてますよー!」
異国風の変わった小物がたくさんあって、店はどこも煌びやかだ。
この街で今行われている祭り、ハロウィンはもともとチサトの世界にあった行事らしい。
本来、「トリックオアトリート」といろんな人に声をかけて、お菓子を貰い、貰えない場合は悪戯していいというお祭りのようだ。
こういうのヴィルトが好きそうだなぁと思う。
教えてやったら、嬉々としてミサキに悪戯をしかけそうだ。
この街のハロウィンは新しいお菓子や料理を創作し、どれが美味しいかを競い合う祭りだ。
お客さんは仮装しながらそれを楽しむ。
チサトが喜びそうなものは何だろうと考えながら歩いていたら、仮装用のグッツを売る通りに出た。
ここには特に用はないかな。
通り抜けようとしたとき、猫の被り物が目についた。
ミサキに会いに行くとき、チサトは被り物をして出かけていく。
最初のかぼちゃの被り物は、ヴィルトが素顔を見てやろうとして、すでに壊していた。
まぁ、ヴィルトの行動は読まれていて、チサトは下に予備のマスクをしていたので、顔を見られることはなかったみたいだけれど。
なのでチサトは現在、屋敷にあった鎧兜を愛用している。
けれど、あれはとても重そうだ。
それにしても2人は相変わらず仲が悪い。
ヴィルトなりに関わろうとしてるのに、そっけないチサトも大人気ないけど、ムキになるヴィルトもヴィルトだ。
けどまぁ、これはこれで仲がいいのかなと最近思い始めてたりする。
次はあいつがこうくるから、こうしてやるんだ!みたいな感じで、2人ともちょっと楽しそうな雰囲気があるのだ。
本人達は、絶対認めないだろうけど。
猫の被り物を手にとって、触り心地を確かめる。
通気性もよさそうだし、何より鎧兜よりも軽くて可愛い。
ヴィルトは友情には厚いので、私があげたものなら、絶対に壊そうとはしないだろう。
すぐにそれを購入することに決めた。
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1時間後と言ってたのに、思ったより早くプレゼントが見つかった。
喫茶店戻れば、チサトの姿はなく、店員さんがチサトからの伝言を伝えてくれた。
どうやらチサトも買い物へ行ったようだ。
もしも早めに帰ってきたのなら、待っていてとのことだった。
――チサトが1人でここに戻ってこれるわけがない!!
目を離してしまったことに、さーっと血の気が引いていく。
祭り会場となっている一帯はかなり広い。
折角遊びに連れてきてもらったのに、チサトが行方不明になってしまったら、元も子もなかった。
そうは思いながらも、約束の1時間は待ってみようと席に着く。
とても時間が長く感じられた。
後5分したら探しに行こうと決めたとき、おまたせとチサトがやってきた。
「兄様っ!」
思わず席から立ち上がって抱きつく。チサトは驚いたようだった。
「どうしたの? もしかして1人で寂しくなった?」
「兄様ともう会えないんじゃないかと思った」
首を横に振って答えれば、チサトが目を細めて微笑んでくる。
「ははっ、ベアトリーチェは寂しがり屋だね。可愛いなぁ」
そういう事じゃないのだけれど、チサトはわかってない。
こっちは最終的に捜索願いを出さなきゃと考えるくらいには、気が気じゃなかった。
頬を膨らませれば、チサトはごめんごめんと軽く謝ってくる。
「そうだ兄様。これ」
さっそくプレゼントを手渡す。
「何これ?」
「誕生日のプレゼントだよ! 兄様がここにきて、1年が経ったお祝い!」
思いもよらなかったらしいチサトは、目を見開いて、それから照れくさそうにはにかんだ。
「ありがとう嬉しいよ。大きな包みだね。開けてもいい?」
「もちろん!」
中から出てきた被り物に、チサトは一瞬「ん?」という顔をした。
「これは……ピンクの豚?」
「違うよ猫だよ。ミサキに会うときに必要でしょ? 鎧兜は重いしこれが可愛かったから。もしかして、気に入らなかった?」
「ま、まさか! そんなわけない! とっても気に入った!」
プレゼントの選択間違ったかなと落ち込めば、チサトはぶんぶんと凄い勢いで首を横に振る。
「ミサキと行くときに、喜んで被らせてもらうね」
「そうして!」
気に入ってもらえたみたいで、嬉しくなる。
「ねぇ、ベアトリーチェ。少し手を出して」
被り物をしまったチサトに言われ、手を差し出す。
「さっき歩いてるときにね、ベアトリーチェに似合いそうなリボン見つけたんだ」
チサトが私の手のひらにそっと乗せたのは、空色のリボン。
光の加減で色が微妙に変わる。
蝶の文様が、透けて見えた。
「綺麗!」
「ベアトリーチェの本当の瞳の色にそっくりで、プレゼントしたくなったんだ。今のベアトリーチェの髪だと結べないけど、できればいつかこれを結んでほしい。ダメかな?」
目を輝かせる私に、チサトは嬉しそうに笑う。
「ありがとう! 私、髪伸ばしてみる。大事にするね!」
「うん。きっと似合うよ。いつも男の子の格好するからって短くしてるけど、折角綺麗な髪なんだから伸ばしたほうがいい」
こんな素敵なプレゼントがもらえるなんて、思ってなかった。
チサトが私の髪に触れてくる。
指の感触が心地よくて、幸せな気分になった。
「ねぇベアトリーチェ、たまにはこうやって女の子の格好で出かけよう?」
「えっ、でも」
「僕がベアトリーチェとデートしたいんだ。ダメかな?」
真っ直ぐ目を見つめられると、顔に熱くなってしまう。
デートという響きに、胸の奥がくすぐったくなった。
「まぁ、兄様とだったら……いいよ?」
「よし決まりだね。さてそろそろ帰ろうか」
照れくさくて、もごもごと口にすれば、チサトが騎士のように私の手を取る。
そして、全く逆の方に歩き出した。
「兄様! そっちは逆方向だよ!」
――どこか格好が付かない兄様だけど、そういうところも好きだな。
チサトの手を引きながら、私は幸せな気持ちで帰路についた。
★2016/10/4 読みやすいよう、校正しました




