【12】兄様とお風呂
部下の人に抱きかかえられ、ヤイチ様が滞在している宿屋へ案内された。
「心配しなくても大丈夫です。ヤイチ様がついているのですから」
医者からの手当てを受ける私は、不安そうな顔をしていたんだろう。
絶対的な信頼を込めて、部下の女の人がそう口にした。
その言葉を信じる事にして待っていたら、しばらくして部屋にチサトが入ってきた。
「兄様……ッ!」
駆け寄ろうとすれば傷が痛み、思わず顔を歪める。
チサトが労わるように抱きしめてくれた。
「ベアトリーチェ、こんなに怪我をして……!」
私が怪我をしたのに、チサトは自分が痛いかのような顔をしている。
伝わってくる体温に安らぎを覚えていたら、その後ろからヤイチ様が現れた。
「助けてくれてありがとうございます」
「いえ。元々彼らを捕まえるのが遅れた私達のせいでもありますから」
お礼を言えば、すまなさそうにヤイチ様は謝った。
ヤイチ様に何か指示を受けて、部下の人達が部屋を出ていく。
チサトの傷は、そんなに深くないらしい。
この程度ならと、医者ではなくヤイチ様が手当てをしてくれたのだけれど、どうやら不器用らしい。包帯がぐちゃぐちゃだった。
一通り手当てが終わってから、ヤイチ様は私達をソファーに座らせ、お茶を振舞ってくれた。
カフェでヤイチ様が飲んでいた、緑色のお茶。
爽やかな香りがして、舌にまろやかな風味が残る。
飲むと胸の奥にじんわりと温かみが広がった。
「一体さっきの男は何だったんですか。それにあなたは?」
チサトはヤイチ様に対して、いぶかしむような視線を投げつけ質問する。
「最近この辺りで、トキビトを狙った人攫いが起きていました。彼はその犯人です」
「人攫い? 僕のベアトリーチェを殺そうとしていたのに?」
ヤイチ様の説明に、チサトが眉を寄せる。
こんな場合じゃないのに、『僕のベアトリーチェ』とチサトが言ってくれたことを嬉しいと思ってしまった。
「アレはあの男の独断です。この事件には隣国のレティシアが関わっていて、トキビトを自国へ連れ去ろうとしていたみたいです。この国は1番トキビトの数が多いですからね」
ヤイチ様はチサトに説明して、私に目線を向けた。
「ところでベネ。私はいいましたよね。危険だから外には出るなと。どうして出歩いていたんですか?」
「……すいません。兄様を探していて」
叱られてしゅんとなれば、チサトがむっとしたような顔になった。
「なんでベアトリーチェを叱るんです! そもそもあなたは誰ですか。僕の質問にまだ答えていません!」
「そうでしたね。私はカザミヤイチ。この国の騎士をしているものです」
ヤイチ様が自己紹介すると、チサトが戸惑った顔になる。
「……カザミ、ヤイチ? あなたが?」
チサトもその名前は知っている。
何故なら母様が、「あなたはヤイチ様のような王の騎士になるために生まれてきたのよ」と呪いのように囁いてくるからだ。
ヤイチ様の肖像画も見たことがあるはずだけれど、女装をしていたので気づかなかったんだろう。
「このような格好でもうしわけありません。おとりとして犯人を誘きだそうと、女性に扮していたのです」
ヤイチ様はちょっと恥ずかしそうに言いながら、ポケットから白いリボンのようなものをとりだし、髪を首の後ろでくくった。
「ところで先ほどから、あなたはベネのことをベアトリーチェと呼んでいますね。ベネ、あなたはクライス家の長女、ベアトリーチェなのですか?」
ヤイチ様が質問をしてくる。
私が襲われたことで動転したチサトは、ベネではなく、本来の名前を連呼していた。
「……はい。私はベアトリーチェ・ファン・ルカナンです」
言い逃れできないなと思って認める。
カツラを取って見せようかとおもったけれど、刀を扱うときに脱げないよう、しっかり装着できるタイプのものだったので、脱ぐのが面倒だった。
「どうして少年の格好をしているのです。赤ん坊の頃に見たあなたは、金髪に青の目だったと記憶していますが」
「クライス兄様がいなくなって、母様がおかしくなってしまったんです。ずっと兄様の身代わりとして、この格好をさせられてました」
ヤイチ様の質問に、素直に答える。
「なるほど。リリアナは長男が亡くなってから、言動がおかしかったですからね。そんなことになっていたのですか……」
ヤイチ様は気の毒そうに呟く
「ところで、さっきから気になっているのですが。あなたが兄様と呼んでいる彼は、一体誰ですか? あなたの兄のクライスは、事故に遭い行方不明になったはずですよね?」
「兄様は1年前に見つかったんですけど、記憶喪失になっていたんです。だから、このバティスト領で隠れて静養していました」
「そうなんですか?」
質問に答えれば、ヤイチ様は引っかかることがあるのか腑に落ちない顔をした。
「何か?」
「いえ……彼は本当に、クライスなのかなと思いまして」
チサトが不機嫌に尋ねれば、ずばり触れてほしくないことを言われ、私の顔に動揺が出そうになった。
「何を言ってるんですかヤイチ様! 兄様は兄様です!」
バンとテーブルを叩いて激昂することで、どうにか誤魔化す。
「すいません。クライスの太刀筋が、ルカナン家のものとあまりにも違う気がしまして。二刀流でもなかったはずですし」
どうやらヤイチ様は、チサトの剣術に疑問を感じたようだった。
「クライス、どこであなたはその剣術を習ったのですか?」
柔らかな口調で尋ねながらも、目は探るような色を帯びている。
「わかりません。記憶がありませんから」
「……そうですか」
淡々と答えたチサトに、それ以上ヤイチ様はつっこみはしなかったけれど、かなりヒヤヒヤとした。
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その後、ヤイチ様は騎士の格好に着替えて、私達を家まで送り届けてくれた。
母様に事情を説明して、怪我をさせたことを謝り、犯人を相手に勇敢に戦ったことを褒めてくれる。
突然現れたヤイチ様に、母様はまるで恋する乙女のような表情を浮かべていた。
夕飯を食べていってくださいという押しに負け、ヤイチ様は一緒に夕食を共にして、帰っていった。
母様の相手をしながら、ヤイチ様は始終困ったような顔で笑っていた。
母様のことが苦手なようだ。押しの強い女性に弱いのかもしれない。
そんなことを思いながら、風呂に入ろうとすれば、チサトが一緒に入ってきた。
「な、なな! 兄様っ!?」
「怪我してるから洗いづらいでしょ? 体を洗ってあげる」
慌てる私に対して、兄様は平然としていた。
「いいよ! メイドにやらせるからっ!」
もう私も11だ。
一緒にお風呂なんて恥ずかしいし、今までだって一緒に入ったことはなかった。
「怪我の確認もしておきたいし、言うことを聞いて。ベアトリーチェ」
チサトはいつも優しいし、私がわがままをいうと負けてくれることが多い。
でも時々頑固で、譲ってくれない。
結局私が折れて、風呂の手伝いをしてもらうことになった。
「こんなところも痣になってる」
「ひゃぁう!」
「ごめん、痛かった?」
チサトに肌を触れられて、変な声が出る。
まじまじと見ないでほしいのに、確認するように触ってくるから困った。
どうにか風呂を終えれば、チサトが包帯を巻きなおしてくれた。
ヤイチ様とは違い、とても器用だ。
こういう作業を昔からやっていて、ちょっとした資格も持っているんだとチサトは言っていた。
「ベアトリーチェは女の子なんだから、こんな風に痣を残しちゃ駄目だ。今回はしかたないことだけど、気をつけなきゃダメだよ」
「うん、ありがとう兄様」
そうやって心配してくれるのが、とても嬉しい。
女の子扱いなんてされたことなかったから、新鮮だった。
男の子と違って、女の子は面倒だ。
大人しくしてなくちゃいけないし、着飾らなくちゃいけない。
でも、チサトにそうやって扱われるのは、悪い気分がしなかった。
★2016/10/4 読みやすいよう、校正しました




