【11】人攫いに会いました
自分用の刀を腰に差して、家を出る。
ヤイチ様の姿がないのを確認し、チサトを探してまた外へと飛び出した。
トキビトを狙う人攫いが街にいるなら、チサトが危険だ。
ヤイチ様の手前、チサト――『クライス兄様』を探していることはあの場では言えなかったけれど、こうしてはいられなかった。
ヴィルトにも協力を頼もうと、バティスト家の屋敷を目指す。
何度かお願いしたことがあるし、ヴィルトは街の子供達のボスなので、皆に掛け合ってくれるはずだ。
「ちょっとそこの君。そんなに急いでどこへ行こうとしてるの?」
バティスト家の屋敷へと走っている途中、呼び止められて振り向く。
げっと思った。
そこにいたのは、黒髪に黒目でコートを着た、騎士風の若い男だったからだ。
ヤイチ様の部下なのかもしれないと思って、体を硬くする。
また家に送り届けられてしまったら、チサトを探せない。
家を出る前に、黒髪のカツラを脱ごうかなとは思った。けれど、これを被ってないと『ベネ』としてヴィルトの前に出ることができないから、そのままにしていたのだ。
男は細目で、まるで狐を思わせる顔立ちをしており、親しげに微笑んでいる。
おとりにしては服装が騎士っぽく、これではトキビトの人攫いも寄ってはこないだろう。
しかも、青地に白の縁取りのコートは、仲の悪い隣国のレティシアの国旗を思わせる色だ。
何よりまとっている空気が普通じゃなくて、この人はヤイチ様の部下じゃないなと判断する。
「そう警戒しないでよ。同じトキビト同士なんだから、ね?」
男の瞳の奥は空虚で、這い寄ってくるような闇を感じ、思わず後ずさった。
「すいません、急いでるんで!」
逃げたほうがいいと勘が告げていた。
背を向けてダッシュしたが、一瞬だけで回り込まれ、片手を捻られた。
「駄目だよ。俺は君に用があるんだ」
「っ! 痛いッ!」
「ごめんねぇ? 君が抵抗しようとするからさ。ちょっと若すぎる気もするけど、それはそれで需要ありそうだし」
うんうんと1人頷いて、ヒヤリとした感触が首筋にしたと思ったら、首元に刀を突きつけられていた。
――この人がトキビトを狙った人攫い?
犯人もトキビトだったなんて、ビックリだ。
「この子連れてって」
部下と思われる男達が3人現れ、彼らの方へ乱暴に背を押された。
その瞬間に身を捩り、キツネ目の男から逃れる。
逃げ切れるとは思えなかったので、刀を抜いて向き合えば、男は面白そうに目を細めた。
「へぇ、俺と戦う気なの君。面白いなぁ」
にぃっと蛇を思わせるような笑みを浮かべて、男は刀を上段に構えた。
「元気がいいのは好きだよ。壊しがいがある」
男は私に剣を振るってくる。
一撃一撃が重くて、流れるようで隙がない。
元々の体格差と技量の違いが大きかった。
この人は師匠よりも強いと、そんなことを思う。
「くっ……」
腕にできた切り傷が、じわじわと熱を持つ。
息が上がった私を、楽しそうに男は眺めていた。
「ははっ、弱いなぁ。いかに相手を殺すかを考えなきゃ勝てないよ? ほら!」
男は蹴りを放つ。
「っ!」
左腕で体を庇ったけれど、衝撃で体が飛んだ。
ジンジンと左腕が痺れている。
今は興奮状態だから痛くないけど、きっと後から痛みが来るんだろう。
立ち上がろうとすれば、足首をひねったらしくうまくいかなくて、刀を支えにゆっくりと立ち上がる。
「まだ抵抗するんだ。ははっ!」
馬鹿にしたように男は笑って、刀を振るう。
それをかろうじて避けた私を、足で蹴り飛ばした。
私が立ち上がるのを待って、繰り返されるそれは、明らかに遊んでいるとしか思えない。
「ゼン様、もういいでしょう! 期限はとっくに過ぎていて、王子がお怒りなんですよ!」
部下の人が声を荒げると、ピタリと男の人――ゼンと呼ばれたそいつが動きを止めた。
ヒヤリと胸が騒ぐような視線を部下に向けたかと思うと、そのまま部下の方へ歩いていって、何のためらいもなく刀で切り捨てた。
「ぐぁっ……」
倒れた部下を足蹴にし、心底つまらなそうな目を向ける。
「俺に命令すんの? 遊びの邪魔されるのが1番嫌いなんだけど。面白そうだから話に乗ってあげただけで、王子とかどうでもいいし。あぁ、冷めちゃった」
つま先で部下を転がして、ゼンは私に向き直った。
「君も飽きた。じゃあね」
ゼンが、私に刀を振り下ろそうと構える。
もうダメだと、さっきまでは必死で湧いてこなかった恐怖が体中を巡る。
指先ひとつ動かせなくて、ぎゅっと目を閉じた。
「……?」
刃と刃の交わる音がして、衝撃はいつまで立ってもこなかった。
「僕の妹に何をしている」
目をあければ、座り込んだ私を庇うようにチサトがゼンの刀を受けていた。
その刀を押し返し、私を庇うように前に進み出る。
「……にい、さま?」
「立って。どうしてこんなことになってるかはわからないけど、逃げるよ」
振り向かずにチサトが指示してくる。
「ははっ! これは面白いや! 刀を使える奴が他にもいたんだね! その子の代わりに今度は君が相手をしてよ」
そう言ったのと同時に、ゼンはチサトに切りかかった。
チサトはそれを受け止めて流し、それから素早く次の一撃へと移る。ゼンの頬に血が一筋流れ、驚いたような顔になった。
普段優しいチサトなのに、まるで別人のようだ。
険しい表情で、ゼンに切りかかる。
チサトの剣は、一撃一撃がそんなに重くはないけれど、相手の攻撃を受け流してから攻撃へ移るのが早い。
ゼンは楽しそうに笑っていた。
「いいねいいね! その太刀筋に二刀流、まるで昔のヤイチと戦ってるみたいだ!」
ご機嫌と言った様子で刀を振るうゼンに対して、チサトは余裕がなさそうだ。
普段は使うことのない短刀も使い、二本で応戦している。
二本の刀で息継ぐ暇もなく繰り出すチサトの剣技を、私は初めて目にした。
奥の手なのかもしれないと思う。
あの男は強い。
このままじゃチサトが殺されてしまうと思った。
――今のうちに、ヤイチ様を呼んでこよう。
そう決意して、チサトが心配だったけれど、いったんここから逃げることにした。
私がいたって、どうすることもできない。
けれど、いつの間にかゼンの部下に回りまれていて、取り押さえられてしまった。
「離してっ!」
力を振り絞るように暴れたけれど、2人がかりで押さえられてしまう。
「ベアトリーチェ!」
「余所見すると死ぬよ?」
私の名前を呼んだチサトに、ゼンが重めの一撃を放つ。
「っ!」
チサトは衝撃に耐えるように顔を歪めて、それをどうにか受け流した。
「いいから、来るんだ!」
私の体が、馬車まで引きずられていく。
もう駄目だと思ったとき、その力が急に消えた。
男達が小さな悲鳴を上げて倒れ、その横に黒髪の女性が刀を構えて立っていた。
「ベネ、大丈夫ですか!?」
ヤイチ様がそこに立っていた。
助かったと思った瞬間、体から力が抜けた私を支えてくれる。
「よくがんばりましたね。そこで休んでいてください」
後から走ってきた部下らしき人に私を預け、ヤイチ様は刀を構えた。
★2016/10/4 読みやすいよう、校正しました。




