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【10】騎士のトップとお茶を飲むことになりました

「好きなものを頼んでいいですよ、私のおごりですから」

 メニューを差し出してくるのは、母様の憧れの人。

 このウェザリオという国の騎士のトップで、カザミヤイチ。

 そんな偉い人であるはずの彼が、何故かこんな田舎の街で、しかも女装で、何故か私とカフェでお茶をしている。

 ――何で、こんなことになってるだろう?


 カフェはお茶屋の隣にあって、茶屋の主人が経営しているようだった。

「ちゃんと会えたんだな」

 私とヤイチ様を見て、お茶屋の店主はおやつ時で混み合う中、奥の個室に通してくれた。

 どうやらお茶屋の店主が言っていたのは、チサトではなくヤイチ様のことだったらしい。

 

 ――どうして私はあのヤイチ様に、ケーキをおごってもらってるのかな?

 この状況がいまいち飲み込めない中で、ケーキを口にすれば、その美味しさに頬が緩む。

「美味しいですよね。これ全部あちらにいるお茶屋の店主が作ってるんですよ。顔に似合わず繊細な味でしょう?」

 ふふっとヤイチ様は微笑む。

 その口ぶりからするに、ヤイチ様とお茶屋の店主は顔見知りで、かなり親しい間柄のようだった。


「それにしても、よく私だと気づきましたね」

 腑に落ちない様子で、ヤイチ様が尋ねてくる。

「母様がヤイチ様のファンなので、小さい頃から嫌というほど肖像絵を見てきたんです」

「……私の顔がわかるくらい正確な肖像画がよくありましたね。出回らないよう、気を配っていたつもりなのですが」

「母様が自分で描いてるんですよ」

 考え込むヤイチ様に答えれば、少し目を見開いて、それからふっと笑った。

「あなたの母上は絵が上手なのですね」

 その微笑をみて、物凄く物腰の柔らかい人なんだなと思う。


「ところで、どうして外を出歩いていたんですか。この辺りのトキビトには、外に出ないようにと国から指示が来ていたはずですが」

 表情を険しくして、ヤイチ様が問い詰めてくる。

「先祖にトキビトがいたみたいでこんな見た目なんですけど、僕はトキビトじゃないんです」

 この見た目に関して尋ねられた時に答えている内容をそのまま伝えれば、ヤイチ様は悩ましげな顔になった。


「なるほど、そういうことですか。この周辺のトキビトには外出禁止令を出していましたが、黒髪黒目の先祖返りには注意を出していませんでしたね」

 盲点だったらしく、しまったというようにヤイチ様は呟いた。


「ところで……なんで女装をして、こんなところにいるんですか?」

 好奇心から尋ねれば、ヤイチ様は少し弱ったような顔をした。

「この辺りでトキビトの誘拐事件が多発していたので、おとりになって犯人をおびき寄せようとしていたのです。ただ私服が堅苦しいと同僚に言われまして、友人の服屋に相談したら……女性の方が狙われやすいと、これを着せられてしまいました」

 恥ずかしいのか顔が赤い。

 自分から進んで着たわけではなさそうだった。


 照れ隠しのように、すこし変わったカップに入ったお茶を両手で持って、ずずっとヤイチ様はすすった。

 そのカップには、琥珀色じゃなくて緑の液体が揺らめいているのが見える。


 ヤイチ様たちは、作戦行動中だという事だった。

 トキビトに扮した騎士がおとりとなり、犯人を捕まえるそういう内容らしい。

「ですがなかなかひっかからなくてですね。これ、あまり女性に見えませんか?」

 おかしいなというように、ヤイチ様は首を傾げる。

「いえちゃんと女の人に見えますよ」

 ヤイチ様は線が細めの男の人で、顔立ちも中性的だったので、その格好だと女の人にしか見えなかった。


「たぶん、腰に刀を下げてるから警戒されたんじゃないですか?」

 指摘すればヤイチ様は目を見開いて、あっと声を出した。

 言われるまで気づかなかったという顔だ。

 それから気づけなかったことを深く後悔するかのように、額を押さえて俯いた。


「……なんで私はそんな単純なことに気づかなかったんでしょうか? 少し考えればわかることなのに、当たり前のように持ってきてしまいました」

 どうやら染み付いた癖で、持ってきてしまったらしい。

 その声はかなり沈んでいた。

 

 その情けない姿をみてると、ヤイチ様は強そうな騎士には見えない。

 この人のどこがそんなに母様は好きなんだろう。

 確かにいい人そうではあるけれどと、そんな事を思う。

 母様が『ヤイチ様』に執着しているせいで、私は逆に冷めてしまっていて。

 どうしても観察するような視線を、ヤイチ様に送ってしまっていた。


「ヤイチ様、その刀ちょっと見せてもらいたいんですけど、駄目ですか?」

「……興味があるんですか? いいですよ。気をつけてくださいね」

 立てかけてある刀が気になってそう言えば、ヤイチ様は2つある刀のうち、長い方を私に手渡してくれた。

 少し私の身には長い刀だったけれど、その刀身はよく手入れがされている。使い込まれている感じもした。

 ただ、少し帯びる気配が禍々しいというか、怪しく揺らめく刃紋が見る者を不安にさせる。


「ありがとうございました」

「あなたも刀を習っているんですね。もしかしてトキビトだった曾お祖父さんも、私と同じ刀使いだったんですか?」

 刀扱う手つきで感づいたらしい。お礼を言って刀を返した私に、質問をしてくる。


「はい。曾お祖父さんは亡くなっているので、刀はお祖父さんから習ってます」

「そうですか。ヨシマサ殿は最近姿を見ませんが、元気にしていますか?」

「えぇ、とても元気いっぱいで……なんで祖父の名前を?」

 戸惑う私に、ふわりとヤイチ様は微笑んだ。


「やっぱりあなたはリリアナの息子でしたか」

 それどころか、ヤイチ様は母様の名前まで当ててしまった。

「なんでわかったんですか」

「以前リリアナから……私の肖像画を贈られたことがあったので、最初聞いたときに、もしかしてと思いました。それに、彼女の嫁いだルカナン家は先祖がトキビトで、刀使いでもありましたから」

 少し苦い顔でヤイチ様が種明かしをする。

 母様ときたら、本人にも肖像画を送りつけていたらしい。


「ただ、あなたのお兄さんには会ったことがあるのですが、弟さんまでいたとは知りませんでした。しかも兄弟揃って珍しい黒髪なんですね。ルカナン領にあるあなたの家と私の家はかなり近いですし、リリアナなら紹介してきそうなものなのですが……名前は何と言うのですか?」

 ヤイチ様は、私の存在を疑問に思っているようだった。


「ベネ・ファン・ルカナンです」

 誘導に引っかかってしまった気持ちになりながら、ケーキの残りを口にする。

 その瞬間、優しそうで頼りなさそうな人から、油断ならない人に私の中でヤイチ様のデータが書き換えれた。

「ごちそう様でした。じゃあ僕、帰りますね」

 このまま一緒にいるとボロが出そうだなと思って、お茶を流し込み席を立つ。


「送っていきますよ。危ないですからね」

「いいです! ヤイチ様に送ってもらうなんて、そんなことさせられません!」

 ヤイチ様の親切を全力で断る。

 まだチサトの存在を知られるわけにはいかなかったし、母様とヤイチ様をなんとなく会わせたくなかった。


「ダメです。今は危険な時期ですから。それと事件が解決するまで、外出はしないようにしてください。解決したときには、あなたの家にも知らせを走らせますから」

 そう言いきって、ヤイチ様は私を家に送り届けた。

 母様と顔は合わせずにすんだけれど、チサトはまだ帰ってきていないようだった。

★2016/10/4 読みやすいよう、校正しました。

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「育てた騎士に求婚されています」シリーズ第1弾。今作の主人公二人が脇役。こちらから読むのがオススメです。
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