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08キキーモラ娘(ガチ人外型)


 この家に彼女が住み着いて早5年。

 ずいぶんと様になったものだ。


 彼女はロシアの幻獣キキーモラ……何故日本にいるのかは分からない。

 寒い冬……と言っても彼女にとってはそれほど寒くはないだろうが、冬のある日に保護したのが始まりだった。


 以来彼女は僕の家に住み着いている。


 赤いスカートが印象的な袖の長いワンピースに、ベージュのエプロン。

 エプロンは僕が買ってきた布を彼女が繕ったものだ。

 人間ではない者が増えてきた昨今だが、彼女の様に狼のような顔にクチバシが付いたような人の顔ではない者は少ない。


 彼女は働き者だ。

 僕が寝転んだソファの正面で、テレビや棚の埃を取っている。

 目の前にあるテーブルは水拭きと乾拭きを合わせてピカピカだ。

 食事に彩りを添えると言って細い花瓶を買ってきて赤い花を飾る、なんてこともしている。


 掃除に対する情熱は相当なもので、膝の辺りで裾を縛るズボンは自分の体毛を床に落とさないためとは言っていた。

 彼女のスカートには似合わないと思う。


 毛がふさふさでさわり心地の良い尻尾をふりふり動かす度にビニール袋がカサカサと音を立てた。

 てきぱきと部屋の隅から隅まで一通り払い終わると、床の掃除に移る。

 油のようなものでしっとりとしたモップは彼女のお気に入りだ。日本に来て二番目に良かったことらしい。


 長い赤毛の髪が白い頭巾から零れた。

 体毛は殆ど灰色なのに、髪だけ赤いのは少し不思議だ。

 本人には言わないようにしているが。


 彼女は頭巾から出てきた髪の束を掴み、頭巾の中に押し込んで掃除を続けた。

 彼女が歩く度にカチ、カチ、とフローリングと彼女の爪が打ち合う音がする。

 ちゃんと爪の先は丸く削り、床を傷つけないようしているので、フローリングに彼女の爪による傷はない。


 僕は姿勢を変え、ソファに座る。


 働き者には願いを叶え、怠け者は食べてしまうというキキーモラ。

 彼女に聞くと、


「えーそんな力ないし、人間食べてもおいしくないですよ」


 と、言っていた。

 食べたことあるのだろうか?

 それ以上は聞かずにおいた。


 彼女が向こうを向いた隙に僕は立ち上がり、音を立てないように彼女の後に近づいた。

 まだ彼女は気付いていない。


 もう5年、共に暮らす女性に惚れるには充分過ぎる期間だ。


 僕は彼女の名を呼んだ。


「何です、旦那さっ!」


 彼女が振り返りながら言い切るより早く、後から抱きしめる。


「だ、旦那様、どうなさいましたので?」


 住まわせて貰っているからか、彼女は僕を旦那様と呼ぶ。ずいぶんな他人行儀だと思う。

 今日限りでやめさせよう。


「いつの間にか、キミを好きになっていた」


 彼女は手に持っていたモップを胸に抱くよう持ちかえ、強く握る。


「お戯れを」


「本気さ」


 僕から顔を逸らす彼女の表情は窺えない。

 ビニール袋でくるまれた尻尾が僕の足にかさかさと音を立てて当たる。


 彼女は自分の尻尾を片手で抑え、感情を尾に伝えないようにした。


「駄目ですよぅ。

 わたし、人間じゃないですもの」


「人間でなければ愛してはいけない、なんて決まりは何処にもないさ」


 いつになく弱気な、囁きとも取れる声に反論する。

 僕を異常者にしたのは、君だろうに。


「時折、ほんの少しだけ甘える君は何処に行った?

 君は、僕を人間だからと嫌いになるのか?」


「言わないで下さい」


 彼女は首を振る。

 その際に垣間見た目は哀しげに閉じられていた。


「私と旦那様は違い過ぎます」


「それでも、僕は君を愛せる。

 愛している」


 彼女は尻尾を抑えていた手を再びモップに戻し、柄を強く握り締める。


「私も、旦那様が好きです。

 けれど、旦那様は人間の女性と」


「君がいいんだ」


 僕は彼女の言葉を遮って言う。


「君でなければ、いけないんだ」


「……酷いお人。

 私、そんなこと言われたら、拒めません」


 彼女を一旦解放し、正面に回り込む。


「好きだ」


 彼女のクチバシに、僕は唇を寄せた。

ストックおしまい。

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