03妖精娘(15cm級)
ちっちゃい
お湯というのは量が少なければ少ないほど、冷めやすい。
お湯の持つ総カロリー量と比べ、空気中に放射されるカロリー量が多いからだ。
また表面積が大きければそれもまた放射されるカロリー量が増えるため冷めやすくなる。
だから、毎日この時間にやる作業は今でこそ簡単にできるが、やりはじめた当初は大変だった。
大きめの土鍋に水を張り、火を掛ける。
温度計でかき回しながら全体が40度前後になるように。
越えてしまったら水を足すのだ。
強火でやると温めすぎてしまうので、大概弱火のほうが何かと調節が効くと思う。
お玉でお湯をボウルに入れ、お湯の入ったボウルをそのまま土鍋に沈める。
丁度湯煎にするのだ。
ボウルの中にペットボトルのキャップを入れ、コンロ脇のスペースにラップを敷けば準備は完了だ。
「お風呂できたよー」
居間の方に向け、僕は言った。
「はーい」
人と変わらぬ大きさの声で返事が返ってくる。
ソファの影から小さな光る人型の……彼女が飛び出てきた。
僕の彼女、小さな妖精さんだ。
例えではなく、本当に妖精なのだ。空も飛べる。
彼女は一度テーブルの上に降り立ち、服を脱ぐ。
小さいサイズの洋服は彼女達の手によるもの。
相応に小さいボタンを外し、上に手繰るように脱いで、そのままテーブルの上に放る。
小さなパンツとブラも――
「あ、もぉえっち!」
彼女は頬を赤らめ僕に背を向けた。
とてもいじらしい。
これ以上機嫌を損ねる訳にはいかないし、裸のままでいたら風邪を引かせてしまう。
僕は軽く謝り、彼女に背を向けた。
「そ、それでいいの」
小さな身体にもかかわらず、彼女は人と変わらぬ声量で話す。
不思議だけど、妖精さんのことだ。
考えるだけ無駄なんだろう。
不愉快ではないが名状しがたい音が鳴る。
妖精の羽音だ。
彼女達の半ば透明な翅は柔らかく高い音を立てる。
間違っても蚊や蝿のような不愉快な音ではない。
特徴的な羽音が近づいてくる。
僕の横を通って彼女が現れた。
鍋の上で一旦停止してから、ゆっくりと下降する。
ボウルの中、水面の上まで来ると、彼女はお湯に浮かんだペットボトルのキャップを手に取り、お湯を汲んだ。
キャップは僕がヤスリを掛けてトゲトゲを取り、角は丸みを付けたもの。
自信作だ。
キャップ製の妖精用洗面器を両手で掴み、汲んだお湯を頭の上から被る。
いきなり入らずこうして少し慣らすのだ。
僕は彼女のかけ湯を確認すると、ほんの少し、小さくなっていた火を止める。
彼女はゆっくりと下降してボウルの中の湯船に足を付けた。
「んっ」
そしてすぐに上昇して足先を振る。
緩く握っていた手は握り締めていた。
「すこしあついー!」
彼女にそう言われた僕はコップを手に取る。
蛇口のレバーを下げ、コップに水を入れた。
その水をボウルの中に少しだけ入れて箸でかき回す。
彼女は腕を組んで箸先を見ていた。
「どう?」
作業が終わって僕は彼女に微笑み掛ける。
彼女は下降し、再び足先をお湯につけた。
彼女の表情が明るくなり、すぐに飛ぶのを止め、湯船に落下する。
お湯が少しだけ跳ねた。
「うん、気持ちいいよ!」
彼女は僕を見上げ、親指を立てた右手を挙げて微笑む。
僕が頷くのを見ると、彼女はお湯に顔を向けた。
僕からは表情が見えなくなる。
羽根を緩く開閉させる彼女。
翅が濡れても飛ぶのに支障は無いらしい。
彼女と出会ったばかりの頃はそれを知らず、無駄に心配してるのねと彼女に言われてしまった。
彼女は両手を器状に組んで救い、水面から少し話したところで手を解く。
サイズの所為か流れ落ちる水音はささやかな物だ。
「ねぇおにーさん」
名前を呼ばれた彼女は腰を低くして彼女に顔を近づける。
「ありがとう、ね」
彼女は僕を見上げ、そう言った。
「どういたしまして」
姉妹作「デミヒューマン娘のいる日常」もよろしく