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94 嘘だらけ

 翌日からシャルトレーズ王国では、海軍と陸軍が出動に向けて準備を開始した。カルディリアとアストレーズの先制攻撃が考えられるので、準備が整った部隊から出動になる。

 国中に緊張感が漂うある日、シェールがセシルの司令官室を尋ねた。


「……何の用」


 書類から目を離さず、セシルが訊ねる。


「その……こないだのこと、謝りたくてな。すまなかった」


 シェールがぼそぼそと喋る。セシルはようやく書類から目を上げた。


「何、こないだのことって」


 あまりに冷たい言い方に、セシル自身驚いた。


「それは……その……お前を、無理矢理抱いたことだ……。悪かった……」


 気まずい沈黙が流れる。


「で?」


 ぽつりとセシルが呟く。


「え?」


「言うことはそれだけなの?」


 再び沈黙。

 シェールはどうやら迷っているらしかった。目が泳いでいる。


「あれはもう何とも思ってないわ。だから気にしないで」


「でも……」


 はっきりしない態度にセシルはイラついた。もっと他に言うことあるんじゃないの!?


「でも、何なのよ。私、忙しいの!」


 それを聞いてシェールは目を閉じた。


「ああ、悪かった……これから出港だから、一度ちゃんと謝っておきたかっただけだ……」


 それだけ言うと、シェールは扉を開けた。その瞬間、セシルは思わず叫んだ。


「シェールのばか!大っ嫌い!」


 シェールはそれに反論せず、背中で罵倒を受け取った。そのまま静かに扉が閉まる。急にしんとした部屋の中、セシルはいきなり恐怖をおぼえて立ち上がった。

 彼女は走って扉に駆け寄った。


「違う、シェール!待って!」


 だが扉を開けた時、廊下にはもう誰もいなかった。


「うそ……」


 ぼろぼろと涙がこぼれる。膝の力が抜け、その場に座り込んだ。少し重い扉はゆっくりと閉まり、セシルはそれに寄りかかって涙が流れるにまかせた。

 シェールはこれから出港だと言っていた。これから……かなり高い可能性でシャルトレーズは再び戦争状態に入るだろう。シェールの赴くベイルート島はカルディリアに近い。あの辺りは海賊も多いし、事実上の最前線である。もう、会えないんじゃあ……。


「ばか……」


 シェールが?それとも自分が?

 なぜ一言、もう一度やり直そうと言ってくれないのか。なぜ一言、好きだと言えないのか。

 あんなに酷く扱われても、それでも彼を憎むことが出来なかった。むしろ、あんな最中でも一種の喜びを感じていた。どんなに酷く扱われても、今はシェールといられるのだと。

 ただ一言、もう一度やり直そうと言ってくれれば、きっと許しただろう。どんなになってもシェールには特別甘いのだから……。

 それももう叶わない。シェールは修復しようと努力してくれた。きっとあの謝罪は本心からだ。だが、自分でそれを断ち切ってしまった。『大嫌い』だと心にもないことを言った。


「シェ……ル……。生きていて……」


 名前を呼ぶのさえ申し訳ない。こんなんじゃあ、シェールに愛想を尽かされるのも無理はない。けれど、もう一度会えるなら、許してもらえるなら。何度でも頭を下げるだろう。どんな罵倒も受け入れるだろう。例え許してもらえなくても、シェールがマリアを選んだとしても。せめてあなたは幸せを選んで、と願う。




 一方、シェールも上の空だった。

 まさか、あんなことを言われるなんて。……『大嫌い』、か。まともに取り合ってはもらえないだろうとは思っていたけれど、そこまでとは思わなかった。ある程度のことは覚悟していたが、改めて胸に突き刺さる言葉だ。

 それさえ言われなければ言うつもりだった。『もう一度、俺の隣にいてくれないか』と。

 数日前、ヴィッツェンの名を聞いたセシルが笑顔を見せていた。乗り替えたんだな、と思った。分かっていたことでもあるけれど。だからだろうか、もう涙も出ない。

 けどまあ、これで吹っ切れた。もう未練がましくしがみつかず、心置きなく戦える。ヴィッツェンは彼女を守ると言っていたし、きっと彼ならセシルを幸せにするだろう。相思相愛ならなおさらだ。それにあのままうじうじと悩んでいても、部下に迷惑かけるだけだ。その様を見て、他人はなんて笑うだろう。

 ふっと息を吐き、シェールは潮風を思いきり吸い込んだ。王都エートスの風。これがもう最後かもしれない。


お気に入り登録・評価ありがとうございます!まさかこんなにいくとは思ってなかったので、びっくりです。正直に言うとすごく嬉しいです。励みです。

そろそろ(作者的には)終わりが見えてきましたが、まだまだお付き合いいただければ幸いです。


最近改稿しているのは誤字脱字です。気を付けて見るようにしているんですが……。

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