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88 欠片 3

 舞踏会から家に帰って、シェールは一人窓の外を眺めた。真っ暗闇に、ガラスの粉のような星が煌めく。

 セシルを見つけられなかった。暗がりといえど銀髪は目立つし、簡単に見つけられるだろうと思っていた。ドレスではなく男物の服を着ていることもあるので、それも注意して見た。セシルは外にいることがあるから、外も時おり気にかけた。けれど、彼女は見つけられなかった。

 なんでだろう、とシェールは椅子に座り込んだ。

 分からない。なぜ彼女の姿が分からなくなったのか―――。……なんだか肩が重い。頭も痛いような気がする。

 ああ、考えるのもくたびれる。もう何も考えたくない。目を閉じてみると、次に目を開くのが億劫になる。

  もしかしたら来ていないのかもしれない。そう思うことにした。だが、ふと嫌な考えが頭を過る。

 彼女が、他の男といたら?

 だがシェールは考えるのをそこで止めた。馬鹿らしい。もうあいつとは関係ない。気にかける必要もない。あいつが誰といようが、それはあくまで他人のことだ。

 思いきろうとしているのだが、目頭が熱くなった。


「なんでこうなるかなあ……」


 呟きが空気に溶けていく。そして、ふっと息を吐いた。

 馬鹿だなあ、お前のせいだろ。

 心の中で自分を責める。けれど、一旦自分から言い出したことだし、何もすぐ頭を下げることもないだろう。お互い頭を冷やせばまた、なんて甘い考えをしてしまう。

 戸棚からグラスを出し、滅多に飲まない、ほとんど飾りになっている瓶を出した。一杯煽ると強いアルコールが鼻に抜け、まるで薬品を飲んでいる気になった。

 お互いつまらない意地の張り合いで、どんどん壊れていく。前にそんな他愛もない本を読んだことがある。だが自分の身に降りかかってみると、本にもならないような些細な出来事も重く感じる。

 だいたい、セシルもいけないのだ。簡単に回りに流されて。ヴィッツェンにしろアルダンにしろ、言いなりになってしまう。この俺にはいつだって牙を剥くくせに。なんで駄目なんだ。以前、俺に囁いた諸々の言葉は始めっからそんなものだったのか?

 疲れた……。もう、全てが嘘であったなら。全てが夢であったなら。このまま泡になって消えてしまえばいい。




 夜、同じ頃、テオドリックは自室に閉じ籠り、机の上に海図を広げていた。彼は手に手紙を持っている。蝋燭の明かりにかざしてそれを丁寧に読んでいく。表情はだんだんと険しくなった。


「第二回大同盟か……思っていたより早かったな」


 前の対シャルトレーズ大同盟は、第二次月桂樹戦争の終戦条約締結とともに解体された。もちろん、シャルトレーズを盟主として対抗するラヴェンナ同盟も解体された。世界を二分し戦い続ける危機を免れたと思ったら、もうこれである。

 いったいいつまで戦い続けるのか。どれほど血が流れるのか。

 テオドリックは暗がりの中、ペンとインクを探しながらため息をついた。

 どうやらカルディリア国王カヴールは、シャルトレーズを完膚なきまでに叩き潰すつもりらしい。たとえどんな犠牲が出ようと、あの国王ならやるだろう。


「過去に囚われた哀れな国王……か。俺も人のこと言えねえや……なあ、お前はどうなんだ、レオン」


 独り言には静寂が返ってくる。

 伯爵位を手にして久しい。この広い邸宅の主となったのは、もう随分前だ。しかし、この広さに見合うだけの人間はここにはいない。がらんとした邸宅には、彼と使用人しか住んでいない。


「鎖に繋がれているのは俺も同じ、か」


 さらさらとペンで走り書きをし、テオドリックは貰った手紙を蝋燭の火で燃やした。

 途端に辺りが明るく照らし出される。その火を見つめ、テオドリックは細い目をますます細くした。

 壁には絵が掛けられている。五人の貴族一家とその使用人が数人描かれていた。どうやらこの部屋で描いたものらしい。調度品もそのままそっくり描かれている。手紙を燃やし終えた後、テオドリックはその絵の前に立った。

 歳の近い恐らく五、六歳の少年が二人椅子に座っている。その隣には彼らの祖母らしき女性が椅子に座っている。その三人を手前に、後ろには少年達の両親であろうか、男性と女性が立っている。脇には執事らしき三人の男性が恐縮した様子でかしこまっていた。

 守りたいもの、守るべきもの。俺は間違っていないだろうか。裏切りに裏切りを重ね、嘘で塗り固める。進んで行った先には何がある?何が俺を救ってくれる?


「セドリック……」


 蝋燭の火が消えるのに合わせるように、呟きは静かに消えていった。


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