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86 欠片

「私聞きましたけど、シェール様とセシル様が婚約解消なさったって……それ、本当ですの!?」


「らしいですよ。まだ私達にもチャンスはあるわ!」


「ええ、それにしても、セシル様も我儘でいらっしゃること!シェール様を背の君にいただけるというのに……」


「本当に……。なんでも陸軍のヴィッツェン様と迷っていらっしゃったとか聞くわよ。贅沢な悩みね」


 久々の舞踏会に出席したセシルは、相変わらず男物の服に身を包んで壁に寄りかかっていた。別に聞きたくもないし聞こうと思ったわけでもないが、娘たちの会話が聞こえてしまった。

 贅沢な悩み、か。シェールみたいなののどこがいいんだか。むしろ代わってほしいものだけど。毎日踊り明かし、歌い、おしゃれにうつつを抜かす彼女達を見てそう思った。

 それでも、今まで辛く思わなかったのは、マリアがいたからだ。マリアも同じ女性として、毎日軍服に身を包んでいる。自分だけではない。心強かった。


「これからどうなるんだろう……?」


 ぽつりと呟いた時、目に入ったのは着飾って踊るシェールとマリアの二人だった。なんだか胸焼けがするような気がして、セシルは外に出た。外は少し冷たいのに、人がいた。


「ヴィッツェン中将……?」


 彼が振り向く。


「おや、セシル嬢。今日はドレスではないのですね」


 セシルはすぐに他の場所へ行こうとした。しかしそれをヴィッツェンが引き留めた。隣へ来るようセシルに微笑みかける。


「思えば不思議なものです……。あなたを想ってはや十年。一度も心移りはしませんでした」


 ヴィッツェンはセシルの両頬に手を添え、彼女の目を見つめた。


「私は……そろそろ振り向いていただけるのではないかと思いますが……」


 思わずセシルは目を逸らした。ヴィッツェンはくすりと笑った。


「あーあ、また振られてしまいましたね」


 セシルは彼を見た。なぜか涙が滲む。


「ご……ごめんなさい……」


「分かってますよ。ロシュフォード中将……でしょう?」


 しかし彼を思うと必ずマリアが出てくる。自分でももはやどうしていいのか分からない。


「でも、噂くらいはお聞きになったのでしょう?」


「ええ」


 あっさりとした答えが返ってきた。だったらなぜ、ヴィッツェンはもっと強い態度に出ないのか?それを見透かしたようにヴィッツェンがセシルの頭を撫でた。


「弱味につけこむような真似はしたくありません。心からあなたに振り向いていただけるまで、私は待ちます」


 セシルの頬を熱いものが伝った。


「なんで……なんでそんなに優しいんですか……もう優しくしないでください……」


 なぜそんなことを言うのか、ヴィッツェンはきょとんとした。


「私、もう誰も好きにならない……無理です、人を愛するなんて」


 困ったような顔でヴィッツェンは微笑んだ。


「それはもったいない。あなたに好かれる人は神にも選ばれた心地でしょう」


「そうでない人もいるわ。……私、もう嫌です。皆を困らせてる……シェールだけじゃない。テオもマリアも大将も、父上も部下も……あなたも……」


 するとヴィッツェンは彼女を抱き締めた。あまりの身のこなしの速さに、あっという間もなくセシルは彼の胸に顔を埋めることとなった。


「あ、あの……ヴィッツェン中将……」


「隠さないでいいんですよ。一番傷ついているのはあなたなんですから」


 ふっと何かが切れたかのように、セシルは涙を流した。それでもなお、ヴィッツェンに謝りながら。

 少し落ち着いて、ヴィッツェンは彼女の頭を優しく撫でながら呟いた。


「髪留めを変えたんですね」


「ええ……この間カルディリアへ救助に行ったときになくしてしまったみたいで。アルダンに貰ったんです」


「え」


 ヴィッツェンの顔が強張る。


「見覚えはないかってしつこく聞かれて……」


 ヴィッツェンは何やら一人でぶつぶつ言っていたが、その言葉に急に憐れむような顔になった。


「それは彼が玉蘭ユイランの者だからかもしれませんね」


 どういうこと、とセシルが訊ね返す。




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