81 天秤 3
着いた先は軍港だった。距離からして、カルディリア本国から一番離れた島にある常駐地だろう。
「なんで……?」
海賊―――まさか、ジル=エグモントの手下か。この辺りにはエグモントに服属する者もそうでない者も入り乱れて存在する。恐らくエグモント自身もどれが自分の部下かなんて、見分けがつかないだろう。
「こっちだ、とっとと歩け!」
港に着くと、シャルトレーズ海兵はカルディリア海軍に引き渡された。後ろ手に縛られ、足にも鎖をかけられている。動きにくいことこの上ない。
シェールは部下と離され、別の牢へ連れて行かれた。
「ほらよ!」
手の縄と足の鎖を解かれ、どさっと乱暴に投げ込まれた。
「シェール……シェールじゃありませんか!?」
聞き慣れた声がした。
「な……マリア……?」
そこには頬に傷があるマリアがいた。
突然、マリアはがばっとシェールに抱きついた。
「もう、シェールったら!私を追いかけてここまで来てくれるなんて光栄です!」
「来たくて来たわけじゃねえ!」
「違うというんですか!」
「ったりまえだろ!」
照れなくてもいいんですよ、とマリアが言った時、静かにしろ、と衛兵がやって来た。しかし、それだけ言うとすぐに去っていった。
「おいマリア。お前、どんな奴に捕まった?お前が警備していたのは、公海と領海の間だったな」
二人は急に静かに話し出した。
「海賊みたいな奴らですよ。港でカルディリア海軍に引き渡されました、恐らくあなたのように」
俺もそうだ、とシェールは返事をした。
「ついでに聞くが……最近カルディリアの漁獲状況は?たしか、この間の戦争―――第二次月桂樹戦争―――のせいで漁獲高は落ちたというが」
きょとんとしながらマリアは答えた。
「ええ、その通りです。でも魚が減ったわけではありません。第二次月桂樹戦争でカルディリア国王カヴールは商用港や漁港を軍港に変えるため、その地に住む漁師達を北へ追いやったのです。北の海は寒すぎて、正確には漁が出来る状況ではないんですね」
「その漁師達は今どこに?」
「さあ……詳しくは。でも、北の土地で農業や商業に従事するようになったり、こっそりと戻ってきて商用港や漁港として使える港で漁をしていると聞いたことがあります」
シェールはにやりと笑った。
「やっぱりな……」
相変わらずマリアはきょとんとしたままだ。
「やっぱりって、どういうことですか?」
シェールはここに連れてこられるまでの間に、敵船の甲板に見えたものをマリアに教えた。
「たしかに……海賊にしては身のこなしが違ったり、武器の扱いも下手だったような……」
だろう?とシェールが得意気に言う。
「きっと奴らは海賊のフリをしている漁師達だ。しかも、行き場を失った漁師達だ。だがカルディリア海軍は港でなんのためらいもなく俺達を引き受けた。きっと海軍と漁師の間でそういう契約がしてあるんだ」
「でも、あの海賊旗は?」
「海賊の方が何やっても軍と―――国と関係ないと言えるからな。おそらく、シャルトレーズ海軍を捕らえると報酬を出すとでも言ってあるんだろう」
それで、とマリアが訊ねる。
「へ?」
「ですから……それが分かって、一体どうしろと言うんですか?まさか分かったのはそれだけで、逃げ道も何も考えていないということはないですよね?」
シェールは沈黙した。マリアの言う通り、考えていなかったのだ。
「まったく……どうすると言うんですか。二人でこんなことになって……大目玉ですよ」
「でもあいつらはゴロツキの寄せ集めだ。上手くすればなんとか逃げ出して……」
その時、兵を従えた一人のカルディリア将校がやって来た。
「忘れたか。頭の悪いやつ。ここには海軍もいるんだぞ」
「なんだてめえ」
シェールが毒づくと、彼は牢を足蹴にした。ガシャンと古びた金属の音がする。
「立場が分かっているか?お前達は捕虜だぞ?……私はロドリゴ=ステビア中将だ。今後不敬な口をきいたら鞭打ちにしてやる」
それからステビアは落ち着きを取り戻し、咳払いをして改めて二人を見た。
「いいか、お前達を人質にしてシャルトレーズに領土返還を要求することとなった。明後日からひと月のうちに承諾の回答がなければ、お前達は処刑する。悪く思うな」
シェールとマリアは悔しそうにステビアを睨んだ。ステビアは心底嬉しそうにそれを嘲笑した。
「それと……下手に共謀して脱走されたら困るから、お前達はやはり別々の牢に入れる」
牢の鍵が開き、兵が入ってきた。シェールは狙いを定め、一番近くにいた兵の顔を蹴りあげた。空気が張りつめる。ステビアが銃を抜いた。
「動くな」
非情なその声に、シェールは動きを止めた。銃口はマリアを向いている。彼女は腕をしっかりと掴まれ、銃口を見つめて瞳をうるませていた。
「ちくしょう……」
悪態をついてシェールはしゃがみこんだ。ステビアは銃をシェールに向け、マリアを牢から出した。そして部下に顎をしゃくってみせた。
鈍い音がして、シェールが腹を押さえた。激しく咳き込んでいる。ステビアの部下が彼の腹を蹴ったのだ。彼は先程シェールに顎を蹴られた兵だった。
ステビアは合図をすると、マリアを離れた牢に連れていかせた。そして、自分も去ろうとする。
「待て……」
かすれ声に足を止めた。
「他にもシャルトレーズ海軍がいただろう。俺達を捕らえた付近だ」
「ああ……いたな」
「今、どこにいる」
ステビアはゆっくりと振り返った。恍惚とした表情に、シェールはぞっとした。
「……海の底だ」
ステビアは冷たい足音を響かせて去っていった。シェールはため息をつくと、拳を壁にうちつけた。




