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08 影

「だいたい、あんたに守ってもらわなくても私は大丈夫です!」


 セシルがそっぽを向いて言う。


「おお、そうか。じゃあ、この間ラクスに海に落とされて死にかけたのは何だったんだ?」


「あれはたまたま……!」


「たまたまあ?そういや、その前もプラクシドールで危なっかしいことしたよなあ」


 プラクシドールはシャルトレーズ王国の港町だ。以前そこを海賊が襲い、討伐に出向いたセシルは危うく海賊に捕まりそうだった。ぎりぎりのところでシェールが駆け付つけ、難を逃れたのだ。


「たまたまってそんなに何回もあることか?」


 いらつきを全面に出したセシルと、にやにやと彼女を見下ろすシェールの仲介を務め、テオドリックのおかげでなんとかその場は収まった。

 結局石はセシルが所有することになった。

 ヴィッツェンは名残惜しそうに、かつセシルを諦められないと何度も伝えて去っていった。



 その日の夜、シェールはテオドリックと、彼の司令官室で一緒に酒を飲んでいた。テオドリックはソファーに座り、シェールはその後ろの窓枠に腰かけている。シェールがテオドリックの背中を見る位置にいる。

 遠くで犬の声が響いた。


「そろそろ止めたら?セシルに突っかかっていくの……止めるこっちの身にもなってほしいんだけど」


 テオドリックはコップの中身を全て飲み干し、半分からかうように言った。シェールからの返事はない。気になってちらりと振り返ると、シェールはコップを見たまま考え事をしているようだった。


「別に……あいつが嫌なわけじゃないんだよ。幼馴染みだし。けどさ、いきなり許嫁ですー、なんて言われて……調子狂うんだよなあ。今まで喧嘩くらいしかしなかったし、今だって……あいつ、俺のこと絶対嫌ってるだろ」


 テオドリックはため息をついた。

 これはお守りをしきれないな。かと言って、竜の石と同じ、口で言ってどうこうなるものでもない。


「嫌ってるかどうかは、本人に聞いてみろ」


 新たに酒を注ぎ足しながら、テオドリックが返答する。


「別にいい。あいつ見てるといじりたくなるんだよ。絶対またなんか言って、嫌な思いさせる」


「お子様め。マリアは?お前、彼女とは喧嘩しないだろ」


 笑いながらテオドリックが言った。


「マリアは……俺達とは違うだろ。セシルや俺達みたいに根っからの……じゃない」


 確かにマリアは根っからの軍人ではない。幼い頃、彼女の兄が急逝して後継ぎがいなくなったために、彼女の父が無理矢理、マリアを海軍に入れたのだ。だから、どこか違うところがある。お嬢様らしいというか、発想が変わっているのだ。それがまた戦略を立てる上で、大いに役立ったりするのだが。


 その後シェールは黙りこくってしまった。テオドリックはテーブルに近隣の海図を広げて眺めながら、時折シェールに話しかけてみた。しかし、返ってくるのは虚しい沈黙だけだった。

 一時間ばかりそうして、テオドリックは部屋を出ていった。



 既に闇が辺りを包み、頼れるのは月明かりだけだった。

 少し散歩をするつもりだったが、なんだか気味が悪い。魔物でも出そうな感じだ。テオドリックは急ぎ足で自分の部屋へ戻ろうとした。

 だが途中で、二人の衛兵に出会った。暗めさであまり顔は分からないが、どうやらどちらも新米らしい。海軍中将であるテオドリックにいろいろと質問をしてくる。彼は黙っていた。


「答えないか。ならば、詰所まで来てもらおう」


 衛兵はそう言うと、テオドリックの手を掴もうとした。

 別に素直に答えてやってもよいが、上官のことはあまり詮索しないものだ。今夜の担当は誰だったかな、と考えを巡らせていると、数人の足音がした。


「隊長、不審人物を見つけました。名乗ろうともしません。怪しいやつです。逮捕してもいいですか」


 隊長、と呼ばれた人物が近づいてくる。ランプを持った兵が慌てて後を追う。


「何事だ」


 その声は、セシルだった。


「あ……」


 言葉に詰まった。セシルは少し戸惑っているようだった。

 テオドリックのことだ。少し酒の匂いもするし、どうせシェールのところで今日の愚痴でも言い合っていたのだろう。テオドリックは月が好きだから、散歩に出たところを運悪く衛兵に見つかってしまったというところか。


「お放ししなさい。ヒュー海軍中将であらせられる」


 衛兵はびくっとして手を放し、非礼を詫びて敬礼した。

 テオドリックは笑いながらセシルに話しかけた。


「部下はよくしつけておくことだ」


「これはとんだご無礼を……」


 セシルも笑いながら返す。

 テオドリックはふと、彼女の足元に一頭の犬がいるのに気付いた。黒い短毛で、耳は悪魔のように尖り、獰猛な牙を持っている。気配を感じさせないその犬は、セシルにぴったりと寄り添うように座っている。


「さっきの鳴き声はこの犬か」


「ええ」


「毎晩、犬を連れて巡回を?」


「物騒になったからね。まだ実験段階だけど」


 軍用犬は必要があれば吠えるように訓練してある。恐らくさっきも何かあったのだ。だが通常どおりの夜が過ぎていく、ということは、大したことではなかったということだ。


「すっかり酔いが醒めたよ。邪魔して悪かったね」


 軍用犬……か。セシルが何を考えているのかは分からないが、まだ実験段階だと言っていた。

 テオドリックは深くは探りを入れず、その場を去った。

 


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