78 昔話
元の部屋に戻ると、テオドリックはまだそこにいた。どこから持ってきたのか、ワインをひっかけている。アルダンの表情を見て、にやりとした。
「なんだ。俺の顔に面白えもんでも付いてるかよ?」
アルダンがじろりと睨む。テオドリックは平気な様子でそれを笑った。
「セシルか?」
「ああ。やっぱり腕を怪我してた」
「そうじゃなくて」
テオドリックはグラスをアルダンに差し出し、そこになみなみと注いだ。
俺は本当はラムをらっぱ飲みが一番好きなんだが、と文句を言うと、よしてくれよと苦笑いが返ってきた。どうもこういうかっちりとしたようなことは苦手だ。
「気になるんだろ、彼女のこと」
馬鹿馬鹿しい、とアルダンはそれを嘲った。
「そうか?でも本気なら命懸けるくらいの覚悟がないと、彼女は奪えないぞ。敵は多いよ」
「だから、意味分かんねえ」
瞬間、アルダンの頭に一人の女性が浮かんだ。思わず遠くを見てしまう。
「あるんだろ?思い当たるフシってのは」
「話す義理がない」
するとテオドリックはグラスを爪で弾いた。甲高い音が二回響いて闇に溶けた。
「肴がない」
アルダンは少々騙されたような気がして眉を寄せたが、口を開いた。別に隠すほどのことでもない。
「ご期待に添えるような美味い肴じゃねえぞ、司令官殿」
「結構」
そうか、とアルダンは一口飲み込んだ。
「別に……たいしたもんじゃない。俺がまだ二十歳にもなってねえくらいのガキの頃さ。一人の海賊と知り合った。あれはたしか……ガカダンピカの港だったかな。夜のキチガイじみた野郎共ばかりが集まる酒場だった。銀の髪の綺麗な女だった。歳は向こうの方が五つくらい上だった」
「で、恋に落ちた、と?」
テオドリックの言葉にアルダンは少し恥ずかしそうに頷いた。ぐいっとグラスの中身を飲み干す。
「今思えば、あんな女がよくこんなケツの青いガキの相手をしてくれてたもんだ。遊ばれてるんじゃないかと思ったが、割りと本気だった」
「まあ、銀の髪っていうのは珍しいからな。セシルを見て思い出したわけか。で、その恋人さんは今どこに?」
アルダンはグラスを置いた。空になったグラスの底に僅かに溜まった液体を見つめる。そして、ため息と共に吐き出した。
「あの世だ」
「え……」
別に海賊が死ぬことは驚くべきことではない。戦闘中に死ぬことだってある。海軍に捕らえられれば、女だろうが問答無用で縛り首だ。
「海軍にやられた」
二人の間に妙な沈黙が流れた。
「シャルトレーズ海軍にやられた。キール元帥と俺の親父……アイオロス五世の海賊討伐計画だ」
テオドリックは無言でアルダンのグラスに酒を足した。アルダンは溜まっていく酒をじっと見ている。
「目の前で喉を掻っ切られて死んだ。今でもたまに夢に見る。俺の白い着物が真っ赤に染まった」
だから月桂樹戦争はシャルトレーズにつかなかったんだ、とアルダンは笑った。その笑いにはどこか悲しい響きがあった。そしてその後、まあ結局どこにもつかなかったがな、と付け加えた。
「ご期待に添えましたか?司令官殿。満足なら俺は船に戻って寝る」
「ああ、割りと十分だった」
そうか、と呟くとアルダンはグラスを空にして背を向けて出ていった。戸口のところで立ち止まり、テオドリックを振り返る。
「ただ一つ良かったのは、今部屋で寝てるあいつが海軍だったことだ」
アルダンは暗闇に消えていった。
結局惚れてるんじゃないかよ、とぼやいてテオドリックは瓶を仕舞った。




