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77 揺らいだ土地へ 6

 こちらへ向かっていた船は、アルダン=カルヴォだった。船を寄せ、アルダンがセシルのもとに来た。


「さっきのはエグモントか」


「ええ」


 アルダンは舌打ちをした。そして、エグモントが去っていった方を睨む。


「くそっ、あの野郎。今度会ったらギタギタにしてやる」


 黒髪を潮風に靡かせる海賊を見て、セシルはふと思った。

 私がよく知ってるって……まさか、アルダンじゃないでしょうね。

 アルダンがセシルの視線に気付いて振り返った。どうした?と訊ねられた。


「……なんでもない……」


 不思議そうな顔をしながら、アルダンは数隻の船を残して港に戻るようセシルに言った。


「聞いたぞ、この間イカれた奴にやられたんだって?お前そういうの多いよな」


「巨大なお世話よ……っていうか、誰に聞いたの」


 セシルは左手で頬を触ろうとして、顔をしかめた。ちらりと左腕を見やる。


「お前の同僚だけど?」


 恥ずかしさに顔を背けたが、セシルは部下にそこを任せ、一度戻ることにした。




「にしてもびっくりだな。まだ陛下の公賊として仕えてるなんて」


 未だに頭に包帯を巻いたテオドリックがアルダンに話しかけた。リープ島に戻ってこられたのはすっかり日が落ちた後だった。外はもう暗い。


「別にそんなんじゃねえよ。スキロスの……弟の頼みだからこうしてやってるんだ。まだ動乱は収まっていない。今は束の間の平和だ。どうせまたすぐ公賊になるんなら、ここで信頼を勝ち取った方がいいからな」


 本当かな、とテオドリックが呟いた。アルダンは無視している。

 実際アルダンは弟思いだ。半分王家の血が流れていながら海賊にするなど、前王アイオロス五世はアルダンにひどい仕打ちをした。それでもこうして現国王スキロスに仕える姿勢は称賛されている。


 アルダンは立ち、セシルに会いに行った。ノックをすると、扉を隔てた向こうから眠たそうな返事があった。


「あら、アルダン」


 どうやら机に座ってうとうとしていたらしい。蝋燭が明々と周りを照らし、セシルの右頬には赤い跡があった。


「左腕を出せ」


 ぶっきらぼうに呟く。セシルは動かなかった。


「左腕を出せと言っているんだ」


「どうしてよ」


 アルダンはセシルの左腕を掴んだ。


「ちょっと、何を……っ!」


 袖をまくり上げた時、セシルが顔を歪めた。腕には痣があった。ひどく打ったらしく、青痣を通り越して紫に変色している。


「ったく、お前は無茶ばっかだな。どこでこんなに打ったんだよ」


「知らないわ。気付いたらそうなってたの」


 やれやれと首を振って、アルダンは懐を探った。貝で出来た薬入れを取りだし、セシルの腕に薄緑の薬を塗った。


「冷たい……」


 腕を眺めながらセシルが呟いた。


「打ちみによく効く。コーローの葉とリンナンの葉を混ぜたものだ」


「へえ……聞いたことないわ。よく知ってるのね」


 セシルの腕に包帯を巻く手を一瞬止め、アルダンは眉を寄せた。


「金も力もないガキが海で荒くれ者と生きていくには、頭を使うしかなかった。自分が使えるということを証明しなければ、売り飛ばされて自由を失い奴隷として生きるか、死に自由を見出だすかしかなかった。お前達には分からないことだ」


 むっとしたセシルは何かを言いたげだったが、すぐにとろんとした目で横になった。


「部屋を出るとき、蝋燭を消しといてくれる?」


 どうやら寝るつもりらしい。

 テオドリックとかいう糸目の司令官が言っていたとおりだ。無防備すぎる。文句を言おうとして見ると、セシルは既に眠っていた。

 やり場のない気持ちを圧し殺してその場を去ろうとしたが、蝋燭の側まで来てセシルの照らされた寝顔にふと目が留まった。

 蝋燭を寄せ、彼女の寝顔をまじまじと見た。

 これって端から見ると、どう見えるんだろうか……やっぱ、変態か?

 銀の髪がつやつやと輝く。閉じられた目は優しそうで、長い睫毛が少し濡れている。そう、優しそうに見えて強かでかつ脆いのだ。こいつも、そしてあいつもそうだった―――。


「ちくしょう……」


 ずるいんだよ、と呟くとアルダンは蝋燭の火を吹き消し、部屋を静かに出た。


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