表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/152

71 歪み 2

「まったくもう、シェールも堅いんですから……」


 シェールの司令官室を出て、マリアがじれったそうに呟いた。


「でも、今回の任務は千載一遇のチャンスですね」


 嬉しそうにくすっと笑った。

 今までなかなかシェールと完全に二人きりになることはなかった。今回の任務ではセシルとテオドリックとは正反対の方向に行くことになる。邪魔が入ることはない。

 シェールを口説き落とすいい機会だ。どうせカルディリアも警戒して、本当に危機的状況に陥ることは考えられない。この任務を利用しない手はない。


 廊下を歩いていると、セシルがテオドリックの司令官室から出てきた。


「あら、マリア」


 マリアはセシルを見つめた。

 どうしたの、とセシルは不思議そうに問う。マリアはにこっと笑った。


「セシル、もし何かあっても何も言わないでくださいね」


 相手は一瞬きょとんとした。


「それ、シェールのこと?」


 マリアは驚いた。が、すぐに不敵な笑みを浮かべた。二人は今は士官ではなく、ただの女として向き合っていた。


「聡くなったんですね、セシル」


 以前ならきっとシェールの名を出すこともせず、ただ訳の分からないといった表情をするであろうセシルが、比較的早く反応した。

 セシルは少々困った顔をした。


「何があっても、何も言わないでくださいね」


 マリアは同じことを繰り返した。


「物好きね、マリア。あんな男となんて……」


 言い終わらないうちに、マリアはセシルに歩み寄った。コツコツと冷たい足音が廊下に響いた。

 すつと手を伸ばし、マリアはセシルの頬に触れた。セシルは鳥肌が立つのを我慢した。

 マリアはそのままセシルの頬をなぞりながら喋った。


「セシル、私はいつも不思議なんですよ。不思議と言うか疑問と言うか……いったいいつ、あなたは自分の気持ちを抑えられなくなるんでしょうね?いつまでそうやって、自分の気持ちを欺いていられるのでしょうね?」


「言ってる意味が……分からないわ……」


 沈黙が流れた。まるで時が止まっているかのような静けさだ。二人とも動かない。


「だったらセシル……ずっと分からないままでいてくれてもいいんですよ」


 マリアはそのまま前に歩いて行ってしまった。

 取り残されたセシルは、何か得体の知れないものから解放されたかのように、膝が震えるのを感じた。だが大きく息を吸ってなんとか震えを止めると、資料庫へと向かった。

 その暫く後だ。司令官室からシェールが出てきた。険しい表情でテオドリックの司令官室に入っていく。


「おう、どうかしたか、シェール」


 テオドリックは広げて適当に置いてある地図や海図を片付けている最中だった。


「お前に限ってないとは思うがな……一応言っておく」


 シェールが真顔でテオドリックの目の前に立った。


「くれぐれもセシルに手を出すなよ。いくら女っ気がないとは言ってもな」


 一瞬ぽかんとして、テオドリックは不敵に笑った。


「それは俺のセリフだぜ、シェール。決してマリアに変な真似するなよ。特に二人とも酒弱いんだから、飲みすぎて不祥事を起こすな。それと、安心しろ。俺はセシルをそういう対象に見たことがない」


 少しの間睨み合った後、急に二人は冷静になり、出航の段取りを話し合い始めた。しかしその間中、シェールはどこかそわそわと落ち着かなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ