70 歪み
シャルトレーズ海軍司令部の一室に、セシル達四人の中将が呼び出された。部屋には彼らの上官であるパーゼル大将がいた。
「おお、揃ったか。やっと落ち着いてきたところだが……これからの任務を言い渡す」
パーゼルは机に地図を広げた。四人はその周りに集まった。
「まず、テオドリック、セシル。お前達はアストレーズ王国との国境付近の、カオラック諸島の警備に行け。アルダン=カルヴォの部下でない海賊は全て捕らえるように。最近はハーシという……聞いたことくらいはあるだろう、心を狂わせる薬も売られているらしい。取り締まりを頼む。それからシェール、マリア」
マリアがちらりとセシルを見た。だがセシルは地図を見つめたままだ。気づく気配もない。
「お前達はカルディリア方面、ベイルート島へ向かえ。もしかしたらジル=エグモントが襲撃でもするかもしれない。今会議で、アルダンをベイルートへの警備に編入させるかどうかを話し合っている。警戒を怠るな」
パーゼルは顔を上げ、四人を見た。
「軍備はそれぞれに任せる。ただ、一つ言っておく。まあお前達なら大丈夫だと思うがな……。王国はやっと停戦したところだ。つまらないことで火種を増やしてくれるなよ。こちらから手出しをするんじゃない」
部屋を出たあと、セシルはテオドリックと、シェールはマリアとそれぞれ分かれて司令官室に入っていった。
「カオラック諸島か……順風十五昼夜で着くか」
「そうね。この季節は海も穏やかだし、それくらいで行けるわね」
机に海図と地図を広げながら、テオドリックとセシルが話す。
「アストレーズに近いな……そういえば、ジル=エグモントだが、奴は拠点をアストレーズにも持っていたらしい。密偵からの情報だ。しかも、カオラック諸島に割りと近い所にな」
とんとん、と地図を指で叩いてテオドリックが指し示した。そこはカオラック諸島に近い所―――つまり、シャルトレーズ王国に近い所だった。
「じゃあ、ハーシの実もエグモントが持ち込んだってこと……?」
「断言は出来ないが、多分そうだろうな」
これからどうするかな、とテオドリックが呟いて、本棚からいろいろな地図や海図を引っ張り出した。
「戦いのおかげで軍備は整ってるし、最終調整を済ませたらすぐに出航出来るな。幸いにも使い物にならない船はなかったし……」
シェールが呟いた。目の前にはマリアが座っている。机に海図を広げ、ベイルート島を確認した。シャルトレーズ商船が立ち寄る港町がある。しかし割りとカルディリアに近いため、侵略を受けたこともあるし、海賊にも狙われやすい。
「でも警備だけですし、そこまで緊張して行かなくてもいいですね。負けたばかりで手を出してくるほど、カルディリアだって愚か者ではないでしょう」
そうだな、とマリアの言葉に頷き、シェールは目でベイルート島を捉えた。
すると突然、マリアがシェールの隣に移った。
「え、おい、マリア……?」
体がくっついている。それよりも、ふわっとした甘い香りに、シェールは惹かれた。セシルの軍服には潮の香りが染み込み、彼女も香は焚くもののこのように甘い香りではなく、もっと胸のすっとするような薄い香りだ。
「逆さまから見るのって、結構大変ですね」
マリアはもっと端の所を見ようと身を乗り出した。
「え、ちょっと……あの……」
彼女の軍服を通してすら豊満な胸が腕に当たり、シェールはそっと手を抜き、背中へ回した。思わず飲み込んだ唾が大きな音を立てた気がして、シェールは余計に焦った。
それにすら気付かないようで、マリアは暫く海図を眺めた。
ようやくマリアが立ち上がって背を向けた時、シェールは自分の頬に手を当ててみた。思った以上に火照り、恥ずかしさを感じた。
でもまあ、生理現象ってやつだろう。だって俺はセシルが好きなんだから……。
ぴしゃりと頬を叩いて、シェールは海図を一旦仕舞いにかかった。




