07 決着
「セシル、どういうつもりだ!こんな使えないもの寄越しやがって!」
「なっ……何よっ!私は結界に拒まれたりなんかしないんだからね!」
「俺が悪いってのかよ!」
半ばうんざりしながらも、テオドリックは二人の仲裁に入った。
「石が人を選ぶと言ったな。何をもって石は人を選ぶんだ?」
「それは……」
セシルは口ごもった。テオドリックはそれを見てぼそっと言った。
「なるほど……言ってどうこうなるもんじゃない、か」
うつむいたまま、セシルは小さく頷いた。
テオドリックの言う通り、剣の振り方などでどうにかなるものではない。むしろ、心の有り様が問われるのだ。だが、今のシェールではきっと無理だ。
「なら、ヴィッツェンはどうなんだ。赤の石を扱っている」
ためらいがちに、セシルは口を開いた。
「心。誰かを守りたいと思う心……石はそれを判断して、使い手を選ぶの」
テオドリックは思わずセシルを見た。相変わらずシェールしか眼中にないらしいが。
そうか、それなら―――。
「シェールが使えないのも無理はない、か」
逆に言えば、ヴィッツェンはセシルのためなら戦えるだろう。だから、石を使えるのか。
シェールは左頬に擦り傷をつくっていた。肩で粗い息をしている。明らかに戦局はシェールが不利だ。
「そろそろ諦めませんか、ロシュフォード中将。聞こえていたはずです。竜の石は心を読む。セシル嬢を本心から守ろうとしないあなたでは、私に勝つことはできない!」
「うるせー!俺はあんな女、どうだっていいんだよ。俺が決闘を引き受けたのはな、勝負することだけが目的だったんだ。売られた喧嘩をほっとけるか!」
そして、青の石を左手に持つと、セシルの方へ投げて寄越した。石はセシルまで届かず、地面に落ちた。
「シェール!」
「こんな役に立たないもの、持ってるだけ邪魔だ!」
「シェールのばか!」
セシルが小さく言い捨て、石を拾いに走り出た。テオドリックとマリアが危ないと制する声すら届いていない。
ヴィッツェンはシェールが石を捨てたのを見て、剣を振るった。剣先からは火の玉ではなく、火の竜が飛び出した。
まっすぐにシェールに突っ込んでくる。シェールは器用にそれをかわした。しかし、その先を見て焦った。セシルがいる。
なんで―――!
手に石を持っている。取りにきたのか。
火の竜が勢いを増し、セシルに迫る。
「セシル嬢!なぜ……!」
ヴィッツェンは火の勢いを弱めようとしたが、竜は既に支配できなくなっていた。セシルも竜に気づいたが、遅すぎた。
間に合わない―――誰もがそう思った瞬間、ジュッという大きな音と共に、辺りが白い温かい霧で覆われた。
風がそれをなぎ払う。
「あ……!」
セシルの前に、剣を構えたシェールがいた。少々髪が濡れている。そしてシェールの体を取り巻くように、青い竜がいた。
「怪我ないな!?」
シェールがセシルを振り返る。セシルが目を見開いたまま、こくんと頷いた。
「おのれ!セシル嬢から離れんかっ」
ヴィッツェンが再び剣を振るうが、火の竜をシェールは剣で斬った。その切っ先から、水の竜が飛び出した。
皆が静かに見守っている。
「なぜ……」
沈黙を破ったのはヴィッツェンだった。
「ふん……俺にもその資格があるみたいだな。残念だったな、ヴィッツェン中将殿」
そう言って、シェールは剣を振るった。水の竜はヴィッツェンに迫って行った。防ぐ間もなく、ヴィッツェンは水の球に取り込まれた。
セシルは思わず息を飲んだ。
「すごい……私もここまでは……」
それも、初めてで―――。
水の球の中が透けて見えた。ヴィッツェンが膝をついて、苦々しい表情でこちらを見ている。そして、剣を仕舞った。
「勝負、それまで」
マヌエル大佐の声が響いた。
シェールが剣を収めると、ヴィッツェンを包んでいた水は、音もなく消えた。
野次馬から、わっと歓声があがる。シェールは思わず微笑んだ。
「ロシュフォード中将……まさかあなたが青の石の使い手とは思わなかった……誤算でした、私の負けです」
「ま、俺も久々に楽しませてもらったからな」
シェールとヴィッツェンは握手した。
「今日は私の負けですが、まだセシル嬢を諦めたわけではありませんから」
「ふん、勝手にしろ。俺は本当に迷惑なんだ」
心底嫌そうな口調で言った時、シェールは後頭部に強い痛みを感じた。
「つっ……誰だ!」
腕を組んで半ば呆れたようにシェールを睨むセシルがいた。
「早く石を返しなさい」
「セシル……お前は結界に拒まれたりはしないらしいが、石を使えるのか?」
「……一応」
シェールはにやっと笑った。
「だったら石は俺に預けた方がいい。俺の方が上手く使えるみたいだし、いざとなれば俺がお前を守れるだろ?」
「……はあ?あんた、熱でもあるんじゃない?」
ぽかんとするセシルを見て、シェールは舌打ちした。
俺が全力で本音を言ったのに、この女……!