06 決闘
青空の綺麗な日だ。陸軍第三練兵場で、二人の男が向き合っていた。シェールとヴィッツェンだ。二人のまわりには、野次馬がたくさんいる。その中にはもちろん、セシルの姿もあった。
「わざわざお越し下さってありがとうございます、ロシュフォード中将。盛大におもてなしいたします」
「いえ、お気になさいますな。ヴィッツェン中将」
二人は表面的には穏やかな会話をしているが、なんとも言えない空気が漂っていた。
判定を務めるのはシェールとヴィッツェンの共通の友人である、陸軍のマヌエル大佐だ。
緊張した面持ちで二人は試合前の礼を行い、剣を構えた。
ヴィッツェンの持っている剣を見て、セシルはぎくっとした。柄の部分に赤い石がはめ込まれている。あの剣は―――。
威勢のいい掛け声と共に金属音がして、二人の剣が交わった。シェールが力に任せて振り払う。ヴィッツェンはよろめき、シェールはその隙をついて鋭い突きを繰り出した。ヴィッツェンは危ういところで次々に避ける。
「なんだお前、口ほどにもねえな」
シェールが笑いながら言う。
「そのようですね。しかし、あなたも困った乱暴者だ」
ヴィッツェンはフッと笑うと、赤い石をシェールに向けるようにした。そして、空を斬った。
「なんのつもりだ!掠りもしてねえぞ」
シェールが笑う。野次馬の中にも、嘲笑う声が聞こえた。
「今までみたいに笑っていられますかね」
次に二人が剣を交えた時だ。ヴィッツェンの持つ剣から、赤い光のもやのようなものが見えた。シェールの腕に巻き付いてくる。
本能で危機を察知して、シェールは飛び退いた。
だが一瞬判断が遅かったか―――もやが触れた部分は、針で刺すような痛みを感じた。
「何をした……」
シェールは強がって、平気そうなふりをして言った。だが、答えたのはセシルだった。
「ヴィッツェン中将!それは竜の石では……!」
人々の視線がセシルに集まる。
セシルは苦笑いした。素直なやつ。『竜の石』と言った時、セシルの隠し持つもう一つの石と剣の石が、確かに共鳴した。ヴィッツェンも気付いているだろうが、全く顔に出さない。
「セシル嬢、ご存知でしたか」
「まさかそんなものを持ち出してくるとは……」
「あなたには言われたくありません。懐に持っておられるのでしょう、もう一つの青の石を」
やはり気付いていた。セシルはすっと懐に手を入れ、石を取り出した。掌に収まるくらいの大きさの、青く楕円の石だ。
「なんなんだ……竜の石って」
会話に全くついていけないシェールが初めて口を挟んだ。
「竜の石は……我がヴィッツェン家とコシュード家にそれぞれ伝わる魔石です。赤は火を司り、青は水を司る。もともと一対の剣に嵌められていたものですが、水の剣が壊れてしまい、石だけが残ったのです。もともと一対であったものは一つになるべきだ。ヴィッツェン家とコシュード家も同じ……」
「つまり、あの石は互角ってわけか」
にやりと笑ったシェールに、ヴィッツェンは冷たく微笑み返した。
「愚かな……石は人を選びます!」
そう言って、再び剣を構える。ヴィッツェンの後ろに何か見えた気がした。気のせいじゃない。あれは……赤い竜!?
よそ見をしている余裕はもはやなかった。ヴィッツェンの切っ先がシェールの軍服を掠めた。さっきまでとはスピードが違う。
そう思った途端、ヴィッツェンの剣から赤い炎の影が見えた。
ヴィッツェンが剣を払うと、火の玉が飛び出す。
次に下がった時、シェールはセシルに向かって叫んだ。
「おいセシル、なんかよくわかんねえけど、青の石とやらをよこせ!」
セシルは頷いて石を投げた。シェールが手を伸ばす。
しかし、掌に収まる予定だったそれは、バチッと音がして弾かれた。シェールが痛みに顔をしかめる。
「何で……?」
呟いて、地面に落ちた石を拾おうとした。しかし、相変わらず拒まれる。
「結界ですか……言ったでしょう、石は人を選ぶ、と」
再び火の玉がシェールめがけて降ってくる。
「あちっ!」
目の前すれすれに降ってきた玉を危うく避けた。その後も青の石に触れようとするが、石は抵抗した。
シェールは仕方なく、剣で防御している。
「ああ、シェールに勝ち目がないな」
セシルの横でテオドリックが呟いた。
シェールの顔が心なしか青ざめているように見える。セシルは最悪の事態を予想して焦った。
しかし、どうすれば―――!