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55 二十年前の恋

 遂にシャルトレーズ王国は、対シャルトレーズ大同盟に対向すべく、ラヴェンナ同盟を結んだ。単なる対向同盟ではなく、あからさまに軍事政策も盛り込んだ趣旨だ。

 これに対して対シャルトレーズ大同盟参加国は急いで同盟内容を更新し、軍事政策も盛り込んだ。いよいよ緊張が高まる。

 そんな中、一通の手紙がシャルトレーズ王妃テオドラのもとに届いた。夜もかなり更けて、内密に届けたのは二人の騎士、ディアノエルとフェリクスだ。


「ひどい……こんなことを……」


 テオドラはわなわなと震え、手紙を取り落とした。隣にいた夫、スキロス二世がそれを拾う。

 手紙はテオドラの故国、アナクレア公国からだった。


「お父様は何も私のことを分かっていらっしゃらない!」


 ベッドに腰掛け、顔を覆って泣く妻の肩をスキロスはそっと抱いた。ドレスの下では細い肩が震えている。


「私はあなたの父君のおっしゃることが分からなくもないよ。……あなたがここにいれば危険だと、私もそう思う」


 せめて愛しい人を、炎が渦巻く中に身を投じる前に、安全な場所へ―――。そうは思うものの、スキロスの胸は寂しさと愛しさで張り裂けそうだった。


「陛下……最初に私がこのシャルトレーズへ嫁いで来た日のことをお忘れですか。私はもうシャルトレーズ人です。他の何者でもありません。私は最後まで……あなたと共に……」


 最後まで言い終わらないうちに、スキロスはテオドラにそっとキスをした。王妃を抱き締め、耳元で囁いた。


「ありがとう、テオドラ」


 スキロスは妻を抱き締めたまま、一人過去に思いを馳せた。




 およそ二十年前―――。月桂樹戦争で、まだ王太子だったスキロスは陸軍の一司令官として戦場へ赴いていた。カルディリア国王カヴール二世を破った後、更に進軍した先にはアナクレア公マルディンがいた。

 アナクレア公国はもともとカルディリア王室の血を汲んでいる。アナクレア王室の血が途絶えてからは、公爵家の中からアナクレア公を選び、その人が王として終身統治を行っている。その時のアナクレア公がテオドラの父だ。

 テオドラはその時、わずか十歳だったが、その場にいた。その時、二人は許されざることと知りながらも恋に落ちてしまったのだ。

 戦争が終わりテオドラが十五になった時、スキロスは正式にアナクレア公に手紙を送った。アナクレア公は激怒し、手紙を踏みつけた。更にそれまでの五年の間、スキロスがテオドラに送り続けた手紙を、あろうことか全て燃やしてしまったのだ。


『シャルトレーズの野蛮人どもに、私の可愛いテオドラをやれるか!』


 アナクレア公はそう叫んだという。




「覚えてる?二十年前のこと」


 スキロスがテオドラの髪を手ですきながら言った。


「初めて会った日のことですか?ええ、覚えていますわ。まるで昨日のことみたいに」


 テオドラは夫の目を見つめた。その目は戦場で出会った時と全く同じ輝きを持つ。


「あの時とお変わりのうございますね」


「あなたもだ。あの時と変わらない……」


 スキロスはテオドラを抱いたまま、ベッドに寝転んだ。


「辛かった。あの八年は本当に辛かった」


 ただ想うだけだった五年間。会うことも叶わず、ひたすら思いを綴った手紙を送り続けた。相手が高い身分の貴族であるが故に、どうか政略結婚をしませんように、と祈るしかない無力さの実感。

 テオドラが十五になったからと結婚を申し込んだら、名前を見た瞬間拒絶された。


「お父様がお断りになった時……私、泣いたんですよ」


 王妃は涙目だ。何度も聞いた言葉だが、相変わらずスキロスは幸せだった。


「私とあなた、何がいけないんだろうってずっと泣いてました。あなたが来てくださった時、本当に嬉しかったんです。なのに、お父様は……」


 涙を流す妻の頭を、スキロスはなだめるように撫でた。


 何度断られてもスキロスはずっと結婚を申し込み、テオドラは縁談を断り続けた。

 そしてそれが二年続き、ある時スキロスは父王の許しを得て、アナクレア公国を訪問した。直接結婚を申し込むつもりだと分かると、アナクレア公はスキロスを王宮に呼びつけた。そして、こう言ったのだ。


『それほど我が娘が欲しければ、この男と闘って勝ってみよ』


 相手はアナクレア公国ーの剣奴だった。その時やっと二十歳を過ぎたスキロスとは、体格も経験も違った。

 けれど、スキロスはそれに勝った。代役を立てても良かったのだが、スキロスは自ら剣を握った。そして、ぼろぼろになりながらも剣奴の両足の骨を折り、勝利した。

 傷が癒えてから、スキロスは再び結婚を申し込みに行った。するとアナクレア公はまた条件を突きつけた。


『罪人の如く、鞭打ち五百回をくらってもなお、我が娘を欲するか』


「本当にあの時は……あなたが死んでしまうのではないかと、毎日神に祈っておりました」


 テオドラはスキロスの背中に手を回した。服の上からでは分からないが、この下には痛々しい傷跡が残っている。


 その後もスキロスが結婚を申し込む度に、アナクレア公は無理難題を押し付けた。しかしスキロスはことごとくそれに応えてみせた。

 そして運命の日がやってきた。スキロスが王宮を訪問して丁度一年が経った日だった。


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