53 嵐の予感 2
それから暫くして、正式に対シャルトレーズ大同盟が結ばれた。カルディリア、アストレーズを中心に、シャルトレーズ王国に対して経済政策をとるものだ。しかしその奥には、はっきりと言及はしていないものの、軍事政策もあることは明らかだった。
まだ相手にするのはシャルトレーズ王国一国であるが、シャルトレーズと友好的な国は反感を露にしている。
「陛下……」
目を閉じて考えを巡らすシャルトレーズ国王スキロス二世の隣で、王妃テオドラが呼び掛けた。二人とも軍服を着ていた。
スキロスは静かに目を開けた。
「今朝言った通りの国に、急使を送れ。もう先延ばしにもできないし、後戻りもできない。皆も心してくれ」
大広間に、凛とした声が響き渡る。陸軍と海軍の重役達、それに議員達は、勢いよく返事をした。
今朝方、スキロスは二十年前の月桂樹戦争でシャルトレーズに味方した国と、その後敗戦国から奪って独立させた植民地などを挙げて、カルディリアやアストレーズに対向できるような同盟をつくるよう指示した。対シャルトレーズ大同盟は、前々からその兆候はあったし、スパイの報告からも覚悟はしていた。そのおかげか、同盟締結が発覚しても、スキロスは慌てることなく命令を出せた。
同時にスキロスは、既に対シャルトレーズ大同盟に参加した国のうち、いくつかにも使者を派遣することにした。上手くいけば、カルディリアやアストレーズに戦力的打撃を与えられる。例えこちらにつくのが小国であったとしても、精神的なダメージはないとは言えないだろう。
「しょせん、血塗られた道か……」
悲しそうにスキロスが呟いた。ここのところ忙しさのせいか、スキロスの髪は明らかに伸びていた。その豊かな金髪を掻き上げ、彼は苦笑した。
まるで、二十年前のようだ。王太子時代は髪を長くしていた。背中の中程まである髪を首の後ろで一つに結び、戦場で剣を振るっていたものだ。あの時に忘れもしない、カルディリア国王カヴール二世を一騎打ちで負かしたのだ。
カヴールは今でも根に持っていると聞く。恐らく今度陸上の白兵戦になれば、息子のラシュトンを遣わすだろう。そして、あの日の屈辱をスキロスにも味わわせようとするに違いない。
「もう一度伸ばしてみるかな」
すでに肩にかかるほどになっている髪を、もう一度掻き上げた。
議会の了承をとったとはいえ、全会一致で臨戦態勢に賛成したわけではない。賛成しなかった政党議員達は王都を放れ、地方に集結した。
その土地はもともとアストレーズから月桂樹戦争の代償に奪った土地だ。もしかしたら大規模な反乱になるかもしれないし、裏切るかもしれない―――。そう判断したスキロスは、挙国一致体制を目指し、王権の議会よりも優越しているということを承認させようとした。そして、いつでも武力によって反乱を鎮圧することができるよう準備に取りかかろうとした。しかし、これに反対したのは陸軍中将ヴイッツェンだ。
「しかしヴイッツェン……彼らはもう私の言うことを聞かないだろう。変に話がこじれてアストレーズやカルディリアにつかれても困る。不穏分子は消すのが一番だ。混乱の最中に敵が介入してきても、それはそれで困るだけだ」
「陛下、早まらないでください。私に良案があります」
なんだ、と宰相クレールが促す。
「宗教対立を利用するのです。あの地はもともとアストレーズのもので―――異端派の土地です。ですから、スラウテルン派を認める代わりに挙国一致を承諾させるのです」
「しかし、スラウテルン派は……」
クレールが口を挟んだ。ヴイッツェンがそれを制す。
「カタンツァロ宗教会議で異端とされたのは重々承知です。しかし、今は少しでも対向できることが大事です。もちろん一端認めてしまえば、再禁止するのは難しくなりますが……何より、対シャルトレーズ大同盟に参加していないスラウテルン派の国も、味方につけることができるでしょう」
スラウテルン派と聞いてクレールは眉をひそめた。期待したよりもいい案ではなかったらしく、あまり嬉しそうではない。しかし、スキロスは目を閉じて再び考え込むと、おもむろに口を開いた。
「そうだな、その通りかもしれぬ」
「陛下!」
クレールの裏返った声が響いた。
「クレール、そなたも承知だろう。もはや後戻りも足踏みも出来ないんだよ。それに、私は前からスラウテルン派を公認するつもりでいた。カタンツァロ宗教会議など、しょせんは形の上にすぎない。……だいたい、もうカタンツァロ宗教会議は二百年以上前のことだし、教皇はカルディリア王国にいる。あちらに味方されれば厄介だが、そうなれば私はスラウテルン派に改宗する覚悟だ。……まあ、あの教皇に限って私を破門することはないだろう。なにしろ教皇には貸しがあるのだから。それに、味方したカルディリアが負ければ自分の身が危ないさ」
一気に喋ると、スキロスは黙った。
「神に仕える者も、目の前の危機の方が恐ろしいですかな」
冗談半分にクレールが言った。スキロスはあどけない子どものような顔で笑うと、使者を新たに呼びつけ、スラウテルン派の議員達と交渉に行くよう命じた。
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