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05 売られた喧嘩

 ラクスとの一戦のおかげか、その後は領海内で海賊船を見かけることはなかった。そのため、予定より早く帰ることになった。

 港に着いて、一行はほっと一息ついた。やはりこの国が心地よい。

 四人はいつものように海軍司令部の廊下を雑談しながら歩いていた。すると突然、前に一人の男が立ち塞がった。

 陸軍中将、ヴィッツェンだ。セシル達より五つほど年上で、波打つ茶色い髪を首の後ろで一つに縛っている。明るい鳶色の瞳はギラギラと光っていた。背の高くがっしりした体格は、いつになく威圧的に見えた。


「コシュード中将。ロシュフォード中将と婚約なさったというのはまことですか」


 大人っぽい、しかし低すぎない声が廊下にこだました。

 セシルはあくまで許嫁だ、と言おうとしたが、先に口を開いたのはシェールだった。鋭くヴィッツェンの問いに答える。


「だったら、なんなんだ」


 ヴィッツェンの目がすっと細くなった。睨むような、シェールを見定めているような目だ。どこか恐ろしいものがある。


「嘘です、ヴィッツェン中将っ。あくまで許嫁であって、親の決めたことです!シェール、あんたもなに誤解されるようなことやってんのよ!」


 しかし、そんなセシルの声を無視して、二人は睨み合っている。


「ヴィッツェン中将。もし……もし、俺とセシルが本当に婚約していたとしたら、どうなさいますか?」


「そうなんですか、シェール!?」


 ヴィッツェンより先に反応したのはマリアだ。そんなわけないでしょ、とセシルが言い返す。その間に割って入り、テオドリックがシェールの肩をもつ。この四人にはよくある光景だ。

 しかし、そんな騒ぎもよそに二人はますます緊迫した空気を放っている。


「もし……まこと、ロシュフォード中将、あなたがセシル嬢と婚約なさったというなら……」


 ヴィッツェンは一瞬で剣を抜いた。そしてそれを体の前に、地面に垂直になるよう持ってきた。


「決闘を申し入れます。あなたがセシル嬢に相応しいかどうか、見極めさせていただく」


「な……ヴィッツェン中将、決闘など何をばかなことを!」


 そのセシルの声を遮ったのはシェールだった。


「いいぜ、受けて立とう」


「シェール!」


 これにはシェールを除く三人が驚いた。

 不安げな顔のセシルをなだめるように、ヴィッツェンが言った。


「心配なさいますな、セシル嬢。命をかけるような真似はいたしません。ただし……ロシュフォード中将、あなたが負けた場合には、いかに親の決めたこととて、セシル嬢は私がいただく。よろしいかな?」


 シェールは今まで真剣な表情だったが、急ににやりと笑った。


「ああ。構わない」


「では……また後日、正式に申し入れをいたします」


 そう言って、ヴィッツェンは去っていった。

 その姿が完全に見えなくなってから、セシルはシェールの襟を掴んだ。


「シェールのばかっ、あんなこと言ってどうするのよっ!相手はヴィッツェン中将よ!?」


「そうだぞ、シェール。ヴィッツェンは陸軍一の剣の使い手……一筋縄では無理だ」


 テオドリックも賛同した。マリアは首を縦に振っているものの、少し楽しんでいるような雰囲気だ。


「ああもう、うるさいな。俺が負け試合をするとでも思うか?まあ見てろって」


 シェールは勝ち気な様子で去っていった。他の三人は呆気にとられて見ている。



 ヴィッツェンからシェールのもとに正式な決闘の申し込みがあったのは、それから三日後だった。

 滅多にあることではないので、人々はこぞって見に行こうとした。


「シェール……明日のこと……」


 前日の夕方に、セシルはシェールに会いに行った。相手はヴィッツェンだ。もしかしたら、ヴィッツェンはあれを持ってくるかもしれない。その時のために、シェールに御守りを預けようと思ったのだ。


「俺が負けるとでも思うか?」


「頑張ってね」


 珍しく素直に言葉が出た。自分でも驚いた時、シェールが答えた。


「何言ってんだ。俺は、売られた喧嘩を買っただけだ。お前のことはどうだっていいんだよ。」


「は?」


 セシルはぽかんと口を開けたまま、固まった。


「許嫁の座くらいむしろ譲りたいくらいだ。世の中には物好きもいるもんだよなあ。尊敬するぜ」


 急にふつふつと怒りが湧いてきた。

 せっかく持ってきたものを隠し、シェールの腹に強烈な一発をおみまいした。


「な……にしやがるてめえ……」


 シェールがあまりの痛みに呻く。


「知らない!せっかく心配していいもの持ってきたのに!」


「おいっ、なんだそれは!物だけ置いてけ!」


 シェールは膝をついたまま言ったが、セシルは振り向きもせずに部屋を出ていってしまった。



 なによ……あんなヤツ。もう知らない。せっかく人が親切にも心配してあげたのに。

 セシルはいらいらしながら、自分の部屋へ戻っていく。


「セシル……まさか、ヴィッツェンが竜の石を使うと思っているの?」


 不意に後ろから声がした。テオドリックだった。


「テオ……聞いてたの?」


「シェールの部屋の前を通っただけだよ。聞いてたなんて、人聞きの悪い。あれだけ騒いでれば聞こえるよ」


 セシルは顔を赤くした。


「それより、どうなんだ」


「うん……けど、ヴィッツェンは竜の石を使う気がする」


「まさか……竜の石は誰でも使えるわけではない」


「でも、ヴィッツェンだから」


 テオドリックはやや納得した顔で頷いた。そして、それを使わないで済むことを祈るよ、と言って自分の司令官室へ入っていった。


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