43 海賊と国王 3
「そうだな、まず聞いてみるか。私とアルダン……二人並んでみて、何か思わないか」
アルダンもグラスを置いた。コトンと音がする。中身はない。
「あ……失礼ながら……どことなく似ておられます」
マリアが口を開いた。これは皆が思っていたことだが、他の三人は恐ろしくて言えなかったのだ。
スキロスは楽しそうに笑った。しかし、次の瞬間には暗い影が差した。
「まあ、皆分かっておろう。私と彼はよく似ている。……私達は、兄弟なんだ」
え、と呟きが漏れた。
アルダンはまるで他人事のように酒を注ぎ足し、また飲んでいる。スキロスはその様子を見てから、再び四人に目を向けた。
「完全にではない……半分だけ血が繋がっているんだ。前王アイオロス五世が共通の父親だ。私が前妃カエサレア様との息子、兄上が……」
スキロスは口ごもった。言葉の後を継いだのはアルダン本人だ。
「俺が国王陛下の生まれる二年前に生まれた。玉蘭国の身分も金もなかった、ただの平民の……海賊の娘が俺の母親だ」
四人はグラスを置いていた。あまり踏み込むのも申し訳ない気がするが、避けることも出来ない。
アルダンが酒をまた注ぎ足しながら喋った。
「俺が話すのはここまでだ。あとは俺がどうしたかなんて、酒の肴にもなりゃしねえ。爺臭い昔話したって、酒が不味くなるだけだ。……まあ、俺はスキロスを恨んだりはしてないけどな」
「そういうことだ」
スキロスが四人に向かって呟く。
アルダンはスキロスのグラスにも酒を注いだ。
「なぜ、我々にそのようなお話をなさるのです?」
不思議そうにシェールが訊いた。
「知っていた方が動きやすいだろう。これから共に行動する仲だ」
「では陛下、やはり……」
スキロスはマリアの言葉を遮った。
「いずれ話がまとまってから、嫌でも知るようになる。それまでは、まだ詳しくは知らなくてもいい」
その言葉を最後に、彼らは沈黙の中でひたすらグラスを傾けた。蝋燭の火が揺らめいて消えるほどになった時、ようやくスキロスとアルダンは去っていった。そこからは、何かに解き放たれたように四人は話を再開した。
「良かったのか、あんなに喋って」
右半分の欠けた月を見上げながらアルダンが訊ねた。スキロスは微笑む。
「いいですよ、いずれは知れることです」
「違う、スパイがいたら」
その時はその時です、と答えてスキロスも月を見た。
「甘いやつだなあ、お前は」
アルダンはそれまで冗談めかして言っていた言葉を、急に真面目に言った。スキロスは少しの驚きを隠せなかった。
「甘いぜ。俺はお前を恨んだりはしていないと言った。確かに俺はお前を恨んだりはしてない。けどな。親父を恨んでいる」
言葉の出てこないスキロスを見据え、アルダンは勢いに任せて喋った。
「俺を海賊なんかの娘に生ませた。その後は災いの子と見向きもしなかったくせに、死に際が近いとなると、俺の前に現れやがった。そして、どうかお前を頼むとしゃあしゃあと抜かしやがった。なぜ俺がそこまでしなければならない?いいか、俺はお前の知らないような穢れた世界を知っている。お前は知らないだろう?お前の可愛い娘と同じぐらいの年齢の娘が、夜にどんな仕事をしているか。お前の息子ぐらいのやつが、ナイフ片手に毎日何をしているか」
アルダンはスキロスに詰め寄った。しかし、スキロスは決して後退することはなかった。
「動かない体に鞭打って、そうでなけりゃ頭と体が泣き別れになる。人を狂わせる薬を売って、自分はまともな薬を買う。何もしてねえのに、毎日少ない飯でこきつかわれて、犬みたいに死んでいく。そんな世界を生きている俺が、なぜ光しかない世界に生きているやつを支えてやらなくちゃならない?」
スキロスの襟を掴んで、アルダンは睨みをきかせた。
「これは全部お前の国で起こっていることだ」
「私はどうすれば良いのです」
スキロスは臆する様子もなく言った。アルダンは手の甲でスキロスの額を軽く叩いた。
「俺の知ったことかよ。てめえで考えろ。中身はなんだ、脳みそを捨てて代わりにプディングでも詰まってるか?」
くすっと笑って、スキロスは兄の手に自分の手を添えた。
「なんだかんだで、兄上は私にお優しいのですね」
それから、スキロスの瞳は優しくアルダンを捉えた。
「私は、国のためなら何でもやります。必要なら、死ねます」
「……勝手にしろ。……ったく、付き合いきれねえな」
半ば冗談めかしてアルダンが言う。
「ほんと、お前は『王様』に向いてるよ」
先程自分が言った穢れた世界。あれをすべてなんとか出来る国王がいたら、それこそ神かなにかだろう。
スキロスはほんの少し前の対アストレーズ・カルディリア戦争―――月桂樹戦争による被害から、短期間で国を建て直した。戦いに勝ち、領土を広げた。内政にも力を入れているし、決して議会を無視することはない。それだけで、もう十分なくらいだ。緑の瞳は堂々として、王者の風格がある。森のように深い色は、スキロスの人格をそのまま表しているようだ。
やはり血は争えないか。
アルダンはため息をついた。




