42 海賊と国王 2
「で……何なんだ」
一口めを飲みながらテオドリックが訊ねた。セシルはグラスにテオドリックと同じワインを、酒に弱いシェールとマリアの二人はカフェオレを手にしていた。
「どこから話そうかしら……そうね、結論から言うわ。私達に下された命令の一つ、背景を探るってやつ。あれは、陛下や大将達は既にご存知だったわ。アルダン=カルヴォと彼の部下は、シャルトレーズに味方したの」
三人は目が点になっている。
「味方って……何なんです、敵がいるってことですか」
震える声でマリアが言った。
「ええ、残念ながら」
「敵っていうと、つまりあれか。先の対アストレーズ・カルディリア戦争―――月桂樹戦争の報復として、二国が徒党を組んできた、と」
セシルは頷いた。
「まあ、簡単に言えばそういうこと。問題なのは、徒党を組んだのが二国だけじゃないってことよ。アストレーズ・カルディリアを筆頭に、アナクレア公国やハーシフェルト王国も参加してるってことね」
「なんだ。主要国はほとんどってわけか。それって、前にテオが言ってた……『対シャルトレーズ大同盟』?」
多分ね、とシェールの言葉に返事をした。密偵からもかなりの情報が集められているが、どれもシャルトレーズに敵対する内容ばかりなのは、もはや周知の事実だ。
「更に、よ。カルディリア国王カヴールは、海上覇権を手にしようとして、アルダン=カルヴォを取り込もうとしたらしいわ。結局、さっき言ったようにアルダンはこちらについたけど」
「アルダン=カルヴォ……それで、陛下は海賊達を釈放しろとおっしゃったのか。しかし、アルダンがよくこっちについたな。密偵達の話では、先に向こうがアルダンに会ったらしいぜ」
シェールが頷きながら喋った。
セシルは一瞬、言おうか言うまいか迷った。国王スキロスはこう言った。
『今宵のことは口外するな。全て忘れろ』
スキロスとアルダンが何か特別な関係にあることは分かる。しかし、彼女に今回説明するよう求めた時も、スキロスは特に何も言わなかった。
セシルは言葉を選んで慎重に言った。
「それは……カルディリアにジル=エグモントが味方したからよ」
「エグモントだと……!」
三人の顔色が変わった。
エグモントはアルダンに及ばないとはいえ、強大な力を持つ海賊だ。それがシャルトレーズに敵対する側についたということは、この世界を二分することに等しい。
「陛下のお考えはよくは分からないわ。でも、きっとアルダンを受け入れるはず」
セシルは一呼吸おいた。
「私の知っている話はここまでよ。……まだ仕事の話がしたい人は?」
誰も手を挙げない。
重くなった空気を押し退けるように、シェールが立ち上がった。
「さあ、飲もうぜ。この面子で飲むのは久しぶりだなあ」
「そうですね、私も最近は控えてましたから!」
マリアも続いてグラスを取る。
酒に弱い二人が一杯煽るのを横目に、セシルとテオドリックは既に一瓶を空けていた。
暫く経った頃、足音がした。くだらない話に盛り上がっていた四人は、急に静かになった。
暗がりから蝋燭を持って現れたのは、国王スキロス二世とアルダン=カルヴォだった。国王は従者を誰も連れていない。
「なんだなんだ、急に静かになりやがって」
アルダンが酒瓶を探しながら笑った。
「楽しそうだから、交ぜてもらってもいいかな」
スキロスがどこから出したのか、グラスに一杯注ぎながら言った。
「陛下、しかし……」
心配そうにマリアが止めようとする。誰かに見つかれば、何事もなくとも悪い噂くらいは立つだろう。自分達ではなく、国王の威厳に関わる。
「いいって、私だって羽目を外したい時もある」
グラスを傾けるスキロスとアルダンは、よく似ていた。
テオドリックがちらりとアルダンを見て、訊ねた。
「陛下。失礼ながら、なぜそこまでこの海賊をお側に置くのです?護衛すらつけずに」
そこにいる四人全員の疑問だった。
スキロスは、アルダンに目配せした。どうぞ、とアルダンが促す。
「まあ、隠していてもいずれは分かることだ。話そうか」
スキロスは自分のグラスを置いた。そして、蝋燭の火を見つめて静かに語りだした。




