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04 変化 2

 シェールは海賊達を蹴散らし、甲板の端に駆け寄った。海面にはまだ白い泡が漂っている。


「はは……残念だったな、小僧」


 ラクスが笑いながらその背中を狙った時だ。

 シェールは剣を仕舞うと、海へ飛び込んだ。ばしゃーん、と派手な音を立てしぶきがあがる。

 海賊達は海を覗きこんだ。 だが、やはり白い泡があるだけだ。


「あいつ、まさか本当に……?」


 海の底へ行ったというのか。

 それだけ考えると、ラクスは冷静に辺りを見渡した。どうやら形勢は不利のようだ。こんなところで死ぬのも馬鹿らしい。すぐ部下に指示して、逃走の用意にとりかかった。



 冷たい水を掻き分け、潜った。

 幸いにも、錨は突出した大きな岩に引っ掛かっている。底まで行かなくて済んだ。

 セシルは気絶しているらしく、目を開けない。まずい、急がないと。

 手錠の鎖をほどこうとするが、焦れば焦るほど上手くいかない。息も苦しくなってくる。ふとセシルの手を見ると、上着の上から手錠をしてある。

 しめた!

 袖をナイフで切り裂くと、セシルの細い腕は簡単に抜けた。制服の上着を残し、白いシャツとクリーム色のベストを着たセシルを抱え、上を目指した。

 さすがに息も限界だ。ごぼっと息を吐き出した。しかし、ますます苦しい。酸素が足りず、頭が熱くなる。苦し紛れに、大きく水を掻いた。

 ざばっと水面に出た。大きく息を吸う。パシャッと軽い音がして、目の前にロープが落ちてきた。

 引き揚げられると、そこはテオドリックの船だった。

 甲板にセシルを寝かせる。ぐったりしたままで、息をしていない。


「くそっ」


 首に巻きついている白のネクタイをほどいた。そして、水を含んで体に張り付いているシャツとベストをナイフで切り裂いた。人工呼吸が必要か、と考えた瞬間、激しく咳き込みながらセシルが目を開けた。

 まだくらくらするのであろう頭を押さえて起き上がる。

 良かった……。声には出さないが、心の底からそう思った。そして、慌てて上着を脱ぎ、全身ずぶ濡れのままのセシルに投げ与えた。


「悪かったな。服破ったりなんかして」


 シェールはそれだけ言うと、さっさと自分の船に戻った。

 他の船は警戒を解いていた。どうやら海賊達はすっかり逃げてしまったらしい。



「何なのよ……」


 ぽかんとするセシルにタオルを渡しながら、テオドリックが言った。


「覚えてない?おもしつけられて海へ落とされたんだよ」


「あ、そこは覚えてる」


「その後、シェールが助けに行ってね。あんまり遅いから、二人して……なんて思ったくらいだ」


 シェールが?セシルは思わず首を捻った。


「まあ、あいつも素直じゃないというかなんというか……」




 船に戻って着替えを済ませた後、セシルのもとにパーゼルが訪ねて来た。


「ありがとう。助かったよ」


 聞き慣れたテノールの声はやはり耳に心地よい。


「いえ、そんな……」


「褒美に何をとらせようか」


「褒美だなんて、私は当然のことをしたまでです。それに、逆に捕まったのは私の手落ちですし。真に褒美をとらせるなら、シェール=ロシュフォードではありませんか」


「シェールにはもちろんだ。だが君は真っ先に来てくれた。礼がしたいのだ」


 そこまで言われると、セシルも少し考えた。


「では、大将」


「何でも言ってみなさい」


「ご無理をなさいませんよう」


 パーゼルは一瞬、ぽかんとした。そして、豪快に笑った。


「さっきシェールに同じことを言われたよ。ああ、約束しよう」




 彼が出ていった後、セシルはシェールに上着を持って会いに行った。

 外はもう暗い。

 シェールの船に行くと、乗組員全員がセシルを見た。中には切なく見つめる者もいたが、セシルは気付かない。


 ノックをすると、返事があった。入ると、シェールは酒を片手に何かを書いている。セシルを見ると、びっくりしてペンを取り落とした。


「これ」


 上着をずいっと差し出す。ああ、と頷いてシェールは受け取った。


「あの……」


「なんだ」


「……ありがとう」


 驚いた顔をして、シェールが固まる。すぐにしどろもどろになりつつ喋った。


「ま、まあ当然だな。あの場で動けるのは俺しかいなかったしな」


「うん。分かってる。でも、ありがとう。……あと一つ、聞いてもいい?」


 なんだ、とシェールはぶっきらぼうに言った。


「ラクスに、『俺の許嫁だ』って言ったこと……あれは……」


 本心から―――?言葉が続かない。

 一方、シェールも焦っていた。俺、そんなこと言ったっけ!?


「そ、そんなのは……あ、あれだ、勢いで口走ったことだ」


 そっぽを向いて答える。ふとセシルを見ると、下を向いていた。


「そ……か。そうだよね」


 声のトーンが変わる。シェールはぎくっとした。セシルが顔を上げる。見たことのない笑顔だった。その優しい表情に、どきっとする。


「でも、嬉しかった」


 シェールの体が 熱を帯びていく。セシルはまだ何か言っていたが、シェールの耳には入っていなかった。

 心臓がドキドキする。やっぱ今日は疲れたのか。俺がおかしいのか。こいつがこんなに可愛く見えるなんて。

 それじゃあ、と言って出ていこうとするセシルを呼び止めた。


「あのさ、俺……」


 頬が熱いのが分かる。セシルは何事かと純粋な目で見つめてくるが、その目が思った以上に綺麗だった。


「俺……お前の」


 言いかけた時、ギィーッと音がして扉が開いた。シェールの部下達が、どさどさとなだれ込む。


「お前ら……仕事に戻れーっ!」


「はいいいいいいいっ!」


 シェールが怒鳴り、部下達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 はあはあと肩で息をするシェールを、セシルが見上げた。


「お前の……何?」


 群青の瞳にくらっとする。ぐっと詰まって、シェールは答えた。


「なんか……もういいっ」


 つんとそっぽを向く。

 今なら素直に言えるかと思ったのに。


 セシルが出ていった後、ベッドにごろんと転がった。

 ……セシルの笑顔が頭から離れない。そっと頬に手をやると、想像以上に熱かった。テオドリックの言葉を思い出す。


『あいつを妻にすれば、皆が羨むぞ』


 そんな上玉には見えない……いや、見えなかったはずなんだけどな……。


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