37 尋ね人 2
真っ暗な道を二頭の馬が闊歩する音がこだました。港の外れの方から酒場の光が漏れている。
コシュード邸から少し離れた所で、セシルは男の隣に並んだ。どうやらマントか何か、裾の長い服を着ているらしい。髪も長いようで、時折耳にかける仕草をしている。
「あんた……誰よ」
男がふっと息を吐いてセシルを見た。
「誰だと思う?海軍中将さんよ。いつも部下達が世話になってるなあ。」
セシルははっとした。海軍に世話に?部下『達』?
「まさか……アルダン=カルヴォ!?」
「しっ、大声を出すな!誰かが聞いていたらどうするんだ!」
男は小声で叱咤した。そして、正解だ、と付け加えた。
「なぜ……海賊がここに?」
「急ぎの用だ」
「国王陛下に?」
「ああ。お前は知らなくてもいいことだ」
セシルは戸惑った。
仮にも海軍である私は、なぜ海賊と歩いているのだろう。しかも、行く先は国王のもと。あんなことを言ったけれども、何をするとも限らない。
ここでもし何かあれば、セシルは死刑は免れない。その上、一族は国賊として扱われ、もはや人としての権利などは認められなくなるだろう。こんなことをして、本当にいいのだろうか。
「どうして私のところへ来たの?」
アルダンはまた髪をかきあげた。相当髪が長いようだ。
「港から来て、最も近いのがそこだった。たいてい貴族なら王宮仕えに決まってらあ。文官ならさっさと脅して道案内させればいいし、武官なら変に騒ぎになる前に、音を立てずに殺してもよかった」
本気だろう。音を立てずになんて。想像して、セシルは思わず口元を押さえた。
「そういえばお前、声の高さからして女か」
「そうよ。今更気づいたの?」
「シャルトレーズには何人か女の将校がいると聞いてはいたけどな……」
アルダンとセシルは話すのを止めた。目の前にはもう王宮がある。
衛兵はそこら中にいる。特に、朝方にスキロス二世からの勅令があってから、警戒レベルは上がっている。どこから入ろう。普段は慣れた場所が、まるで違う場所のようだ。
そもそも、なんでこんな泥棒みたいな真似をしなければならないんだろう。セシルは軽くアルダンを睨んだ。しかし、暗がりの中では効果はない。
「仕方ないわね……」
そう言うと、セシルは自ら衛兵の守る正門へ馬を進めた。
「お、おい!何してる!」
アルダンが慌ててセシルの傍に来た。
「マントを着てるの?あまり顔を見られないようにして。私の従者ということにして」
小声で鋭く言うと、アルダンは大人しく従った。二人は並んで馬を進めた。
「止まれ!」
衛兵が声をかける。松明が辺りを照らしている。
「名を名乗れ!」
「海軍第五艦隊司令官長兼、陸戦隊第三連隊長セシル=コシュード中将」
衛兵は焦ったように飛び退いた。
「失礼いたしました!」
「いえ、お勤めご苦労様。海軍省に用があるの」
兵は敬礼した。そして、セシルの後ろのアルダンを訝しげに見た。
「私の従卒よ」
にこっと笑った時、暗がりから陸軍の司令官が現れた。事情を衛兵から聞き、慌てて敬礼する。
「失礼いたしました、さあどうぞお通りください」
セシルは心拍数の上がるのを感じながら、門をくぐった。いつも通る道を、こんなに怯えて通ろうとは。
中に入って、二人はほっと胸を撫で下ろした。
「さ、早く……陛下の寝室に」
廊下を歩く音さえ憚られる。セシルの背中はいつしか冷や汗で湿っていた。
国王の寝室の前に来た。アルダンは余裕の表情だ。国王はもう寝ているだろう。音がしないよう、慎重に扉を開けた。
二人は中に滑り込んだ。アルダンが国王のもとへ歩いていく。セシルは剣を抜いた。




