34 伝書鳩
自分の司令官室に向かっている途中、ぽんと肩を叩かれた。シェールが振り返ると、テオドリックがいた。
「おっはよ、シェール」
「おう、テオか」
分厚い本を脇に抱えたテオドリックは、そのままシェールの肩に手を回した。
「セシル、戻ったんだな。さっき資料庫で会ったよ」
「ああ、今朝戻ったんだ」
二人は暫く黙って歩いた。
テオドリックがちらりとシェールを見る。
「おい、他に言うことは?」
「……へ?」
シェールがぽかんとする。
「とぼけんなよ。やったのか?やったんだろ?」
「……お前に言うことじゃねえよ」
その表情を見て、テオドリックはやれやれと首を振った。
「ったく、見てらんねえな。お前がここまで奥手だとは思わなかったぜ」
「うるさい」
ああそうだ、とテオドリックが話を変えた。
「薬売りのリゴ=ウルスな。厄介なことになったぜ」
「ヤバイのか?密偵か何かだったのか?」
「いや……あいつだけならどうってことない。ウルスは本当にただ使われていただけみたいだ。ただ、な。これは各国に散らばっている密偵達の情報によるものだが……少し前、アストレーズやカルディリアを始めとする主要国代表が、キルワで非公式に集まったらしい。シャルトレーズ国王は招かれなかった」
どういうことか分かるか、とシェールを見た。
「それって……」
「対シャルトレーズ大同盟。詳しいことはまだ俺も知らない。遅くとも明日中には何か伝達があるぜ」
まだよく状況の飲み込めていないシェールを残し、テオドリックはさっさと自分の司令官室に入っていった。
窓の外に一羽の鳩がいる。伝書鳩だ。足に手紙が付いている。
窓を開け、テオドリックは鳩の足から手紙を取った。
手紙を広げて読み、素早く返事を書く。そして、部屋の鳥籠の中にいた鳩の足に手紙をつけ直すと、窓から鳩を見送った。
「まだ早いぜ、レオン。アルダン=カルヴォを取り込まなくちゃな……」
そう呟くと、手紙を蝋燭の火で燃やした。テオドリックはそれをじっと見つめている。
テオドリックが資料庫から持ってきた本の表紙をめくった時だ。ノックの音がして、兵が入ってきた。
「ヒュー中将、パーゼル大将がお呼びです」
「分かった、すぐ行く」
せっかく開いた本を閉じ、テオドリックは立ち上がった。
パーゼルの部屋には既に他の三人の中将達が集まっていた。それ以外にも、少将達もいる。テオドリックの後からもばらばらと人が集まった。
「諸君も聞いたことと思うが、先の薬売り、リゴ=ウルスの証言と密偵の寄越した情報の結果、シャルトレーズに対して不穏な動きがある。警戒しろとの国王スキロス二世の仰せだ。まだ私もよくは知らないが、警備に当たる者は一層警戒し、また巡回の回数と人員も増やせとのことだ。また何かあったら集める。解散!」
パーゼルはこの後は会議があるらしく、忙しそうに部屋をさっさと出ていった。
「今朝のあれか」
シェールがテオドリックに尋ねる。
「みたいだな。それにしても……」
テオドリックは三人の中将を見た。マリアが不審がって聞く。
「それにしても、何なんですか」
「いや、何でも」
普段なら嬉しいマリアの声も、あの手紙を読んだ後には効き目が薄いようだ。
「さあ、また訓練に行かなくっちゃな」
その場の空気を打ち消すように、テオドリックは一つ、大きな伸びをして部屋を出ていった。
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