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32 朝露に

「え……」


 セシルは心臓の飛び上がるのを感じた。そして、即答する。


「嫌よ」


 あっさりとした解答に、シェールは閉口した。セシルから手を離し、がばっと起き上がる。


「分かった。何か服持ってくる」


 こくんと頷きながらも、意気地無し、とセシルは心で呟いた。


「そんな格好されてたんじゃあ、たまったもんじゃないからな」


 嘲るような言いぐさに、セシルはむっとして言い返した。


「ま、あんたにはそんな度胸はないでしょうけどね」


 今度はシェールがむっとして言い返す。


「ふざけるな、俺だって男だぞ。目の前にそんな……」


 思わずセシルの胸元に目が行き、反射的に口をつぐんだ。セシルが勝ち誇ったようにふっと笑う。


「ほら、やっぱりそんな度胸なんてないくせに」


 シェールは何か言いたげにしていたが、突然セシルの上に被さる格好で、セシルの両手首を掴んだ。衝撃でセシルが小さく声をあげた。


「じゃあ、ほんとにやっちゃうぞ。いいんだな」


 考えてみればこいつは俺の許嫁だ。正式に結婚していないとはいえ、何をしたって構わないはずだ。

 セシルは一瞬、怯えたような表情を見せた。

 シェールはすっと屈んでセシルにキスしようとした。


「だああああ、やっぱ無理ーっ!」


 セシルが叫んでシェールの顔を直前で押し退けた。


「……てめえ……」


 自分の首があらぬ方向に向いているのは分かる。そして、自分がかなりがっかりしていることも。


「あっ、ご、ごめんなさい……」


 シェールは短いため息をついた。


「ま、いーけど……」


 今度こそ本当に服を持ってこようとした時、ノックの音と共にシェールの父、アルベルト=ロシュフォードが入ってきた。


「シェール、いつまで寝てるんだ。そろそろ起きないと……」


 そこまで言って、アルベルトは固まった。視線の先には、ブランケットを身に纏ったセシルと、のしかかるようにしているシェールがいた。


「これは失礼!」


 バタンとアルベルトは扉を閉めた。


「……違ーう!!」


 静かな朝に、シェールの叫び声がこだました。




「いやあ、セシル嬢。すみませんなあ、気の利かない父親で」


「ロシュフォード卿!?違います!」


 アルベルトは笑いながら朝食を頬張った。


「まったく……あなたは焦ってことを台無しにする癖がおありなんだから」


 シェールの母がころころと笑う。薄い金の髪がふわっとした、優しそうな人だ。

 今日はロシュフォード家の三人に加え、セシルが共に朝食をとっている。


「でもね、シェール。そういうことは夜にしなさい。朝は駄目よ」


「母上っ、違います!」


 真っ赤になってシェールが反論する。

 そこまで全力否定しなくても、とセシルは小さくため息をついた。


「今日はこのまま軍へ行くのか?」


「はい、そのつもりですが、何か?」


 アルベルトに視線が集まる。


「どうせセシル嬢と一緒に行くんだろう」


 その言葉に、シェールが気恥ずかしそうに俯く。


「ま、気を付けてな。最近は物騒になったもんだ」


 はい、と返事をしてセシルとシェールは紅茶を流し込んだ。


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