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31 子どもになったセシル 3

 マリアは少し黙った。


「私の考えでは……セシルは、シェールが好きなんだと思いますが」


「やっぱり、シェールなのか?どうしてそう言えるの?」


「……女の勘です」


 テオドリックは心の中で呆れたようなため息をついた。

 勘。なんと根拠のない。しかし、信じてしまいそうなものだ。セシルはもしかしたらヴィッツェンに気があるかもしれないと思っていた俺は、やっぱり目が節穴なのかな。





 シェールは屋敷にセシルを連れ帰った。父のアルベルトに見つかった時、セシル嬢と同じことを、と大笑いされた。

 そういえば、セシルが『信じて』と言っていた記憶がある。いや、あれは夢か。

 シェールは本当のことを言うと、今朝起きた時から記憶が戻っていた。どうやら昨晩、情けないがセシルに泣きついたらしい。その時聞こえたのだ。

 まだセシルから答えを聞いていない……。

 ぼんやりと椅子に座ったまま、外を眺めながらそう思った時、ベッドに寝ていたセシルが起き上がった。

 ランプをつけていないから部屋は暗いが、まだ日付も変わっていない時刻だ。しかし、月明かりの青白さが目立つ闇のなかだ。


「どうした?眠れないか?」


 出来るだけ優しく尋ねた。セシルは力なく否定した。


「違うの……嫌な夢を見たわ」


 瞳の潤んだその表情には、たしかに見覚えがあった。

 シェールは席を立ち、ベッドに腰掛けた。


「どうした?話してみろよ」


 すると、セシルはふいっと顔を背けた。


「何でもない」


 やれやれ、頑固なところは変わらないのか。


「話してみろよ。人に話したら、意外と楽になるもんだぜ」


 セシルは暫くの間戸惑っていた。シェールはその間何も言わなかった。遂に彼女は意を決して口を開いた。今までとは違い、いかにも女らしい口調でとてもか細い声だ。


「私の髪の色って……変?」


 シェールは自分が硬直しているのに気付いた。


「髪の色?なんで……」


「あなたと同じ名前の同級生に、お前の髪の色は変だって言われたの。言い出したのは彼じゃないけど。……おばあさんみたいだって」


 シェール=ロシュフォード。お前は何を言ったんだ。


「夢に見たのか?」


「毎日。どっちが夢か分からないの。そう言われるのもだいぶ慣れたつもりだったんだけど、まだ辛いなんて……」


 まるで悪いのは自分だと言いたげな悲しい目。うつむいて下を見る。

 シェールは気分が悪くなった。吐きそうだ。

 知らなかった。俺が、俺が言った悪意ない中傷が―――ただ、振り向いてほしかっただけなのに―――セシルにこんな目をさせていたなんて。けれど、知らないままだと、もっと大きな罪を犯すことになる。

 シェールはセシルを抱き寄せた。恥ずかしがったセシルは逃れようとする。しかし、力で敵うはずもない。

 シェールは優しく手で髪をすいた。銀の髪は思ったよりも冷たくて、さらさらと流れるようだ。


「そんなことない。綺麗な髪だよ」


 驚いた顔をして、セシルはシェールを見上げた。シェールはセシルを心底愛しいと思った。この想いは嘘ではない。そして、とても優しい笑顔を見せた。もう一度繰り返す。

 セシルは目元に涙を滲ませたかと思うと、わっと火のついたように泣き出した。


「綺麗な髪だよ……まるで、月の光みたいだ」


 両腕でセシルを抱き締めると、そのままごろんとベッドに倒れ込んだ。

 だんだんと泣き止み、眠りに落ちる許嫁の顔を見て、ふと胸が痛んだ。

 こんなんじゃ、嫌われても仕方ないか。





 ふと目を開くと、目の前にシェールの寝顔があった。思考回路が止まる。

 なんで……?そう思った時、体に重みを感じた。どうやらシェールの腕が上に乗っているらしい。シェールは何も掛けず、ブランケットの上に横になっている。

 そっと抜け出そうとして、セシルは全身の血が引いた。


「え……!?」


 なんで!?なんで私、何も着てないの!?

 全身に鳥肌が立った。その時、シェールが目を覚ました。


「おう、起きたのか」


 まだ朝早く、ようやく東の空が白んでいる。シェールは寝ぼけ眼でセシルを見つめた。元に戻っている。

 セシルは慌てて顔を赤くしている。


「シェール、どういうこと!?なんで私ここにいるの!?っていうか、放して!」


「いやだ」


 目を逸らして、慌てふためくセシルを放さないよう、力を込めた。


「薬が切れたら元に戻るけど、服には効き目はないみたいだな」


「あ……それであんた、あの時何も着てなかったの?」


「だから、何回も言ったろーが」


 そしてセシルは再び自分の置かれた状況にはっとした。


「放して!何か着るもの持ってきてよ!」


 早く、と怒るセシルの声を無視して、シェールはぽつりと呟いた。


「あのさ……もうちょっとだけ、このままでいい?」


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