03 変化
「はあ……海賊の取り締まり、ですか」
「うむ。最近はエルシャンデル海にも頻繁に出没するのでな。商売の邪魔になっている」
パーゼル大将の前に四人の中将が立つ。
「国王陛下からの勅令だ。四日後には船を出せるようにしなさい」
「はっ!」
四人の中将が退出する。
「またえらく急な話だな」
真っ先に口を開いたのはシェールだ。
「早く行って、私腹を肥やしたくてたまらないってとこかな」
「ま、あの人はそのタイプだしな」
セシルとテオドリックが付け加える。マリアは大きく頷いた。
「これから準備が大変ですよ……いつ命令が出てもいいようにはしていたのでなんとかなりますけど」
出航して五日目。よく晴れた日だ。少し気だるい昼の風の吹くなか、一行は海賊船の船団を見つけた。
海はギラギラと光り、宝石のような青さだ。だが、この両者の対決を、どこか楽しんでいるような波だ。
どちらからともなく砲撃が始まる。
小型の船は小回りがきく。海賊船は向きを変え、さっさと逃げ出した。
「追うぞ!」
パーゼル大将が指示する。
暫く追走していると、水平線に一隻の船が見えた。
「あれは……アルダン=カルヴォの配下じゃないか!?」
テオドリックが声をあげた。
アルダン=カルヴォはシャルトレーズ王国の西隣、アストレーズ王国を拠点とする大きな海賊団の頭領だ。部下はいろんな国に散らばっている。いったい何人で構成されているのか、おそらくアルダン本人も知らないだろう。
パーゼル大将ははや敵の船に乗り込み、海賊と戦っている。どうやら相手はアルダンの配下、ラクス=ユゴーらしい。黒い縮れ髪、それと同じ顎髭、日焼けした肌。
功を急いだのか。パーゼル大将は一瞬の隙をつかれ、ラクスに剣をはじき飛ばされた。後ろ手にされ、床にねじ伏せられる。
「大将!」
セシルがその甲板に乗り移る。
「ほう、感心だ。上官殿を助けに、か?」
ラクスは顎髭を撫でた。
パーゼルは彼の部下に銃口を向けられていた。
セシルが剣を抜いた。
「おもしろい、お前が勝ったら大人しく捕まってやろう!」
ラクスは言うと同時に斬りかかってきた。セシルはそれをひらりとかわす。そして、体勢を低く構えた。
「何事だ……」
別の船の甲板で、騒ぎに気づいたシェールが言った。
「閣下ーっ、大変です!コシュード中将がラクスと……!」
無言のまま、シェールは部下の持つ望遠鏡を奪った。甲板で、セシルとラクスが争っている。
「あのバカ……!」
急いで船を動かし、海賊船へ寄せる。
シェールが甲板に降り立った時だ。セシルがパーゼルに銃口を向けていた海賊を斬った。パーゼルは慌てて避難する。しかしセシルは相手に背中を見せた。振り向いた時、ラクスは力一杯セシルの腹を殴った。
セシルが膝から崩れる。その襟元を掴んで、ラクスは笑った。
「……女か」
荒々しく部下へ引き渡す。セシルはぞっとした。なんていやらしい目つき。嫌な笑い方だ。
「ラクス=ユゴーか」
シェールが剣を構える。怒りの形相に、ラクスはひゅうっと口笛を吹いた。
「次から次へと、虫みたいな奴らだ。来い、小僧。潰してやる。……この女、なかなかの上玉だ。早いとこ帰って、ひとつお頭に……」
言い終わらないうちに、シェールはラクスを殴った。ラクスはなかなか大柄な男だが、その体が吹っ飛んだ。
「なんだ……この女がどうかしたか」
口の端から血を流し、ラクスはむくりと起き上がった。
「お前、さっきそいつを殴ったな」
「それがどうかしたか」
その言葉を聞き、シェールは怒鳴った。
「そいつは俺の許嫁だ!覚悟しやがれ!」
辺りがしんと静まりかえる。そのせいでシェールの声は、余計に響いた。
こんな状況下にありながら、セシルは鼓動の高まりを押さえられなかった。海賊に剣を構えるその姿を、食い入るように見つめる。
ラクスがにやりと笑った。
「ふん、笑わせてくれる」
二人は構え、互いの隙を狙った。
「はあああああっ!」
掛け声と共に、幾度か剣が交わる。互角だ。どちらの顔にも余裕の笑みが張り付いているが、その真意は分からない。
ラクスは一旦退いた時、部下に何かを一瞬で合図し、伝えた。
海賊がセシルの両手に、上着の上から手錠をかける。ラクスはひたすらシェールの注意を己に向けた。
「何を……!」
言いかけたセシルの口を、海賊が手で塞いだ。そのまま鎖を錨にまきつける。
殺す気だ……!だが声が出せないし、シェールは気付く気配もない。
準備が整ったとみるや、ラクスは言った。
「海へ落とせ!」
鎖の切られた錨はセシルをつれて、しぶきをあげて海へ落ちた。
シェールがはっとしてその一瞬を捉えた。
「セシルーっ!」